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悪役令息はママがちゅき  作者: 埴輪庭


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ママの初講義

 ◆◆◆


 その日、初授業を迎えたヘルガは学院本館の一室にいた。


 天井の高い講義室は淡い光の差し込む大窓を備え、隅々まで掃除が行き届いている。


 学院の気品がしみついた古風な講義室だが、ふと周囲を見渡すとヘルガの登壇をうかがう生徒たちの視線が集まっていた。


 ヘルガが微笑むと、教室内に小さなざわめきが広がる。


 教壇の下にはおよそ二十名ほどの貴族子弟たちが座っており、その多くが淡い期待と緊張を滲ませていた。


「皆さん、初めまして。私の名はヘルガ・イラ・アステールと申します。今日から、初等魔術の授業を担当させていただくことになりました。とはいえ、私自身まだまだ未熟な部分も多いので、これから皆さんと一緒に学んでいければと思っています」


 それだけで、講義室の空気がぐっと柔らかくなった。


 かつて聴講生としてしか学院に関わらなかったヘルガとはいえ、公爵家という華やかな肩書きをもって堂々と教壇に立っている。


 この上品な物腰と、柔らかい声音。


 ──さすがはアステール公爵家の当主代理……


 そんな感想があちこちで口の端にのぼる。


 もっともこの授業を希望した生徒たちは、揃いも揃って「魔術に対して熱意が高い」「貴族間の評判に敏感である」といった共通の性質を持っている。


 講義室に集う顔ぶれには数名ほど十二公家に準ずる有力家の子弟が居並んでいた。


 ヘルガは前方の黒板に魔力を指先で走らせ、流れるような魔術式を淡く記した。


 見えない筆先でなぞるようにして文字を書きつける動作は優美極まり、中には式など目に入らないとばかりにボーっとヘルガを見つめる生徒もいる。


 この薄青い文字と図式は初等魔術でもっとも基礎的な概念──「魔力の循環」を示すシンボルだが、書き方や見せ方に個性が出やすい。


 彼女は手元の魔力を精妙に扱い、あくまでもエレガントな筆跡で示してみせた。


「魔術を扱う際には、こういった“粒”の流れをイメージする方が適切だ……と、私自身は考えています。これは従来の教科書で学ぶような“外部からの魔力の取り込み”というスタイルとは少し違って聞こえるかもしれませんが……」(つぶつぶハイン様参照)


 ちなみにこの粒ついての考え方は、ヘルガがハインより聞き及んだ事である。


 講義室の生徒たちが一斉に息をのんだ。


「あれ? 外部魔力を吸収して行使するのが従来の常識じゃ……?」


「でも、魔術の本質を考えるなら、自身の魔力を“粒”のように扱うという発想はあり得るかも……」


 ざわざわと沸き立つ気配の中、ヘルガは一人ひとりの反応を見渡した。


 もともと自身の息子であるハインが深く研究を進めていた仮説にも通じる話であるため、彼女自身確信を伴った講義ができる。


 ほかの講師陣が言及しない内容を、堂々と教壇で述べることで生徒たちの好奇心をくすぐりたいという狙いもあった。


 想像以上に生徒たちの反応は良好だった。


 これまで学院では初等魔術をいかに無理なく使うかという話しかされず、魔術の核心に迫るような教え方はしなかった。


 だがヘルガは慣例にとらわれない微妙な匙加減で新鮮な魔術観を示す。


 これは好奇心旺盛な若い貴族子弟にとって、実に刺激的な内容である。


「ヘルガ先生、ではその“粒”はどのような形なのですか? 球なのか、あるいはもっと不定形なのでしょうか……」


「ふふ、興味深いわね。私も実際に見たわけではありませんけれど、たとえば熱いお茶を淹れるときに湯気が立つのを観察してみると、ただの煙のようにも見えますし、小さな水滴のようにも見えます。魔力もそれと似ているんじゃないかしら? 状況によって姿を変える、可変的な粒なのだと思います」


「なるほど……ではその理論が正しかったとして、それを理解することで我々が魔術の行使を行使する際にどのようなメリットがあるのでしょうか?」


 その質問がされることは分かっていたのだろう。


 ヘルガの答えは淀みない。


「より大きな規模の魔術をより少ない力で行使できます。例えば大きい岩を想像してください。それをある場所まで運ばなければなりません。しかし大岩を運ぶためには大きな力が必要です。そんな力を持つ人は余りいません。しかし粒理論は、その大岩はそもそも大岩ではなく、小さい石の集合体だと考えるのです。小さい石ならば小さい力で運べますね? それならば見た目が大きな岩だったとしても、別の場所へ運ぶ事は容易でしょう──もちろん、メリットだけではありませんが」


