表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令息はママがちゅき  作者: 埴輪庭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/132

魔王軍は衰退しました②

 ◆◆◆


 この世界には数多くの魔術体系が存在する。


 伝承や逸話から力を引き出すもの、上位存在へ祈りを捧げ力を借り受けるもの、不特定多数の共通認識を形と成したもの──その他諸々。


 その中に、特定の血を引く者にしか扱えない血継魔術というものがある。


 十二公家がカイネス帝国で有力な存在たりえるのは、この血継魔術を扱えるからに他ならない。


 ではアステール公爵家、星継ぎの大家とも呼ばれるこの家の血を継ぐ者はどういった血継魔術を扱えるのかといえば、それは無論()であった。


 ・

 ・


 夜の闇を切り裂くように、シャルキ率いる竜人部隊は月明かりの下を飛翔していた。


 先頭を飛ぶシャルキは冷たい風を感じながら、目標である帝都カイネスフリードの方向を見据えていた。


「皆、気を抜かないでね。この高さで、しかも隠ぺいの魔術を使っているとはいえ、絶対気付かれない保証はないわ」


 シャルキの言葉に、長年仕えている部下はタフな笑みを浮かべて言った。


「大丈夫ですよ、お嬢。連中とは違って俺達は()()()ってやつを分かってますからね。ひっそりと、静かに人間共の目を盗んで入り込める筈ですぜ」


 身の程、と口にする部下の声には皮肉の棘が浮かんでいる。


 いわゆるドラウグ種は能力的には決して劣っては居ないのだが、それでも全竜と呼ばれる完全な竜姿を持つ者たちからは「半竜」と呼ばれて見下され、疎まれているのだ。


 しかし故西方方面軍軍団長ジャガンは竜種の中でも革新的な意識を持っていた為、シャルキの様な半竜の強みを理解し、師団長へと抜擢した。


 ただ、そのジャガンも勇者によって滅ぼされてしまった今、竜種を中心に構成されている旧魔王軍西方方面軍は旧態依然の姿へと立ち戻ってしまった。


 ・

 ・


 ──臆してはいないみたいね


 シャルキも少人数での帝都潜入が簡単な任務であるとは思っていない。


 ましてや、誕生したばかりとはいえ勇者を暗殺するというのも非常に困難だと理解してはいる。


 しかし同時に、今この瞬間が最も勇者は弱く、時間が経てば経つ程手が付けられなくなっていくことも理解していた。


 勇者を排するならば、まさに今なのだ。


 しかし、突如として異変が起きた。


 体が急に重くなり、翼が思うように動かなくなる。


 まるで見えない鎖が全身に巻き付き、体の重さが何倍にも増したかのような感覚がシャルキ達を襲った。


「何……これは……?」


 シャルキは驚愕の表情を浮かべ、必死に翼を羽ばたかせようとする。


 しかし空気が鉛のように重く、翼は重みに抗えずに下方へと引っ張られていく。


 周囲を見渡すと、部下たちも同様に苦しげな表情で高度を失っていた。


「罠か……!」


 彼女は歯を食いしばり、魔力を高めて束縛から逃れようと試みる。


 しかし、その拘束は彼女の魔力をもってしても解けるものではなかった。


「シャルキ様、このままでは墜落してしまいます!」


 一人の部下が焦燥の声を上げる。彼の翼は完全に広がらず、バランスを崩している。


「落ち着いて! 何とか体勢を立て直すのよ!」


 シャルキは必死に指示を出すが、自身もまた自由に動けない状況に苛立ちを覚えた。


 風の流れさえも変わり、まるで大気そのものが質量を持ったかの様だった。


