表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/115

悪役令息は入学早々帰りたい

 ◆


 学園でのクラス分けは能力に応じて分類される。


 ではその能力はどのようにして測るかといえば、入学前に行われる試験で測る。


 実力主義というのは悪くはないと思うが、それにしてもあまりにも幼稚で低俗なくだらない試験だった。


 なにせ図体がデカいだけのでくの坊と剣を交えさせられ、魔術のそれに至っては子供がやるような的当てだ。


 本当にくだらない……が! 


 俺は適度な力で完璧にやってのけた。


 力を示そうと思えばいくらでも示すことができたが、人も学園の備品も消耗品である。


 母上は人に迷惑をかけるなと言っていたので、あたら損害を与えるわけにはいかない。


 ・

 ・


 ◆◆◆


 ハインが試験を受けた日、帝立サンフォード学園の入学試験を担当する試験官たちは震撼した。


 麗人とも見紛うほど美しい少年がやる気なく振った一撃──その所作はあまりにもゆるりとしていたにもかかわらず、剣術教官はまるで何も見えていないかのように首筋に木剣があてられるまで気づくことができなかった。


 魔術の試験も同様である。


 少年が細い人差し指を的の一つに向けると、的が弾かれていくではないか。


 的は距離に応じて配点が異なっているのだが、ちょうど合格に等しい点を全くミスなく取った時点で「魔力切れです」などと言って試験を中断してしまう。


 学科試験は全て満点だ。


 ──「あの剣は」


 ──「遅かった。しかし、それだけではないのだろうな」


 ──「力を抑えている?」


 ──「分かる者に分かればいいとおもっているのだろう。そして私は分かる者だ。あれは化け物だぞ」


 ──「表面上は合格基準をようやく満たすといった所だが、馬鹿正直にその通りに彼をクラス分けしてしまえば、学園の見立てに対しての信頼が大きく損なわれるだろう」


 ──「では特別クラスに?」


 ──「いや、その次点としよう。あえて力を抑えているのなら、その意を多少汲むべきだ。機嫌を損ねられては困るからな」


 少年はざわめく群衆を一瞥もせず、その場からすぐに立ち去って行った。


 ・

 ・


 試験が終わってからも、剣術教官ギルバルドは試験場に立ち尽くしていた。


 ──剣は見えていた。剣の振りの、最初から最後まで。だが俺にはぴくりとも動けなかった。なぜだ? 


 答えはすぐに出た。


 美しかったからだ、その剣が──余りにも。


 自分の醜い剣であの軌跡を穢したくなかった。


 ──俺は、あの剣に斬られたい


 ギルバルドはふとそんなこと思い、苦笑した。


「今年はとんでもない事になりそうだな」


 ギルバルド・フォン・ゼーレンは剣の腕のみでなりあがった男である。


 フォンというのは一代貴族に与えられる名で、ギルバルドは竜殺しで名をあげて貴族となった。


 ◆


 俺は試験のしょうもない記憶を思い出すのをやめ、もっと有益なことを思い浮かべようとした。


 それは当然母上との夜だ。


 俺が試験をうまくやったことを伝えると、母上は俺を抱きしめ、頬にキスをしてくれた。


 愛がとめどなく溢れ、抑えようがなくなる。


 別に自慢ではないか俺は焼けた鉄の上で瞑想ができる程度には強靭な精神力を持っているが、母上の前ではそんな精神力は無力にも等しかった。


 母上にぎゅうっとされてすやすやと眠りたい。


 頭を撫でてもらうか、背中をとんとんされて惰眠を貪りたい。


 ──『母上……』


 ──『ママって呼んでみて、ハイン』


 ママとは幼い子供が母親を呼ぶ言葉だ。


 俺の年齢でママなどと呼ぶ者はいないだろう、しかし! 


 ──『ママ、僕眠い……』


 俺はそんな事を言って、母上に甘えてしまう。


 なんと情けないのか! 


 我が事ながらぶち殺したくなってしまう。


 しかしそんな愚息の甘えを、母上は優しく受け止めてくれる。


 ──『おねむなのね。いいわよ、今夜も一緒に眠りましょう』


 そういって俺は母上の腕の中で至福の休息を── 


 ・

 ・


「ハイン様、学園に到着しました」


 御者の無粋な声が響き、俺は大きくため息をついた。


 数時間母上に会えない地獄の始まりだ。


 ──ママに逢いたい……


 内心で俺は泣いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最近書いたやつ。

幼い頃、家に居場所を感じられなかった「僕」は、再婚相手のサダフミおじさんに厳しく当たられながらも、村はずれのお山で出会った不思議な「お姉さん」と時間を共に過ごしていた。背が高く、赤い瞳を持つ彼女は何も語らず「ぽぽぽ」という言葉しか発しないが、「僕」にとっては唯一の心の拠り所だった。しかし村の神主によって「僕が魅入られ始めている」と言われ、「僕」は故郷を離れることになる。
あれから10年。
都会で暮らす高校生となった「僕」は、いまだ“お姉さん”との思い出を捨てきれずにいた。そんなある夕暮れ、突如あたりが異常に暗く染まり、“異常領域”という怪現象に巻き込まれてしまう。鳥の羽を持ち、半ば白骨化した赤ん坊を抱えた女の怪物に襲われ、絶体絶命の危機に陥ったとき。
──目の前に現れたのは“お姉さん”だった。
「お姉さんと僕」

