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悪役令息はママがちゅき  作者: 埴輪庭


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ユグドラ公国

 ◆◆◆


「行ったか。なんだぁ、アイツは……」


 スレイン魔宝石店を訪れていた冒険者の男は唖然とした。


 女連れの子供が入ってきたかと思うと凄い勢いで品物を買いあさっていったのだ。


 その中には男が買おうと思っていた品もあったので、少なからず不快感を覚えている。


「あのお方はアステール公爵家の嫡男様ですよ」


 店主が言った。


 ほくほく顔だ、無理もないだろう。


 さきほどハインから受け取った硬貨は品物の総額の5倍ほどの価値がある。


「お貴族様ねぇ……」


 男は貴族があまり好きではない。


 祖国ユグドラ公国の冒険者である彼は根っからの貴族嫌いなのだ。


 というかお偉いさんを丸っと嫌っている。


 自分の裁量と実力で稼いで、誰にも指図されない──そんな“男”の生き方を全うしたい。


 そう考えている彼にとって、ユグドラ公国は少し窮屈だったのだ。


 というのもユグドラ公国は国全体が国教である“天教”を信仰を推奨しており、聖職者の社会的な立場がとても高い。


 ゆえに冒険者のごとき日雇い稼ぎのならず者には非常に肩身が狭い国──だったのだが、現ギルドマスターである“天騎士”ウェブスターが敬虔な天教信者ということで、まあ言ってしまえば人権を得たという形になる。


 ただ、冒険者にも天教の信仰を強いる部分があり、それがどうにも男には気に食わないのだった。


 男という男が生来逆張り思考に出来ているゆえかもしれないが、それはともかくとして彼は窮屈なユグドラ公国を脱出して現在はガイネス帝国で日雇い労働をしているという次第である。


 ちなみに帝国にも冒険者ギルドは存在する──というか、世界中のどこの都市にも存在する。


「そんな顔をお貴族様の前でしちゃあだめですよ、もし見られれば大変だ」


 店主が困った顔で男にいう。


「ガイネス帝国は力があることが重要みたいなふれこみだったら来たンだけどよぉ……あんなガキがのさばっているようじゃなあ」


 そんな男の言葉に店主は「だからこそああいうふうに振舞っているンじゃあありませんか」などという。


「あん?」


「お貴族様はお貴族様だから偉いんじゃないんです、少なくともこの国ではね。武力を持っているから偉いんです。強いから偉いんですよ」


「じゃああのガキが強いってのかい?」


 男がケッと言わんばかりの様子で店主に尋ねると、当然の様に店主は頷いた。


「アステール公爵家の次期当主ってんだから、そりゃあねえ」


 そうは言われても男としては鼻白むような思いは消えない。


「でもよ、俺はそこそこ強いぜ? なのにこの国でチヤホヤされたりした覚えがないんだけどよ」


「そりゃお客さんもウチで買い物できるくらい稼いでるんだからお強いんでしょうけどね、でも命懸けでこの国を守ろうってわけじゃあないでしょ? だったら別にねぇ……。貴族様方はお強くて、そして帝国の為なら率先して敵と戦ってくれるから偉そうな顔ができるんですよ」