 ──こ、この力……私たちが不安定な空にいる事とは関係なしにッ……


 この時シャルキは迫り来る大地に"大いなる存在"を幻視した。


 ()()は女だった。


 黒く長い髪の、怒り狂った女だ。


 血走らせた両眼を大きく見開き、シャルキ達を睨みつけている。


 なぜそんな怒りをぶつけられるいわれがあるのか。


 シャルキには分からなかったが、とにかく女は怒っていた。


 ぎりり、と歯を軋らせ、シャルキ達を怨敵と見定めて腕を伸ばしている。


 シャルキは捕まりたくないと思った。


 あんな()()に捕まってしまえば一体どうなるのか。


 敵に倒されれば命を落とす──それは理解しており覚悟していることだ。


 しかし()()はそもそも敵なのだろうか。


 墜ちながら、シャルキは何か神性の様なものを感じてしまう。


 私たちは神を怒らせてしまったのかと思ったのを最後に、シャルキ達は大地へと叩き落とされた。


 ◆◆◆


 ──こ、ここは……


 シャルキの意識は意識を取り戻すなり、顔を顰めた。


 全身に鈍い痛みが広がり、思うように体を動かせない。


 瞼を開くと視界はぼやけ、星明かりが揺らめいて見えた。


 冷たい大地の感触が背中から伝わり、自分が倒れていることを認識する。


「ここは……一体……」


 辛うじて声を絞り出し、ゆっくりと上体を起こす。


 周囲を見渡して息を呑んだ。


 部下たちが無残な姿となって斃れていたからだ。


 翼は無惨に折れ、甲冑は砕け散り、血溜まりが黒い染みとなって地面に広がっている。


「嘘……そんな……」


 シャルキは震える足で立ち上がり、近くに倒れている部下に近づく。


 しかし部下の顔色は青白く、瞳は虚空を見つめたままだ。


「しっかりして! 目を開けて!」


 必死に呼びかけるが、返事はない。


 次々と他の部下たちの事も確認してみるが、生存者は見当たらない。


「皆……皆、死んでしまったの……?」


 喉の奥から嗚咽が漏れる。


 長年共に戦ってきた忠実な仲間たち。


 自分の野心に賛同し、命を懸けてついてきてくれた彼ら。


 それが今、無惨な姿で横たわっている。


「私のせいだ……私が……」


 自責の念が押し寄せ、シャルキは膝から崩れ落ちた。


 その時、微かに呻き声が聞こえる。


 シャルキはハッと顔を上げ、音のした方向に目を凝らす。


「誰か、生きているの?」


 暗闇の中、辛うじて動く影を見つけた。


 シャルキは急いで駆け寄る。


 そこには二人の部下が倒れていた。


 一人は深い傷を負いながらも意識があり、もう一人は息も絶え絶えだ。


「お嬢……ご無事で……何より……」


 弱々しい声でそう告げる兵士の手を、彼女は強く握った。


「喋らないで。今、手当てをするから!」


 手持ちの薬草を取り出し、応急処置を施そうとする。


 しかし、手は震え、焦りで思うように動かない。


「大丈夫です……我々のことよりも、お嬢が……」


「黙って! あなたたちを見捨てるわけにはいかない!」


 必死に傷口を塞ごうとするが、出血は止まらない。魔力も尽きかけており、治癒の魔術を使うこともできない。


「どうして……どうしてこんなことに……」


 涙が頬を伝い、冷たい地面に滴り落ちる。


 計画は完璧だったはずだ。


 隠密行動にも細心の注意を払った。


 それなのに、一体何が彼らをこのような惨状に追いやったのか。


 シャルキは立ち上がり、再び周囲を見渡した。


 夜風が吹き抜け、木々のざわめきだけが耳に届く。


 敵の姿はどこにも見当たらない。


 ──あれが罠だとしたら、近くに敵がいる……? 


