ぐりぐりハイン様
◆
「あら、ハイン。どうしたの? 浮かない顔をしちゃって」
母上がそんなことを言ってきたので、俺はだまって抱きついた。
「あらあら……」
そう言いながらも母上は俺を抱きしめ返してくれる。
昔から俺はこうなのだ。
うまくいかないことがあると、母上に抱きついて精神の平衡を保とうとしてしまう。
そう、あれは確か遥か星界の彼方に潜む古き神と交信をした時の事だったか──俺は奴らの言葉がまるきりわからず、己が無知に耐えかねて腸を引きずり出したい衝動に駆られていたものだった。
しかし母上の言葉──「良いかしらハイン。お友達でもなんでもそうだけれど、相手とうまくやっていくためには何を言っているのかではなくて、何を考えているか、想っているかが大事なの。時には言葉を掛けるのではなく、ただ手を握ってあげるだけで良いときもあるのよ」という金言に従って、俺は“連中”との意思疎通を成功させた。
母上の前では俺はガキなのだ。
精神がガキで劣等なのだ。
だからうまくいかないことがあるとすぐ母上に──ママに甘えてしまう。
ちなみにうまくいかない事というのは他でもない、母上へのプレゼント作製がうまくいかないという事である。
どうにも納得ができない。
スレイン魔宝石で仕入れた魔宝石はどれも品質面では問題がなかったが、どうしても納得がいかない。
やはり“黒の雫”がなければ完璧なプレゼントは作れない!
どうしても欲しいがしかし、“最も昏き者”など一体どこにいるというのか。
俺も何もせずに泣き言をピイピイとひよこの様に垂れ流していたわけではない。
様々な文献を調べたのだ。
俺の生物学上の父であるダミアンはその手の闇の儀式にも手を染めていた様で、我が家には禁書の類がやまほどある。
それによれば、“最も昏き者”は不死者の中でも二千年を超える年数が経った存在にのみ許される異名の様なものらしく、しかしそういった存在はもうほとんど存在していないという。
魔王と相打ったという勇者がかたっぱしから葬り去ったというのだ。
なんて余計な事を……。
しかしかつての魔王軍が跳梁跋扈していればあるいは母上のご先祖様にも危害が及んでいた可能性もあり、俺は勇者を責める事はできない。
もし勇者がいなければ魔王は調子に乗って世界を征服し、人間種を徹底的に根絶するか隷属させただろう。
そうなれば母上のご先祖様もあるいがその手にかかり、母上そのものが生まれなかった可能性もある。
そういう意味で俺は勇者に感謝している。
が、その勇者のせいで今困っているわけだが──
そんなことを考えていると、母上が俺の頭を撫でながらこんな事を言った。
「ねえ、ハイン? 何に悩んでいるのかわからないけれど、いまやれることをすべて試して、それでもだめだったならそれを笑う人なんていないわ」
「ママも……?」
「私? もちろん笑ったりなんてしないわよ」
母上のやさしさが魂に染み渡る。
そうか、やれることをすべてやる──まずはそれが第一歩か。
ならばまずやってみるか。
・
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「フェリ」
宝石加工中、フェリを呼ぶ。
そして数秒待つ。
すると──
「はい、若様」
それまで誰もいなかったはずなのに、突然背後から声が聞こえてきた。
「アンデッドの情報を集めろ。なるべく質の良いアンデッドが良いな。種は問わん。トカゲでもヒトでもケモノでも、何型でもよい」
「かしこまりました、若様」
そういってフェリの気配が薄れて、消えた。
話がはやい、理解度が高い──デキる女だ、フェリは。
褒美を考えておかねばなるまい……
◆
と思っていたのだが、数日後、俺は思わぬ事を強いられる事になる。
いや、強いられるというと聞こえが悪い。
俺が自分で選んでやったことだ。
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・
・
「フェリ。お前が集めた情報の数々はどれも役に立ちそうだ。特に旧魔王軍、“不死の大隊”とやらの残党についての情報は悪くない。だからお前に褒美をやるといった」
「はい、若様。しかし私にはそれは不要です」
この女はそんなことをいう。
フェリのくせに生意気な!