 男にもそれはわからない理屈ではない。


「まあいいや、とりあえず三等級の魔宝石をいくつか探してるんだが──」


 スレイン魔宝石店は高級店だが、こうして客として遇されているということは男もそれなりの腕を持つ冒険者だということだ。


「はいはい、多数そろえていますよ。……ところで、お客さんはユグドラ公国の冒険者さんですよねえ」


「ああ、何か問題でもあンのかい?」


「いえいえ、ないですがね。最近西からの冒険者さんが増えていましてね。冒険者さんだけじゃあない、商人やら旅芸人やらね。なにか政変でもあったのかなとおもいまして」


 男は首をかしげる。


「いやあ、知らねえな……俺が国を出たときは別にそんな事はなかったけどよ。政変ねえ──あの国でそういうのはないと思うんだけどな」


 ユグドラの政治情勢は安定している。


 貴族はいるし王もいるが、実質的に国を動かしているのは教会だからだ。


 聖女不在ということで教皇が実権を握っており、国王はお飾りに過ぎない。


「そうですか……まあ我々商人としては稼ぎ時かもしれませんが、あんまりねえ、不穏なのはちょっとねえ。ただでさえ帝国は旧魔王軍からちょっかい出されていますし」


「ああ、たまに襲われるんだろ? 竜種がよ、ガオーって」


「ちょっと前も襲撃がありましてね。まああっさり撃退されたそうですが」


「すげえ冒険者でもいるのかい?」


「いえいえ、お貴族様がね。ほら、アステール公爵家のほうでズバーンとやってくれたそうで」


 男は驚く。


 ユグドラ公国では地と汗を流すのは冒険者であり、貴族なんてものは偉そうにしているだけのごく潰しでしかないからだ。


「国を守るために働いてるってンなら……まあ少しくらい偉そうにしててもいいのか……」


「ええ、まあそんな感じですねえ。とはいえ、最近は政治情勢もどうにもきな臭いというか、昔のこう、質実剛健的な気風が大分薄れてきちゃってるんですけどね……。でもアステール公爵家のお貴族様方はちゃんと私らを守ってくださいますから」


 ふうんと気のない返事を返す男だが、少しだけハインへのというか──この国の貴族への悪印象が薄まったような気がしていた。


「あんなオスガキがいい女侍らせてるのは気に食わねぇが、しっかりシゴトしてるってんならしゃあねぇか……。ユグドラのクソお貴族様方も見習ってほしいもんだ。あの国じゃあ命張ってるのはいつだって冒険者なんだぜ」


 男はやれやれと言わんばかりに首を振った。


 男にとって冒険者とは自由の象徴なのだが、“天騎士”ウェブスターがギルドマスターとなって以来、ユグドラの冒険者ギルドは教皇庁の小間使いの様に使われてしまっている。


 男はそれも気に食わなくて国をトンズラしてきたのだ。


 ◆◆◆


 そして、そのユグドラではまさに──。


「皆! あたしの後ろに下がって! カリバーンの火よ、集い、逆巻き、喰らいつけ──火炎竜の大息吹(ドラゴン・ブレイズ)