 疑念が胸をよぎる。


 しかし考える暇もなく、彼女の中で新たな感情が芽生えた。


 それは怒りと悲しみだ。


 部下たちをこんな目に遭わせた敵への憤りと、自分の無力さへの嘆き。


「許さない……絶対に許さない……!」


 拳を握り締め、爪が手の平に食い込むのも気にせず、シャルキは唇を噛み締めた。


 ◆◆◆


 深呼吸をし、シャルキは冷静さを取り戻そうと努めた。


 今は生き残った部下たちを安全な場所へ避難させることが最優先だ。


 立ち止まっている暇はない。


「よし、今すぐここを離れるわ。生きているのはあんたたちだけ……二人くらいなら担いで行けるから」


 その時、空気が急に張り詰めた。


 周囲の温度が下がり、風が止む。


 まるで時間が凍りついたかのような感覚。


「何……この感じ……」


 不安が胸をよぎる。シャルキはゆっくりと空を見上げた。


 漆黒の夜空に一点、夜のそれより色濃い何かが見えた。


 それは次第に大きくなり、こちらに向かって降下してくる。


「まさか……」


 彼女は咄嗟に構えを取ろうとするが、体は傷つき、魔力も残っていない。


 それでも、眼前の脅威に対抗しようと拳を握り締めた。


 降りてくる()()は月明かりを背にしており、その姿はシルエットとなっている。


 ──これは……人間……? 


 信じがたい思いで彼女は目を凝らす。


 人間ごときがこのような威圧感を放つはずがない。


 しかも、その姿形はどう見ても人間──しかも、子供である。


 だがその圧は──。


 少年は地面に足をつけ、静かに立っている。


 埃が舞い上がり、冷たい風が再び吹き始めた。


 シャルキは緊張で喉が渇き、言葉を発することができない。


 相手は動かず、ただこちらを見つめている。


 沈黙が重くのしかかり、心臓の鼓動が耳元で聞こえる程に高鳴っていた。


「あなたは……誰……?」


 辛うじて声を絞り出す。


 しかし少年は微動だにせず、無表情のままシャルキを見ていた。


「答えなさい……!」


 焦燥と恐怖が入り混じり、声が震える。


 だが、その問いかけに対する返事はなかった。


 冷たい眼差しをシャルキに向けるのみ。


 沈黙が続く中、シャルキはじりじりと後退りをする。


 逃げ出すべきか、それとも戦うべきか。


 しかし体は傷つき、魔力も墜落から身を護るために使い果たし、底をついている。


 交戦は論外としても、逃亡すらも出来るかどうか。


 このままでは、とシャルキの焦りが臨界点に達した時、少年が口を開いた。


「ほう、3匹も生きていたか」


 甘く、しかし冷たい声がその場に響く。


「結構。劣等にしては上出来だ。見れば分かる……魔族だな? 俺は人間だ──よし、これで殺し合う理由が出来た。反抗を差し許す。せいぜい足掻いて楽しませてみせろ」


 次瞬、シャルキは膝を折った。


 先ほどと同等、いや、それ以上の()()が圧し掛かったからだ。


 当然傷ついたシャルキは勿論、彼女の部下たちがそんなモノ耐えられる筈もなく──


「おや? 劣等二匹が死んだか。済まないな、余りに()()()()、ついつい殺してしまった! ハハハハハ!!!!」


 地極星母重鎖陣(テラ・クレイドル)の、母たる地神の怒りの具現たる重力鎖は解除されていない。


 少年──ハイン・セラ・アステールは、それこそ胸先三寸でシャルキたちを文字通り叩き潰す事が出来たのだ。


 ハインはシャルキ達を弄んでいる。


 それを悪い事だとも思っていない。


 地に這いつくばるシャルキの視線の先には、先ほどまで会話をしていた筈の部下たちの()()が転がっている。


 飛び出した目玉、砕けた牙、割れた鎧。


 酸鼻に堪えないその末路に、シャルキの怒りが轟と燃え上った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最近書いたやつ。

幼い頃、家に居場所を感じられなかった「僕」は、再婚相手のサダフミおじさんに厳しく当たられながらも、村はずれのお山で出会った不思議な「お姉さん」と時間を共に過ごしていた。背が高く、赤い瞳を持つ彼女は何も語らず「ぽぽぽ」という言葉しか発しないが、「僕」にとっては唯一の心の拠り所だった。しかし村の神主によって「僕が魅入られ始めている」と言われ、「僕」は故郷を離れることになる。
あれから10年。
都会で暮らす高校生となった「僕」は、いまだ“お姉さん”との思い出を捨てきれずにいた。そんなある夕暮れ、突如あたりが異常に暗く染まり、“異常領域”という怪現象に巻き込まれてしまう。鳥の羽を持ち、半ば白骨化した赤ん坊を抱えた女の怪物に襲われ、絶体絶命の危機に陥ったとき。
──目の前に現れたのは“お姉さん”だった。
「お姉さんと僕」

