剣術大会当日②
◆◆◆
観客たちはハインとファーナの戦いぶりに困惑していた。
何せ気づいたらファーナが降参しているのだから。
八百長を疑う者も少なくなかったが、表だって文句を言う者はいなかった。
なにしろハインはアステール公爵家の継嗣だ。
迂闊に異議を唱えれば、あらぬ因縁をつけられて潰される恐れがある。
だが中には、ハインが何をやったのかをそれとなく見抜いた者たちもいた。
「“アレ”がアステール家の次代か。先代のダミアンとはモノが違うようだな」
「いくら治癒師の待機があるとはいえ、一歩間違えばあの女生徒は死んでいた。やり過ぎじゃないのか」
そんなひそひそ声のやり取りが幾つか交わされる。
そして試合場の脇ではアゼルが厳しい表情でそれを見ていた。
控室に引き上げるタイミングで、アゼルはハインと顔を合わせるとつい口走る。
「あれはやりすぎじゃないのか? あそこまでしなくても、お前なら勝てた筈だ」
だがハインは取り合う様子もなく、そのまますれ違っていく。
──やっぱり、ハインは危険だ。でも……
アゼルは内心でハインの残虐性を警戒する。
だがその一方で、どうにも "以前のハイン" とも違うような気がしてならない。
結果としてファーナが無事だったからだ。
アゼルが知る以前のハインであるならば、あのままファーナを殺めていてもおかしくはなかった。
「もう少し様子を見る必要がある、か……?」
アゼルの目的はハインが魔王の器とならないようにする事だ。
魔王の器となる為には魂が十分に穢されている必要があるのだが、この穢れは陽の気にすこぶる弱い。
陽の気とはすなわち、友情だとか愛情だとか、言ってしまえば前向きな感情を言う。
そのためにハインの友人となって、邪悪の芽が出ないようにする──それがアゼルがハインに構う理由だ。
しかしそれが叶わないとあれば、物理的にハインを処分するという選択肢もないではなかった。
──出来るかどうかは別だけどな
勇者であるアゼルの目から見て、ハインはかつてのハインより遙かに強い。
模擬戦で見せた実力はその半分も出していないだろうというのがアゼルの見立てである。
「おっと、そろそろ俺の出番か」
そうこうしているうちに第二回戦ではアゼルが登場する。
相手はウォーケン・セラ・ビュイックという三年生で、剣の腕前はさほど突出していないが、全身に魔力を巡らせて身体能力を底上げする術に秀でている。
純粋な剣技よりも体術で相手を押していくタイプだ。
しかし試合開始の合図が響いたとたん、ウォーケンは一歩も動けない。
アゼルが自然体のまま立っているだけなのに、まるで乱立する無数の剣先がこちらへ向けられているかのような錯覚を覚えてしまう。
ウォーケン本人にもあれは魔術ではないとは分かっている。
──ただの殺気だッ……! だが……
その濃密な気配を肌で浴びせられると、万が一の可能性が頭を過ぎる。
実際には害を及ぼさないはずだと分かっていても、“ひょっとして”を拭い去れず、足がすくんで動けなくなってしまうのだ。
二人はしばし視線を交わすだけで動かない。
そのまま数秒、あるいは十数秒。
やがてウォーケンは歯噛みしながら剣を下ろし、降参を宣言した。
ファーナの時のような「何が起きたのか分からない」という空気とは違い、この試合では観客に疑念を抱かせる要素は見当たらない。
アゼルの殺気は観客席の端々まで届いていたし、直にそれを受けたウォーケンの恐怖ははっきり伝わっていた。
「アルファイド伯爵家の嫡男が“剣聖”から指南を受けていたという話は聞かないが、どうなんだ?」
「いや、さすがにそうではなくとも、この国で剣を学ぶ者は誰しもオルレアン公爵家の業をなぞるものだ。そう珍しいことでもないが……それにしても見事だったな」
剣に“気”を乗せるという一連の行為は、剣聖として名高いオルレアン公爵家が古くから継承している業の一部だ。
