贈り物
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『坊ちゃま! お土産ですぞ!』
などと言ってグラマンからでかい竜の目玉を渡されたのだが、正直扱いに困る。
なにせ一抱えほどもあるのだ。
無価値というわけではなく、魔術の触媒として有用──とされている。
だがそもそも触媒なんていうものは、劣等が背伸びをして自身の魔力で魔術を贖えない際に必要なのであって、俺には不要だ。
では俺はどんな魔術も好き放題行使できるだけの無限大の魔力があるのかと言えば、それは少し違う。
理を解せば、最小限の魔力で魔術が扱えるというだけである。
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「コトワリ……ですか」
俺を腕枕して添い寝しているフェリがそんな事を言った。
「そうだ。全てに因果がある。劣等共が大きな魔術を扱おうとする時、馬鹿みたいな魔力を食ってしまうのは原因と結果に対して無理解だからだ。例えばただ走るにせよ、正しい姿勢というものがあるだろう? 走るという結果は同じであっても、正しい姿勢、正しい呼吸で走れば、速く長く走れるはずだ。では正しい姿勢、正しい呼吸とは何か──その様にして理解の深度を深めていく。魔術の行使も同じ要領だ。無理解だと余計な力が必要となる」
「素敵です、若様」
そう言ってフェリは俺を抱く腕に力を込めた。
こいつは俺の話を本当に聞いているのだろうか。
「……まあいい、とにかくグラマンが持ってきた例の代物をどうするか。フェリ、何か良い案はないか」
俺が尋ねると、フェリはやや思案してから──
「贈り物として他家に贈呈するのはどうでしょうか」
「何?」
贈り物?
そんな媚びを売るような真似を俺がしなければならないと?
「はい、若様の目的は大奥様による帝国、いえ、ひいては世界の掌握でございます。そのためにはアステール公爵家のみならず、理解と力のある家々をお味方にしなければなりません」
「そんなものは力で従わせれば良いではないか」
俺が言うとフェリは首を振った。
振るたびに胸がぶるんぶるんと揺れて俺の鼻先をかすめるので鬱陶しい。
「面従腹背という言葉が御座います。力で従えても、それでは胸に二心を抱く者が出てきます。そうなれば大奥様も心が休まらないでしょう」
道理ではあった。
俺としてはそんな連中は適当に洗脳なりなんなりしてしまえば良いとおもうのだが、母上がどう思うか──
「……それで、贈り物をしろと?」
「はい。竜眼は若様以外の者たちにとっては非常に価値があるモノですから。しかし、贈る相手は選ぶべきでしょう」
「そんなに価値があるものなら母上に……」
「グラマン殿が持ってきた竜眼は氷竜のものです。大奥様の魔力とは非常に相性が悪いかと……」
フェリの言う通りだった。
母上の生家であるエルデンブルーム伯爵家の始祖であるサルバトリ伯爵はエルフェン種(チョロテール公爵家嫡男参照)であり、となれば凍てつく風を宿す氷竜眼は確かに相性が悪いだろう。
「ではどこの家に送れというのだ」
俺が尋ねると、フェリは数秒思案した後──
「サリオン公爵家が宜しいかと」
と言った。
◆◆◆
父上から静養を命じられて数日。
目を閉じると、あの剣術大会の光景がありありと甦ってきて、胸の奥が苦しくなる。
原因は明らかだった。
ハイン・セラ・アステール。
つい先日の剣術大会で、わたしは彼に完膚なきまで打ちのめされた。
それだけならまだいい。
勝てない勝負だと最初から分かっていたから、結果はどうということもないはずだった。
ただ、その後に私は事もあろうに……
痛みよりも、あとになって込み上げてくる恥辱と戸惑い、そして奇妙な……感情。
気づくと、窓の外を眺めながら彼の姿を思い浮かべてしまう。
──ハイン様は多分、その気になれば私の事なんて一方的に斬り捨てる事が出来たはず
そうしなかったのはなぜだろう。
最後に私が無理やり口づけをした時、面白そうに笑っていたのは何故だろう。
父上からはあの事で酷く叱られてしまった。
おじい様からは褒められたけれど。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
部屋の扉の外から家令の控えめな声が響いてきた。
わたしは表情を整えながら「はい、どうぞ」と促す。
扉を少しだけ開けて、家令が顔をのぞかせる。
「お加減が落ち着いているようでしたら、少々お耳に入れたいことがございまして」
家令はわたしがうなずくのを待って、奥まで進んできた。
「実は、アステール公爵家の嫡男であらせられる──ハイン・セラ・アステール様から、贈り物が届いております」
一瞬、頭の中が白くなる。
「……アステール公爵家から?」
思わず聞き返すと、家令は小さく頷いた。
「はい。お手紙によると、今回の剣術大会でエスメラルダ様に怪我を負わせてしまったことへのお詫び、と記されておりますが……」
意図がよく分からない。
あのハイン様がお詫び?
