魔王死す!!
◆◆◆
魔王べルゼルは雲海の中に漂う魔力の輝きを睨みつけた。
ハインから放たれる膨大な魔力がまるで曙光の様に周囲を照らし上げ、その光が針の様に魔王の魔力体に突き刺さり、食い荒らしていく。
──『こ、この魔力……余がこのような状態である事とは関係なく、余りに強大な……ッ!』
魔王べルゼルははっきりと慄いていた。
魔術において自らが遅れを取る存在が居る事など、魔王にとっては到底許容されるはずがないからだ。
魔術に於ける絶対者が魔王、そして天術をに於ける絶対者が勇者である。
その法則は遙か神代の頃から変わらぬ法則だ。
勇者と魔王の争いは神の代理戦争の様なもので、光と闇の均衡を保つ為に行われているものだと魔王べルゼルは知っている。
──『しかしこの小僧の魔力はどうだ?』
明らかに魔王べルゼルを凌駕していた。
──『奴は、勇者ではない……それは間違いない。なぜならば勇者は天術を使うからだ、そう決められている──神に』
魔王を滅ぼす事が出来るのは勇者のみとされている。
ただ強いだけでは魔王は斃せない。
なぜならば、負の情念では魔王を斃しきれないからだ。
勇者に魔王への負の情念がないわけではないだろうが、それ以上に、それそのものが対魔王の "機能" として存在する者が勇者である。
だが。
──『それならば何なのだ? 』
べルゼルには答えは既に分かっている。
天を統べるのが勇者であるなら、魔を統べるは魔王。
ならば、自身より遙かに強大な魔を宿す者が居たとすれば──
そう、答えは出ている。
しかしそれを認めたくはなかった。
どうしても認めたくない。
なぜならばそれは自身のアイデンティティにも関わる事だからだ。
しかし──
「術は成った。もう逃げ出せんぞ、虫けら」
見下した様に言い放つハインの口上を聞いたべルゼルは──
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『神め。新たな勇者の選定に伴って、魔王も挿げ替えようと言う事か。だが、そう何度も貴様の思うようにはさせぬ。余も、勇者も貴様の駒ではないッ!』
激昂し、分体を核へと集中させる。
これは皇帝ヴァルフリードを器にするという儀式を断念し、ハインを怨敵と定めた事を意味する。
怒りと憎しみがべルゼルの総身を震わせていた。
──『神の走狗よ、新たな魔王よ! 貴様はここで余が手ずから葬ってくれる!』
そういって"原初の炎" の魔術を詠唱し始める。
これはべルゼルの扱う魔術の中でも最も高度で、最も破壊的で、最も容赦のない大魔術だ。
この大地の深い場所を流れる "熱き水" を喚び出し、巨大な槍と成して相手に叩きつける恐るべき魔術。
その一方ハインもまた魔術を編み込んでいく。
べルゼルをして怖気を覚えるほどの大魔力が、まるで生き物の様に躍動している。
──『もし、万が一。この小僧の魔術が余のそれを凌駕したとしても、この小僧に余は滅ぼせぬ。怒りや憎しみでは余を滅ぼす事は出来ぬ』
そんな思いをべルゼルは抱き、そして。
両者の魔術が同時に完成したが──
次瞬、べルゼルは真っ白な世界の中に居た。
何も見えない、聞こえない、文字通り無数に存在するはずの群体も、どの個体とも繋がりを感じ取れない。
──『ここは、どこだ。余は一体どうなった。いやまて。余は先ほど、あの小僧と……』
べルゼルが自身がハインの魔術に呑み込まれていっていることを察した瞬間。
──『なんだ……? 女?』
その想いを最期に、べルゼルは意識を喪失した……永遠に。
べルゼルが視たものは人の女である、
それが誰なのかはベルゼルには分からない、ハインの母であるヘルガであることなど分かるはずもない。
"星の火"──膨大な圧力と温度の下、原子核が衝突し融合することで生み出された膨大な熱エネルギーが、べルゼルの魔術もべルゼル自身も、何もかもを完全に焼き払ってしまった。
それだけではない。
べルゼルは復活出来ない。
なぜならばこの魔術にはべルゼルに対しての憎しみも怒りもないからだ。
そこはただ母への想いのみがあった。
ヘルガに褒められたい──将来の家をちゃんと綺麗に "掃除" した事を褒められたいという子どもっぽい想いしか無かったからだ。




