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悪役令息はママがちゅき  作者: 埴輪庭


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ドラゴン・ソウルの受難① 

◆◆◆


 ユグドラ公国首都ユグドラシル西方、老いた木々が幾重にも連なる深い森の中に、それは突如として現れた。


 天を突くような禍々しい塔。


 どこからともなく現れたその建造物は、完全な円筒形をしており、まるで大地から生えてきたかのような不自然さを漂わせていた。


「あれが……」


 低く唸るような声が森の木陰から漏れる。


「ああ、間違いない。報告書に記されていた "屍の塔" だ」


 その声の主は、全身を厚い鎧に覆われた巨漢、"竜鱗"アルフレッドだった。


 彼の傍らには三人の人影がある。


 妙齢の女性剣士"竜爪"キスカ、癒術師"竜翼"ハリス、そして天才少女魔術師"竜眼"メイヘムだ。


 ユグドラ公国冒険者ギルド最高のパーティ『ドラゴン・ソウル』の面々である。


「気持ち悪い……」


 メイヘムが小さく呟いた。


「なんてことを……」


 ハリスが絞り出すような声で続ける。


 彼らの視線の先──塔の表面には無数の人や獣の死体が埋め込まれていた。


 まるで石材の一部であるかのように融合し、うめき声が塔全体から漏れている。


「ギルドマスターの情報は正確だったな」


 アルフレッドが拳を握りしめる。


「銀等級以上の冒険者が次々と姿を消し、返ってきたのは彼らの腐敗した死体だけ……そして現れたのがこの塔か」


 キスカは剣の柄に手を添えながら、冷静さを装っていた。


 だがその瞳には怒りの炎が灯っていることをアルフレッドは見逃さなかった。


 淑女然としながらも、キスカは熱いソウルを持っている。


 アルフレッドはキスカのそんなギャップにほれ込み、告白──二人は恋仲にあった。


 それはともかくとして──


「皆、落ち着け。まずは状況を把握する」


 アルフレッドの言葉に、三人は無言で頷いた。


 彼らは塔から距離を取りながら、周囲の様子を窺う。


 森の中にうっすらと立ち込める霧。


 地面には暗く濡れたような痕跡が幾筋も伸びている。


 そして何より、塔の周囲を徘徊する無数の影。


「アンデッド……だよね?」


 メイヘムが魔術師としての感覚を頼りに確認する。


「ああ、間違いない」


 アルフレッドは視線を細め、数を数えていく。


「ゾンビが二十体以上……それからスケルトン兵が十体ほど。そして……」


 彼の声が途切れた。


「デュラハンが……三体」


 キスカが言葉を引き継ぐ。


 通常、一体でも上級冒険者を苦しめるデュラハンが、三体も徘徊しているとは。


「あの塔、まるで彼らの巣のようですね」


 ハリスが呟く。


「ただの巣じゃない」


 アルフレッドが低い声で言った。


「あれは……"工場"だ」


 "工場"──その言葉に、メイヘムが背筋を震わせる。


「アンデッドを作り出す工場……?」


「ああ。消えた冒険者たちの遺体が、あの塔の石材として使われている」


 アルフレッドは拳を握りしめた。


「死してなお、彼らに安らぎは訪れていない」


 キスカは冷ややかな表情で塔を見つめ、やがて剣を抜いた。


 その刃は青白く輝いている。


「許せない」


 彼女の声は凍るような冷たさだった。


「慎重にな、キスカ。敵の正体はまだわからない」


 アルフレッドが彼女の肩に手を置く。


「でも、あのデュラハンの背後には……」


 メイヘムが指差す方向に、全員が視線を向けた。


 塔の入り口と思しき場所に、一人の人影が立っていた。


 漆黒の外套に身を包み、その手には長い杖。


「ネクロマンサー……不死者を操る死霊術士か」


 アルフレッドが顔をしかめる。


「いいえ、違います」


 ハリスが震える声で言った。


「あれは単なるネクロマンサーではない」


「どういう意味だ?」


「詳しくは説明できませんが……あの気配は尋常ではありません」


 ハリスの顔が青ざめていく。


「死者を操る禁忌の術を極めたリッチ……」


 その言葉を聞いた途端、メイヘムが呼吸を止めた。


「どうりでこれほど多くのアンデッドが……」


「おそらく死霊術の大いなる儀式を行っているのでしょう」


 ハリスは深く息を吐く。


「かつてここまで大規模なアンデッドの集結を見たことがありません。塔を建てるほどの死者を集めるとは……何か恐ろしい目的があるに違いない」


 アルフレッドは剣を抜き放った。


 その刃は、まるで怒りに呼応するかのように赤く輝いている。


「生きて帰るぞ、みんな」


 三人は顔を見合わせ、静かに頷いた。


「帰ったら報告書を書かなきゃならないからな」


「また面倒な書類ですね」


 キスカが微笑む。


「ハリス、後方支援を頼む。メイヘム、お前は魔術で場を制圧しろ」


「了解」


「わかったわ」


「俺とキスカが突破口を開く」


 アルフレッドはそう言うと、塔の方を見据えた。


「あの塔を破壊し、失われた仲間たちに安息を与えよう」


 彼らの目には怒りと決意が燃えていた。


 これまで幾度となく死線を潜り抜けてきた彼らだが、今回の敵は格が違う。


 普通なら即座に撤退し、より大きな戦力を要請すべきところだ。


 だが彼らは引かなかった。


 あの塔に埋め込まれた同胞たちの姿を見て、怒りが理性を上回っていた。


「行くぞ!」


 アルフレッドの号令と共に、四人は木陰から一斉に飛び出した。


 塔の前に広がる死者たちの群れに向かって──。

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