つぶつぶハイン様
◆
俺は隣で添い寝をするフェリの胸に押しつぶされそうになりながらも、大人しく寝床についていた。
なぜフェリが一緒に寝ているかというと、お目付け役という事らしい。
ただ、お目付け役は良いにしても一緒に寝かせる意味があるのか?
俺はその辺の事もフェリに尋ねたが、フェリは──
「申し訳ありません、若様。大奥様の言いつけではありますが、大奥様は意図を話してはくださいませんでした」
などと言うので、結局理由が分からない。
母上が大人しくしていろと言うからだ……正直怪我などはもう治ってしまったというのに。
俺は治癒の魔術は扱えないが、似たような事ならば出来る。
「万物は"粒"から出来ている」という、世にも珍しい理論──"粒理論"を説く書物を読んで学んだのだ。
著者はフランシス・セラ・アンブルーム。
下級の帝国貴族で、魔術についての文献を多く出している。
ただ、残念ながらこのガイネス帝国では彼の考えは狂人の戯言として片付けられてしまっているが。
しかし俺はこの男の考え着いた夢想事に何か感じるものがあった。
もし、魔術の本質がそれらの粒を動かす行為であるのならば……俺たちが従来考えてきた魔力の扱いも、一から覆せるかもしれない。
そういった考えの元修練を積み、いまではそれなりの事は出来るようになっている。
治癒の魔術に似たモノ……もその一つだ。
治癒術は損傷を回復させるための魔力を対象に流し込むが、俺のやり方は「壊れた粒の並び」をあるべき状態に再接合するイメージだ。
一種の再構築というべきか。
練習は奴隷を使った──他ならぬフェリである。
フェリを購入した際、彼女には四肢が無かった。
四肢が無かったのみならず舌や耳の一部や、とにかく欠け物が多かった。
結論から言えば、俺はそんなフェリを霊薬などの力を借りて元に戻してやったのだ。
万物が"粒"から出来ているならば、欠損していようが問題はない。
足りない粒は別の粒で補えば良い。
俺としてはまあ新たな業を身に着ける良い切っ掛けでしかなかったが、フェリの奴はこの事を随分と恩に着ているようで、まあ殊勝な奴だなとは思っている。
◆◆◆
若様の吐息が胸にあたる。
その度に私はこの人を抱きしめたくなる。
でもそれは出来ない。
そうしろと命じられれば喜んでそうするし、それ以上の事を望んでもいるけれど。
若様は私にとっての全てだ。
かつて私は手足も無く、喋る事も出来なかった。
そればかりでなく、部族としての誇りである耳すらも喪っていた。
人間の男達が私をそうしたのだ。
奴らは私の住んでいた集落を襲い、私たちを捕まえ──そして。
そして。
今でもたまに思い出す。
奴らが私にしたことを。
泣き叫ぶ私の四肢を切り、私の体を文字通りの玩具にした。
奴らの一人は私の腕や足を工芸品として加工し、家に飾っているのだとか。
最初私はこんな奴らに屈しないと思っていたけれど、 "調教" が進むうちにそんな意気地も砕かれて、やがて私は感情も喪った。
そんな私を使い飽きたのか、男達は私を売った。
当時の私にとってはそれもどうでもいいことだったが、いまではそうなる運命だったのだと思っている。
あの日々には意味があったのだ。
若様と出逢い、そのお側に仕えるという僥倖を得るには、あれだけの苦難を乗り越える必要があったのだろう。
若様はこう仰っていた。
──『物事は全て均衡が取れていなければならない。俺が母上を愛する理由は、母上が俺を愛してくださったからだ。俺にはダミアンという父親がいたが、この男は産まれたばかりの俺を殺そうとした。しかし母上はそれを身を以て庇ってくださった。当時の母上ではとてもではないがダミアンの力には抗えない筈なのに、たった一つしかない命を盾にして、俺の命を護ろうとしてくれたのだ。この愛に俺は生涯を懸けて応えねばならない。そして、フェリ。お前もそうだ。お前が俺の役に立とうと努力をすることは当然だが、血には血で報いねばならない事を忘れるな。四肢を取り戻した所でまだ十分に動かす事はできないだろうが、動きが戻ればお前は行かなくてはならない。お前をそうした連中の元へ。そして落とし前をつけてこい。その時初めてお前の人生が始まるのだ』
私はそうした。
嗚呼、でも私はまだ十分に若様の役に立っていない。
若様が私を求めれば、私はどんな事でもすると言うのに。
大奥様から許しは得ている。
若様が別の女性に興味を持つと言うのは喜ばしい事だと仰っていた。
しかし、だからといって私から情けを賜るというのは厚顔無恥に過ぎるだろう。
どうか、どうか若様。
このフェリに何でもお命じ下さい。
意に沿わぬ相手を消してこいというモノでも構いません。
体を捧げよというモノでも構いません。
私を役に立たせてください、若様──