「ダメだ。お前は自分の立場がわかっていないのか?」
「いいえ、若様。私は貴方の所有物です」
その通りである。
フェリを購入したその日から、フェリは俺の所有物なのだ。
だが所有物のくせに俺の命令を拒否するとはどういう了見であろうか。
「ならばなぜ何が欲しいかという俺の言葉に従わないかを言え」
フェリはややあってから──
「それは……私が抱いてはならない望みだからです」
なんだと?
よくわからん……それにしても回りくどい!
「ええい、まどろっこしい。俺がやれと言ったことはどんな事でもやれ! 俺が岩を割れといったら割れ! 海を飲み干せと言ったら飲み干せ! 欲しいものを言えと言ったら言え!」
「──では、踏ませろと言っていただけませんか」
は?
◆
そうして、俺はフェリを踏んでいる。
仰向けに寝たフェリの胸や腹、下腹部を踏みにじっている。
「も、もっと強くお踏みくださいッ……!」
フェリの要望に俺は無言で応じた。
でかい胸を押しつぶすように踏みにじり、足の下で悶えるフェリを見下ろす。
フェリの胸は俺が力を込めるほどに潰されて歪んでいく。
「も、もっとッ……!」
フェリが熱っぽく喘ぎながらそう訴えるたび、俺は無言で足に力を込める。
「フェリ、お前、これが本当に欲しい褒美なのか?」
俺が半ば呆れた口調で訊ねると、フェリは答える代わりに身体をくねらせるではないか。
足裏の感覚がなんだか気持ち悪かったので今度は腹を踏んだ。
足場として胸は相応しくないのだ。
特にフェリのそれは柔らかすぎて安定性に欠ける。
腹部を踏みつけるとフェリの体はびくんと跳ね上がり、床をひっかきだした。
甘い喘ぎ、潤んだ瞳。
発情したメスブタ──ブタではないか。
どちらかというと猫か。
雌猫が……床を傷つけるんじゃない。
「若様にこうやって……踏まれてると、私……本当に若様の物なんだって実感できて……嬉しいんです……」
どうやら俺はフェリを少し働かせすぎていたようだ。
帝国法では奴隷に対しては月に2回の休息日を設ける事とある。
俺は当初、奴隷などくたばるまで働かせればよいではないかと思っていたが、このように壊れてしまうならもう少し真剣に待遇を考えねばならない。
特にフェリなどは身分は奴隷ではあるが、実質的にアステール公爵家の使用人でもあるのだから。
他者に踏まれて喘ぎ、悦び、睫毛を震わせて至福の表情を浮かべるようでは健全な精神とは言えない。
呆れがピークに達しつつある。
それと嫌気も。
フェリはほぼほぼ半裸なのだが、そのせいで足裏がじっとりと濡れて気持ちが悪い。
もし劣等が俺にこんなことをしろと言ったら潰し殺してしまうのだが──フェリにそれをするわけにもいかない。
褒美をやると言った手前、今しばらくはこの雌猫に付き合ってやる必要がある。
俺がそんなことを考えていると──
「若様、私、もっと踏まれたい箇所があるのです……」
などとフェリが言う。
どこでも良い、どこでも踏んでやる。
しかしフェリがこんななのはなぜなのだろうか。
そこまで考えたところで、俺は人種序列法が原因だと気づいた。
虐げられすぎて頭がおかしくなったのだ。
このように踏みにじられる事が自身の悦びであると認識を誤認させている。
そうでなければ精神の平衡を保てないからだ。
亜人がどうなろうと知ったことではないが、我が家には亜人が多い。
フェリ、ミーシャ、あとはガッデムもそうだ。
オーマはなんだろう……まあいいや。
ともかく連中がこんな風に壊れてしまっては回るものも回らなくなる。
やはり人種序列法は悪法だと断じざるを得ないだろう。
母上が天下をとった暁には、人種の区別なく社会が回るようにしなければならない。
そう提言しよう。
「ああ、若様──もっと下をお願いいたします」
こいつは俺にどこを踏ませようとしているのか。
しかしこんな狂ったフェリではあるが、人種序列法が狂わせた被害者である。
慈悲をくれてやるつもりで、俺はフェリの言った箇所をぐりぐりと踏みにじった。
明日明後日は更新なし。おでかけします