アゼルがそれをすべて修めているかは分からないが、少なくとも“剣圧”に準じた殺気を放つ技を会得しているらしい。
そう認識する観客も多く、「なるほど、あれならウォーケンが動けなくなっても仕方ない」と納得してしまう。
こうして、剣術大会は次の対戦へと進む。
◆
次の試合まではまだ時間がある。
俺は見事な勝利を収めた事を報告するために、賓客席へと向かった。
妙に胸が高鳴る。
俺は母上のもとへ駆け寄りたい衝動をこらえ、あえてゆっくりと足を運んだ。
周辺には他の貴族もいるため、みっともない所を見せてはならないだろう。
母上が恥をかくことになる。
視界の先に母上の姿があった。
母上は基本的に常に美しいが、今日はとりわけ艶やかだ。
髪の光沢や首筋の曲線は一段と輝きを増し、眩しくさえ感じる。
ママ、ママ、褒めてくださいと叫び出しそうになるが、ここは人目がある場所。
思考を切り替えつつ、俺は微妙な距離を残したまま母上の前に立って一礼を捧げた。
「母上、まずは一勝です。あのファ、ファーナ? 嬢は恐るべき剣士でした。しかしこうして勝利できたのは母上が応援してくださったおかげです。この勝利を母上に捧げます」
母上はちらりと周囲に目を配りながら、薄く微笑んでくれた。
照れ隠しのように視線を流しているのは、隣席の貴族連中がこちらのやり取りを注視しているからだろう。あまりにも親密そうに見えるのが気になったのかもしれない。
だが母上はすぐに笑顔を取り戻し、こぼれるような声で言う。
「ハイン、よくやったわね。次の試合も、その調子で励みなさい」
その一言を浴びただけで、全身に力がみなぎるのが分かった。
母上の言葉は、どんな賦活の魔術よりも強力だ。
ほんの短い会話にもかかわらず、俺の内面は熱く燃えている。
そんな折、場違いな声が割り込んでくる。
サリオン家の当主、フォーレ・セラ・サリオン公爵が、やや険のある口調でこちらへ問いかけてきた。
「随分と奇妙な勝利だったようだが、君は一体何をした? まさかアステール公爵家の権勢を笠に着て、ファーナ嬢に圧力でもかけたのではあるまいな」
まさかこの男は俺の剣が見えなかったのか?
俺が何をしたか理解できなかったと?
さっさとエスメラルダ嬢に跡目を譲った方が良いのでははないか?
ともあれ、なるほど。
エスメラルダ嬢があの年で見どころがある理由が分かった。
身内にこのような劣等がいては恥ずかしくてやっていられないだろう。
しかしどう対応すべきだろうか。
そんな濁った眼ならば不要とばかりに目玉を抉り取ってしまっても良いし、文字通り "星" にしてやっても良い。
俺が俺の力量の内に於いて収めた勝利に難癖をつけるというのは、これはもう決闘ものだ。
しかし──
ここで暴れて母上の顔に泥を塗るくらいなら仕方あるまい、適当に言いくるめてしまおう……
そう思っていた矢先である。
母上が控えめに咳払いし、サリオンオス劣等に向き直った。
「フォーレ様、それはどういう意味でしょう。ハインが不正に勝利したと?」
むう……母上の、この魔力は。
潤った大地から立つ甘い微香──しかし猛毒。
そんな危険な香りを醸しだしている。
危険な魔力……危険な女、危険なママ……ッ!
かっこいい……好き、ママ。
母上に抱き着いてその危険な香り──魔力の粒子を肺一杯に吸い込みたいところだがしかし。
「む、い、いや……そうとは言ってない……。どうやら誤解があったようだ、謝罪しよう……。お、おお、そういえば次は娘の試合があってな。一つ声をかけてやらねばと思っていた所だ。私はこれで失礼する」
母上にビビり散らかしたサリオンオス劣等が日和って謝罪をしたので、危険なママモードはあっという間に終わってしまった。
何の役にも立たない奴だ。
死ねばいいのに。
それにしても母上が俺の為に怒ってくれたのは嬉しいな。