 目からうろこが落ちたとでも言うようにわいわいと盛り上がる生徒たち。


 初日の講義としては、上々の反応と言えるだろう。


 一方、そんな賑わいの裏では不穏なささやきが生まれつつあった。


 旧き貴族の中でも特に保守的な者たちは、アステール公爵家が帝国中心部の教育へ干渉しようとしているのではないかと警戒を強めている。


 十二公家は帝都の防衛や内政の一端を担う家柄であるからこそ、他家との兼ね合いがどうしても生まれる。


 特に現在、サリオン公爵家との兼ね合いが余りよくなかった。サリオン公爵家は盾、アステール公爵家は槍──本来なら手を取り合うべき関係なのに、近頃はフォーレ公を中心にむしろアステール公爵家に対する対抗心が募っている状況だ。


 そんな中ヘルガは学院での初授業を終え、やや疲れた面持ちで担当する講師控室へと戻ってきた。


 だがその充実感も覚えているようだ。


「ふう……皆さん、とても意欲的なのね。もう少し色々と講義したかったわ」


 そう呟きながら椅子に腰掛けるヘルガ。


 何人かの講師はそんなヘルガをねぎらうように声をかけたりしているが、そうでない者もいた。


 控室の奥で煙管を弄ぶ別の老講師などは、一瞥しながら「ふん」と鼻を鳴らしていた。


 ヘルガも敏な気質であるので、そういった空気は感じとってはいるが努めて無視をする。


 新入りがいきなり新入生に対して講義をするというのは、元から居た者たちにとっては面白くない事だろうと理解はできていたからだ。


 それよりもと、ヘルガは窓の外──晴れ間を覗かせる帝都の空に目をやった。


 ハインが気になって気になって仕方ない。


 ちゃんと寝ているかしら、とか、食事はとっているかしら、とか、私がいなくて寂しがってはいないかしら、だとか。


 そんな事ばかりを考えてしまっている。


 自身でもちょっと子離れできていないんじゃないかと思うヘルガだが、どうしようもないものはどうしようもないのだ。


 ◆


 俺は寝台の上で呻いていた。


 いい加減退屈に過ぎる。


 しかしフェリがいる。


 俺が勝手にどこかへ行かないように見張っているのだ。


「フェリ、俺がこうして閉じこもっている間に、母上は学院で教鞭を執り評判を得ているのだろう? なぜ俺だけが……」


 苛立ちが声ににじむ。


 それでもフェリは申し訳なさそうに目を伏せるばかり。


「若様……大奥様が『安静にしていなさい』とおっしゃった以上、私には従う以外の選択肢がありません。どうかご理解を……」


 そう言われてはどうしようもない──まあこのやりとりはもう数回目になるが。


「……分かった。今は大人しくしてやろう。だが俺は母上がどれだけ苦労していらっしゃるか気が気じゃないんだ。母上の講義で居眠りしている奴がいるかもしれないと考えたら、俺はもう居ても立っても居られない。そいつの肉体、魂、そして家ごと焼き尽くしてやらねば気がすまない」


「アステール公爵家の当主代理が執り行う講義で居眠りをする貴族子弟はまずいないでしょう、ご安心ください」


「安心!? 安心だと!? 安心とはな、実際に安心してから『ああ、安心した』と言うべき言葉だ! 安心していない時に安心なんて出来るわけがな──うっ」


 自分でも何を言っているか理解できないまま、やや劣等染みた事を口走った俺を、フェリは黙らせるように抱きしめてくる。


「大奥様から、若様がダダをこねたならこうしろと仰せつかっております」


 フェリのデカい胸に埋もれる俺だが、こいつに女を感じることはない。


 ないのだが、どうも()()には弱いのだ。


 なぜなら俺は幼いころからずっと母上にそうして寝付かせられていたため、こうされると妙に眠くなる。


 嗚呼、母上──


 なぜ俺をこのような目に……うっ……


 すぅ……

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最近書いたやつ。

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あれから10年。
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──目の前に現れたのは“お姉さん”だった。
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※ カクヨム、ネオページ、ハーメルンなどにも転載
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「その追放、本当に正しいですか?」

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話はよく聞きましょう。
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