剣術大会当日④
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ここまでの経過では一年生が三人も勝ち上がっている。
ハイン、エスメラルダはまあ妥当と言えるだろう──十二公家の嫡子だ。
一年生ではあるが、まったくの異例というわけでもない。
十二公家の嫡子は毎年それなりに上位へと進んでくるし、優勝だって珍しくはないのだから。
だが、なかでもアゼル・セラ・アルファイドの躍進は多くの観客の目を奪った。
「見ていたかね? あのアゼルという青年、なかなかの剣さばきだったな」
「うむ、アルファイド伯爵も鼻が高いだろう。まさか一年生であそこまでやれるとは……」
貴族たちがひそひそ声で言い交わす。
彼らの視線は試合の合間もなお、アゼルの姿を探しているようだった。
そしてもう一人、ハイン・セラ・アステール。
言うまでもなくアステール公爵家の嫡子だが、いまだその力量を量りかねている者も多い。
さらに、残る一人はエスメラルダ・イラ・サリオン。これも一年生だ。
「エスメラルダ嬢はここ数年のサリオン公爵家で一番の逸材と聞くが……」
「ふむ、まあ地味ですが剣の腕を問われる家柄でもありますまい。女の細腕でここまで勝ち上がれるというのは立派な事ですよ」
あちこちでそんな声が囁かれているが、当のエスメラルダは落ち着かない気分のまま試合を見つめていた。
──次はハイン様と当たる
そう考えると、エスメラルダは胸の奥がぎゅっと強張るのを感じた。
勝てるはずがないというのは理解しており、それは別にどうということもないのだ。
だが、そこまで得意というわけでもない剣で量られるのは嫌だった。
──とはいえ、やりようもあるのかしら
やりようとはすなわち魔力の使い方だ。
剣術大会では当然魔術の使用は禁じられている。
しかしそれは魔力を使ってはならないというわけではない。
体外に流して魔術として形成すのではなく、体内に流して身体能力の賦活などに使う分には反則ではない。
ただしそれは下手な魔術よりも難しい──なぜならばそれは例えるならば目隠しをしたままグラスを持ち、注がれる水の量を適切に量るようなものだからだ。
溢れれれば強化の負荷に肉体は耐えきれず、最悪死に至る。
だがほんのわずかな量を注いだ所でそれはそれで役に立つかどうか疑問だ。
さらにいえば、強化の度合いによって肉体の "操作" も困難になるだろう。
走り出そうとして足元を踏み砕き、勢い余って地面に顔面をぶつけるなんてことも珍しくない。
外に放出するのではなく、内側で完結させる術──これを魔術に対して、天術と呼ぶ。
◆
そういうわけで俺はエスメラルダ嬢と試合をすることになった。
当然母上からの授かった言葉は一言一句忘れていない。
エスメラルダ嬢は母上が学園で教鞭を執るという事のすばらしさをいち早く理解した才人だ(ep.チョロテール公爵家嫡男参照)……しかし、それはそれとしてまともにやり合えば先のファーなんとかとかいう劣等メスと同様にすぐに終わってしまうだろう。
だから先手を譲ってやる事にする。
「エスメラルダ嬢、先手は譲ろう。どうやら先の試合では俺が何をしたかまるきり理解できていない劣……いや、愚か者……じゃなくて、ええと凡愚共が居たようなのでね。多少の打ち合いは必要だと判断した。俺という天上の格上を相手に学べる僥倖を存分に噛みしめると良い」
俺はエスメラルダ嬢に激励の言葉をかけてやった。
自分で言うのもなんだが、俺はもしかしたら甘い部分が多分に有るのかもしれない。
見どころがあると思った相手にはついつい甘く接してしまうのだ。
そして、俺の言葉に感激でもしたのか、エスメラルダ嬢は顔を真っ赤にして目つき鋭く剣を構えた。
構えは、ふむ。
リシン式の古流刺突剣術にも似ている。
後先を考えない捨て身の型だ。
およそ貴族が振るう修める業ではないが──まあ、一撃に懸けるといった所か。
切っ先は俺の心臓狙い。
魔力の流れは腕部に凝っているようだ。
技ではなく力で攻めて、俺の意表を突こうと言う事だな。
しかしもう少し小細工をしてくるかと思ったが、案外に素直というか潔い性格をしている。
「……嫌いじゃないな、そういうのは。初手から全身と全霊を懸けるというのは中々出来る事ではない。ところでエスメラルダ嬢は東方の古流剣術でも嗜んでいるのか? ならば──」
俺は軽く腕を広げて言った。
「──Dēil=Vāiīn(かかってこい)」
これは東方に伝わる決闘の文句だ。
粋な配慮というやつをしてやった。
こういう所が甘いのだろうな、きっと……。




