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悪役令息はママがちゅき  作者: 埴輪庭


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最も昏き者

 ◆


 俺は今、書物を脇に置きながら宝石を磨いている。


 三か月後の母の日に向けて、母上への贈り物を作るためだ。


 これまでは魔術の研究に時間を使うことが多かったが、こうした細工物にじっくり取り組むのは初めてかもしれない。


 おそらく母上はどんな贈り物であっても喜んでくださるとは思う。


 だが、俺は「まあまあ良い」程度のものでは納得できない。


 完璧主義というわけではないが、どうせなら母上が心から驚き嬉しそうに微笑んでくれるものを渡したい。


 そう考えると、自然と妥協はできなくなってしまう。


 作業机の上には、研磨用の砂や薬品、そして削りかけの宝石が散らばっている。


 ついさきほどまで試作をしていた青い石は磨きが甘いのか、どこか色が鈍く見えた。


 自分の目で見れば悪くはないが、母上のドレスやアクセサリと組み合わせを想像するとしっくりこないのが正直なところだ。


 机の脇には『小さな石』という書物がある。


 これは宝石加工について詳しく記された本で、著者はイドラ・イラ・カリステ──カリステ公爵家の当主である。


 カリステ公爵家と言えば十二公家の一家。


 オルケンシュタイン山脈の石材利権で知られる大貴族だが、この手の著作も多く出版している。 


 ページをめくると、宝石の接着に使う膠の作り方が出てくる。


 骨と皮を煮込む過程で不純物を取り除き、粘度を調整する──それを塗り重ね、上から圧をかければ宝石を金属枠にはめ込めるらしい。


 俺の魔力で無理やり張り付ける方法もあるが、正しい技法を丁寧に試してみるのが正解だと思う。


 さらにページをめくると、柔らかい宝石を磨くときの工夫も載っている。


 硬い石を削るのとは違い、柔らかい石は欠けやすい。


 そのため砂岩の粉をうまく使って少しずつ研磨し、形を整えるのだそうだ。


 俺には魔術があるから強引に研ぎ出すこともできるが、そうした手間を省くと微妙な光沢の差が出そうだ。


 せっかくの贈り物なのだから、できるだけ正攻法で行きたい。


「よし、まずはこいつをもう少し削ってみるか」


 そう呟いて、青い石を手に取ってヤスリをあてがう。


 力加減を間違えれば欠ける。


 慎重を期しすぎればいつまで経っても終わらない。


 そのあたりの加減を探るのは中々難しい。


 が、どんなに丁寧に仕上げてみても、やはり色味の衝突は拭えなかった。


 仕上がりの段階で悪くはないが、母上のドレスとの相性を考えると「何かが違う」という感覚が強い。

「母上の好む緑色に合わせるには、もう少し地味目の色を用意すべきか……」


 そう思いながら、ふと手を止める。


 いや、まて──助言くらいならば。


 我慢しきれず、フェリを呼んだ。


 ◆ 


「若様、いかがなさいました?」


 部屋に入るフェリの足音はほとんどしない。


 隠形の術を使っているからか、もともと身軽だからか、どちらにせよいつも気配が薄い。


「ちょっと見てくれ。これが試作した飾りなんだが……いまいち緑との取り合わせが合わなくてな」


 机の上に並べた青い宝石や台座、そして作りかけの枠を指し示す。


 フェリは黙ってそれをひとつひとつ手に取り、角度を変えて観察した。


「これはとても丁寧な仕上がりかと存じますが、確かに緑との相性は微妙に外れているかもしれません」


 淡々とした声だが、言っている内容は容赦がない。


 俺が自分なりに頑張った力作なのに、あっさりそう言われると少し悔しい。


「だろう? それに母上のドレスは明るい緑色が多い。そこへ青を混ぜるのは悪くはないが、微妙に噛み合わないんだ」


「そうですね。もう少し落ち着いた色か、あるいは差し色として使うなら一段階深みのある色味にするとか……」


「深みのある色、というと?」


「黒などいかがでしょう。緑と黒は意外と合いますし、アクセントとしても映えるのでは。問題は黒い宝石が手に入りにくいという点ですね」


 黒い宝石は確かに珍しい。


 俺の知る限り、有名なのは“夜の雫”くらいしか聞いたことがない。


 だがあの宝石は非常に貴重で、帝都の市中に出回ることなどほぼないという噂だ。


「そうか……夜の雫の事だろう? 確かに見たことがないな」


「私も見聞きするだけで、実物を拝見したことはございません」


「せっかくの母の日なんだがな……どうにかならないものか」


 独り言のように呟き、再び机の上の書を開く。


『小さな石』の索引を改めて確認する。


 宝石の名称がずらりと並んでいるが、“夜の雫”という言葉は見当たらない。


 その代わりに、巻末近くのメモ書きに古い文字でこう書かれていた。


「最モ昏キ者ヨリ、稀ニ賜ラル……か」


 最も昏き者──ふむ、例えばアンデッドとかか? 


 しかし連中がそんな希少な宝石を持っているとは思えないのだが──


「フェリ、この記述をどう思う」


 フェリは一目見るや否や、小さく首を傾げた。


「『最も昏き者』とありますね……もしや死霊や魔族の一部を指しているのかもしれませんが、確証はありません。少なくとも普通の商取引で出回る代物ではなさそうです」


 確かに、常識的に考えれば流通するはずもない。


 だが母上への特別な贈り物にふさわしいと思うと、どうしても気になる。


 青い石で納得いくものが作れない以上、黒い宝石を探し出してみるのも一つの道かもしれない。


「まあ、すぐに入手できるとは思えないな。それに“最も”とあるからな。ただのアンデッドではダメなのだろう。その辺の屍人からぽろりと手に入るとは思えん」


「そうですね。今すぐ踏み込むには情報不足かと」


「ひとまず別の色で完成度を高める工夫を続けるしかない。夜の雫の所在が分かればそれに越したことはないが……」



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最近書いたやつ。

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― 新着の感想 ―
ちょっと一狩りいくか?って言うフラグが立ったかw
不死王さん逃げてぇ!!
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