 銀等級冒険者“火紡ぎの”フレアラが杖の先端をデュラハンに向け、三連唱から成る魔術を放った。


 仲間たちが思わず息を呑むほどの猛火が杖の先端から噴き出す。


 森で火炎を放つなど通常なら愚か極まりない行為だが、時と場合による。


 が、デュラハンは右腕で持った長剣でなんと炎の奔流を真っ二つに切り裂いてしまった。


 剣術では形あるものが斬れて二流、形がないものを斬れるなら一流と呼ばれるが、この黒鎧の騎士はまさに一流の腕前を持つのだろう。


「な、なんて剣技……。あの炎を断ち切るなんて……!」


 一人の冒険者が慄然として後退ると、デュラハンが持つ騎士首から呪いめいた声が聞こえてくる。


 ──呪言(カース)!? しまったっ……


 直後、フレアラたちの動きが一斉に硬直する。


「ま、ずい……」


 フレアラは杖を掲げた姿勢のまま、脚が萎えているのでもなく、何かが絡みつくわけでもないのに身体が動かない。


 彼女だけではなくて、仲間たちも同様だ。


 みんな同じように金縛りのように体を拘束されている。


 しかしデュラハンは止めを刺そうとはしない。


 代わりに、足音──いや、引きずるような音が森の奥から響いてくる。


 ぎしぎしと骨が軋む音、腐った肉がまとわりつく気味の悪い湿り音。


 それらは先ほどまで彼らが辛うじて凌いできたアンデッドたちのものだ。


 満たされない飢餓感に呻くゾンビ共、その背後でさらに迫ってくるスケルトンたちの剣や槍。


 フレアラたちは目を逸らす事もできず、それらが自分たちへ迫ってくるのを見守っているしかなかった。


 ◆◆◆


 ユグドラ公国の冒険者ギルド本部では、ここ数日ほど不穏な空気が絶えなかった。


 中央ホールには多くの冒険者たちが集まり、あちこちで物騒な噂が飛び交っている。


 アンデッドの大発生。


 被害は日々拡大し、王都近郊の農村にも不吉な報せが届き始めた。


「おい、“赤騎士の剣”がまだ戻ってこないって本当なのか?」


「嘘だろ。アンデッドへの切り札じゃなかったのかよ」


 赤騎士の剣は冒険者ギルドに所属する精鋭チームの一つだ。


 しかしその赤騎士の剣を含む複数の冒険者チームが、森から発生している瘴気の源を探りに行ったきり消息を絶ったという。


 ざわつく空気をよそに、ギルドの重役室では幹部たちが集まって臨時会議を開いていた。


 “天騎士”ウェブスターは机に腰かけながら封筒を指先でいじっている。


「……帰還者なし、か」


 ウェブスターの声は沈んでいた。


 同席する幹部の一人が書類の束を手に首を振る。


「アンデッドなら教皇庁の領分でしょう。なんとか動かせないのですか?」


 別の幹部が目配せをしながらそう尋ねる。


 ウェブスターは僅かにため息をついて、窓の外を見やりながらいう。


「先ほど知らせが来たが、こちらに割く余力はないらしい。なんとか時間を稼げとのことだ」


「稼いでどうなるのです?」


 幹部が疑問に思うのも当然だろう。


 ユグドラ公国は四方が森に囲まれている。


 時間を稼いでいるうちに、逃げるものも逃げられなくなってしまうのではないかと考えるのは当然だ。


「聖職者たちの総力で首都に結界を張るとの事だ」


「では他の村々は──」


「言うな」


 ウェブスターは渋い表情を浮かべる。


「しかし、結界もずっと張り続けるというわけにもいかないでしょう。どうするのです?」


 また別の幹部からの疑問。


 それに対してもウェブスターは教皇庁から指示を受けていた。


「鳥を飛ばし、周辺諸国へ救援を要請するとのことだ。無論冒険者ギルドとしても、他国のギルドに支援を要請する必要がある。ともかくそれまでは国軍と協同し、時間稼ぎをしなければならない。結界を張るにせよ準備が必要だ」


 冒険者ギルドといっても一枚岩ではない。


 そもそも同じなのは名称だけで、組織自体は別物なのだ。


 それぞれの国にはそれぞれのギルドがあり、それらが緩いルールのもとに連帯しているというだけに過ぎない。


 相互扶助を主としているためになるべく助け合おうという精神はあるが、他国のギルドが支援を断る事は十分に考えられる。


「なりふり構ってはいられないということですか……しかし大量のアンデッドが相手となると、他国も渋るでしょうね。それにいざ支援を得られてもそのあとは大分高くつきそうです」


「そこは国の領分だよ。我々が関知する所ではない。まあしかし金で命を、国の命運を買えるなら安いだろう。どうせならガイネス帝国あたりが動いてくれればいいのだが」


 ウェブスターは眉間をもみつつ、窓から灰色の空を見上げながら言う。


「東のオルケンシュタイン山脈周辺は、ガイネス帝国の十二公家として名高いカリステ公爵家の領地でしたね」(『オスとメス』参照)


「うむ。カリステ公爵とは面識もある。何とか支援を取り付けたいとは考えている……」


 ウェブスターの言葉には覇気がない。


 臆しているわけではなかった。


 ただ、嫌な予感がするのだ。


 デュラハンだとかリッチだとかというアンデッドが自然発生的にゴロゴロと湧くはずがない。


 となれば──


 ──やはり、不死王か……


 そんな思いがある。


 不死王が動き出したとすれば最悪だった。


 かつて魔王と刺し違えた勇者には数名の仲間がいた。


 天教で聖女として崇められているマリーシアはその一人である。


 その聖女マリーシアが相打ちする形でかろうじて“不死王”ファビアンを封印できたのだが──


 ──聖女はいまだ不在


 そう、聖女も勇者もいまだに見出されてはいないのだ。


「我らに秩序神アーネの加護があらんことを──」


 そういってウェブスターは重い溜息を漏らした。



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