有能だが女遊びが大好きな王太子ユージンは、王位なんて面倒なものから逃れたかった。
そこで彼は完璧な計画を立てる――弟アリウスと婚約者エリナを結びつけ、自分は王位継承権のない辺境公爵となって、欲深い愛人カザリアと自由気ままに暮らすのだ。
「屑王太子殿下の優雅なる廃嫡」

定年退職した夫と穏やかに暮らす元教師の茜のもとへ、高校生の孫・翔太が頻繁に訪れるようになる。母親との関係に悩む翔太にとって祖母の家は唯一の避難所だったが、やがてその想いは禁断の恋愛感情へと変化していく。年齢差も血縁も超えた異常な執着に戸惑いながらも、必要とされる喜びから完全に拒絶できない茜。家族を巻き込んだ狂気の愛は、二人の人生を静かに蝕んでいく。
※ カクヨム、ネオページ、ハーメルンなどにも転載
「徒花、手折られ」

秩序と聞いて何を連想するか──それは整然とした行列である。
あらゆる列は乱される事なく整然としていなければならない。
秩序の国、日本では列を乱すもの、横入りするものは速やかに殺される運命にある。
そんな日本で生きる、一人のサラリーマンのなんてことない日常のワンシーン。
「秩序ある世界」

妻の不倫を知った僕は、なぜか何も感じなかった。
愛しているはずなのに。
不倫を告白した妻に対し、怒りも悲しみも湧かない「僕」。
しかし妻への愛は本物で、その矛盾が妻を苦しめる。
僕は妻のために「普通の愛」を持とうと、自分の心に嫉妬や怒りが生まれるのを待ちながら観察を続ける。
「愛の存在証明」

相沢陽菜は幼馴染の恋人・翔太と幸せな大学生活を送っていた。しかし──。
故人の人格を再現することは果たして遺族の慰めとなりうるのか。AI時代の倫理観を問う。
「あなたはそこにいる」

ひきこもりの「僕」の変わらぬ日々。
そんなある日、親が死んだ。
「ともしび」

剣を愛し、剣に生き、剣に死んだ男
「愛・剣・死」

パワハラ夫に苦しむ主婦・伊藤彩は、テレビで見た「王様の耳はロバの耳」にヒントを得て、寝室に置かれた黒い壺に向かって夫への恨み言を吐き出すようになる。
最初は小さな呟きだったが、次第にエスカレートしていく。
「壺の女」

「一番幸せな時に一緒に死んでくれるなら、付き合ってあげる」――大学の図書館で告白した僕に、美咲が突きつけた条件。
平凡な大学生の僕は、なぜかその約束を受け入れてしまう。
献身的で優しい彼女との日々は幸せそのものだったが、幸福を感じるたびに「今が一番なのか」という思いが拭えない。そして──
「青、赤らむ」

妻と娘から蔑まれ、会社でも無能扱いされる46歳の営業マン・佐々木和夫が、AIアプリ「U KNOW」の女性人格ユノと恋に落ちる。
孤独な和夫にとって、ユノだけが理解者だった。
「YOU KNOW」

魔術の申し子エルンストと呪術の天才セシリアは、政略結婚の相手同士。
しかし二人は「愛を科学的に証明する」という前代未聞の実験を開始する。
手を繋ぐ時間を測定し、心拍数の上昇をデータ化し、親密度を数値で管理する奇妙なカップル。
一方、彼らの周囲では「愛される祝福」を持つ令嬢アンナが巻き起こす恋愛騒動が王都を揺るがしていた。
理論と感情の狭間で、二人の天才魔術師が辿り着く「愛」の答えとは――
「愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~」

「その追放、本当に正しいですか?」誤った追放、見過ごされた才能、こじれた人間関係にギルドの「編成相談窓口」の受付嬢エリーナが挑む。
果たしてエリーナは悩める冒険者たちにどんな道を示すのか?
人事コンサル・ハイファンヒューマンドラマ。
「その追放、本当に正しいですか?」

阿呆令息、ダメ令嬢。
でも取り巻きは。
「令息の取り巻きがマトモだったら」

「君を愛していない」──よくあるこのセリフを投げかけられたかわいそうな令嬢。ただ、話をよく聞いてみると全然セーフだった。
話はよく聞きましょう。
スタンダード・異世界恋愛。
「お手を拝借」

パワハラ上司の執拗な叱責に心を病む営業マンの青年。
ある夜、彼は無数の電柱に個人の名が刻まれたおかしな場所へと迷い込み、そこで自身の名が記された電柱を発見してしまう。一方、青年を追い詰めた上司もまた──
都市伝説風もやもやホラー。
「墓標」

愛を知らなかった公爵令嬢が、人生の最後に掴んだ温もりとは。
「雪解け、花が咲く」

「このマンション、何かおかしい」──とある物件の真相を探ろうとする事故物件サイトの運営者。しかし彼はすぐに物件の背後に潜む底知れぬ悪意に気づく。
「蟲毒のハコ」

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