「そう、ですか……それで、一体何を届けてくださったのでしょう?」
「どうお伝えするべきか迷いましたが、贈品は……竜眼のようです。もちろん"生"ではなく、加工処理がされておりますが、それでも人間の頭部よりもはるかに大きな、青い水晶玉のような代物で……おそらく氷竜種のものかと」
「竜眼、ですって……?」
心臓が一気に高鳴って、思わず息を呑む。
竜眼といえば、古くから最高級の魔術触媒として重宝される代物だ。
その大きさによっては、まるで国ひとつを買えるほどの価値があるとさえ言われている。
まともに市場に出回ることはまずなく、闇商人が扱うような物もあまりに高額すぎて、限られた大貴族や王族ぐらいしか手が届かない。
「なぜ、そこまで……」
あのハイン様が、こんなとんでもない品を「お詫び」などと言って寄越すとは。
何か裏があるのか……。
混乱するわたしを横目に、家令はさらに言葉を続けた。
「さきほど公爵様にもご報告申し上げましたが……」
家令が言葉を濁したが、その先はわたしも充分に想像がついた。
「きっと不機嫌になってしまったのでしょう?」
私が尋ねると家令は頷く。
父はアステール公爵家を嫌っている。
理由は私にはわかる──劣等感だ。
「アステール公爵家とは剣と盾の関係。手を取り合う事すれ、敵視するなんて正直愚行としか思えないけれど」
わたしはため息交じりにつぶやく。
家令が困ったように顔をしかめ、肯定の姿勢を取る。
贈ってきたのが嫌いなアステール公爵家だと分かっているのに、竜眼の価値が分かるからこそ突き返したりする気はないらしい。
「ああ、父上らしいわね……」
そう思うと、胸の奥に冷たい水が流れ込むような落胆を覚える。
父は「サリオン公爵家の威信を高める」とか「誇りを取り戻す」とか、いつも口にしている割には、こうして気に食わない相手からの贈り物をどうにか利用しようとする。
わたしは無言のまま寝台を下り、家令に尋ねた。
「その竜眼、今はどこにあるの?」
家令はすぐに答える。
「応接間に飾られています。今のところ公爵様は誰にも触れさせないように、と厳重に見張りをつけていますが……」
「分かったわ。後でわたくしも見に行きます」
「お嬢様。お身体が本調子ではないのですし、あまりご無理なさらぬよう……」
家令が声をかけてくれるので、わたしは小さく微笑んでみせる。
実の所、痛みは余りないし、体を動かしても問題はない。
腹部を突き刺されて、たった数日の静養でここまで回復するなんて自分でも信じられないほどだ。
ハイン様がその様に刺した、と癒術師は言っていたが──
まさか、私の事を気遣ってくれている?
贈り物にせよ、他意はなく、純粋に私の事を想って?
そんな事を考えた瞬間。
私は下腹がキュウと苦しくなってしまうのだ。




