吸血女王の災難①
◆
俺は今、フェリとともに北西の塔を昇っている。
まったくもって悪趣味な建造物だ。
素材は骨と肉塊。
製作者の精神性を疑うな。
俺には芸術を解する感性はないのだが、その俺を以てして悪趣味だと分かる造形。
劣等……いや、劣塔か。
「それにしても、この螺旋階段は無駄に長いな」
俺は先導するフェリの背中に声をかけた。
「若様、お疲れでございますか。わたくしが若様をお運びいたしましょうか」
フェリが振り返り、やや心配そうな顔で言った。
「この程度の運動で疲れるほど俺は虚弱ではない。それよりもだ、フェリ」
「は、はいっ」
「母上への贈り物だがな。やはり指輪が良いと思うか。それともペンダントか。あるいはピアスという手もあるな。夜の雫は恐らくは数多くは手に入らない代物だろう?」
「さようでございますね……。奥様の優美なお指には、どのような宝石をあしらった指輪もお似合いになるかと存じます。また、奥様の白魚のような御首には、輝かしいペンダントがより一層の華を添えることでしょう。ピアスでございますか……奥様の耳元で揺れる宝石は、さぞかし魅力的な輝きを放つことと」
フェリは淀みなく答える。
なるほど──自分で考えろという事か。
俺はフェリが言外に込めた意味をはっきり理解した。
しかし参考となる意見が欲しいのも事実。
「ふむ。では、仮にお前が贈り物をもらうとしたら、だ。どのようなものが嬉しいと感じる?」
俺はふと、そんなことを尋ねてみた。
女という生き物の嗜好を探る必要がある。
するとフェリは一瞬動きを止め、ぎこちなく振り返った。
その顔は心なしか赤いように見える。
「は、はいっ。わ、若様から賜るものであれば、どのようなものでも、わたくしにとっては至上の喜びでございます……! たとえそれが、道端の石ころでありましても……いえ、若様がお選びになった石ころであれば、それはもはやただの石ころではございません!」
何やら興奮した様子で早口にまくし立てる。
……こいつは何を言っているんだ?
「……む? いや、俺がお前に何かをやると言っているのではない。そうではなく、一般的な女というものがどういうものを好むのか、という話をしているのだ」
俺がそう指摘すると、フェリははっとした顔になり、みるみるうちに顔をさらに赤くした。
「あ、は、はい! も、申し訳ございません、若様! わたくとしたことが、とんだ早とちりを……! ええと、その、一般的な、お話でございますよね……!」
しどろもどろになりながら、必死に言葉を探しているようだ。
……そういえば。
以前、スレイン魔宝石店でヘーゼルの宝石をミーシャにやったな。
あれはついでだったが。
フェリには……何かやったか?
まあこいつはアステール公爵家の使用人としても働いている。
給金は……ちゃんと支払われてるはずだ。
奴隷ではあるが家の仕事もさせているのだから、相応の対価は与えられるべきだ。
だがその額は把握していない。
使用人の給金の額をすべて把握している貴族など珍しいだろう。
額はどうなのだろうか。
帝国法で定められている最低賃金は満たしているのだろうな。
まあいい、それは後で調べるとしよう。
「それで、どうなのだ。一般的には指輪とペンダント、どちらをより好む傾向にあると思う?」
俺は話を元に戻した。
「そ、そうでございますね……。それは、その、贈られるお相手との関係性や、シチュエーションにもよるかと……。一概にどちらが、とは申し上げにくいものがございます……」
フェリはまだ動揺が収まらないのか、言葉を選びながら答える。
まあそれもそうか。
それに一般的な事例が俺と母上の間にそのまま当てはまるとは限らん。
「指輪は、その、より親密な関係を示す場合が多いと聞き及んでおります。ペンダントは、比較的どのような間柄でも贈りやすい品かと……。ピアスは、お相手の好みもございますし、少々難しい選択かもしれません」
「ほう。親密な関係、か」
俺と母上はこの世の誰よりも親密な関係にあると自負している。
血の繋がりはもちろんのこと、魂のレベルで結ばれていると言っても過言ではない。
ならば指輪が最もふさわしいのかもしれんな。
「しかし、母上はあまり指輪を好んで身に着けられている印象がないな。どちらかというと、首元を飾るものをよくお召しになっている気がする」
俺は母上の普段の装いを思い浮かべた。
優雅なドレス姿。
その胸元には、しばしば美しいネックレスが輝いていた。
「奥様は、確かに華やかなネックレスをお好みになることが多いように拝見いたします。指輪は、家事や公務の際に邪魔になることをお気になさっているのかもしれません」
「なるほどな。実用性も考慮に入れるべきか」
贈り物とはただ美しければ良いというものでもない。
相手が使いやすく、そして喜んでくれるものでなければ意味がないのだ。
「最も実用的で、最も美しいプレゼントか。難題だ。しかし──」
そこで俺はふと、目の前の螺旋階段の先に意識を向けた。
フェリの気配がやや尖っている。
「ああ、そろそろか?」
「はい。おそらくはこの塔の主、あるいは何らかの魔術的な中枢が存在するのではないかと推察いたします。相当な力を持った存在が待ち構えている可能性が高いでしょう。もちろん若様の相手ではないかと思われますが」
「そうか。その存在とやらは夜の雫を持っているかな?」
「それは……分かりかねますが、力ある者というのは往々にして価値のある物品を身に着けている事が多いです。あるいは、と」
まあ外れだったら次の塔だな。
余り時間はかけたくないから次は空を往こう。
「よし、少し急ぐか。それにしても邪魔が入らないのは結構な事だ。“露払い”共はしっかり仕事をしたようだな。中々役に立つ連中だ、この森にいる間は小間使いとしてつかってやろう」
俺は歩調を速めた。
そして──
・
・
・
「用があってきた! 夜の雫を渡せ! そこの──お前とお前! 劣等男と劣等女だ! この中ではマシな方だろうが所詮は下等生物! 逆らおうなどとは思うな! 逃げれば殺す! 渡さなければ殺す!返答は5秒待つ!5!4!3!……」
開口一声、分かりやすく用向きを伝えた。
本来ならば視界に入った時点で消しているが、この場はあくまでもこいつらのテリトリー。
俺はあくまでも訪問者に過ぎない。
ゆえにガイネス帝国の貴族として、最初だけは礼節を以て接してやる。