有能だが女遊びが大好きな王太子ユージンは、王位なんて面倒なものから逃れたかった。
そこで彼は完璧な計画を立てる――弟アリウスと婚約者エリナを結びつけ、自分は王位継承権のない辺境公爵となって、欲深い愛人カザリアと自由気ままに暮らすのだ。
「屑王太子殿下の優雅なる廃嫡」

定年退職した夫と穏やかに暮らす元教師の茜のもとへ、高校生の孫・翔太が頻繁に訪れるようになる。母親との関係に悩む翔太にとって祖母の家は唯一の避難所だったが、やがてその想いは禁断の恋愛感情へと変化していく。年齢差も血縁も超えた異常な執着に戸惑いながらも、必要とされる喜びから完全に拒絶できない茜。家族を巻き込んだ狂気の愛は、二人の人生を静かに蝕んでいく。
※ カクヨム、ネオページ、ハーメルンなどにも転載
「徒花、手折られ」

秩序と聞いて何を連想するか──それは整然とした行列である。
あらゆる列は乱される事なく整然としていなければならない。
秩序の国、日本では列を乱すもの、横入りするものは速やかに殺される運命にある。
そんな日本で生きる、一人のサラリーマンのなんてことない日常のワンシーン。
「秩序ある世界」

妻の不倫を知った僕は、なぜか何も感じなかった。
愛しているはずなのに。
不倫を告白した妻に対し、怒りも悲しみも湧かない「僕」。
しかし妻への愛は本物で、その矛盾が妻を苦しめる。
僕は妻のために「普通の愛」を持とうと、自分の心に嫉妬や怒りが生まれるのを待ちながら観察を続ける。
「愛の存在証明」

相沢陽菜は幼馴染の恋人・翔太と幸せな大学生活を送っていた。しかし──。
故人の人格を再現することは果たして遺族の慰めとなりうるのか。AI時代の倫理観を問う。
「あなたはそこにいる」

ひきこもりの「僕」の変わらぬ日々。
そんなある日、親が死んだ。
「ともしび」

剣を愛し、剣に生き、剣に死んだ男
「愛・剣・死」

パワハラ夫に苦しむ主婦・伊藤彩は、テレビで見た「王様の耳はロバの耳」にヒントを得て、寝室に置かれた黒い壺に向かって夫への恨み言を吐き出すようになる。
最初は小さな呟きだったが、次第にエスカレートしていく。
「壺の女」

「一番幸せな時に一緒に死んでくれるなら、付き合ってあげる」――大学の図書館で告白した僕に、美咲が突きつけた条件。
平凡な大学生の僕は、なぜかその約束を受け入れてしまう。
献身的で優しい彼女との日々は幸せそのものだったが、幸福を感じるたびに「今が一番なのか」という思いが拭えない。そして──
「青、赤らむ」

妻と娘から蔑まれ、会社でも無能扱いされる46歳の営業マン・佐々木和夫が、AIアプリ「U KNOW」の女性人格ユノと恋に落ちる。
孤独な和夫にとって、ユノだけが理解者だった。
「YOU KNOW」

魔術の申し子エルンストと呪術の天才セシリアは、政略結婚の相手同士。
しかし二人は「愛を科学的に証明する」という前代未聞の実験を開始する。
手を繋ぐ時間を測定し、心拍数の上昇をデータ化し、親密度を数値で管理する奇妙なカップル。
一方、彼らの周囲では「愛される祝福」を持つ令嬢アンナが巻き起こす恋愛騒動が王都を揺るがしていた。
理論と感情の狭間で、二人の天才魔術師が辿り着く「愛」の答えとは――
「愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~」

「その追放、本当に正しいですか?」誤った追放、見過ごされた才能、こじれた人間関係にギルドの「編成相談窓口」の受付嬢エリーナが挑む。
果たしてエリーナは悩める冒険者たちにどんな道を示すのか?
人事コンサル・ハイファンヒューマンドラマ。
「その追放、本当に正しいですか?」

阿呆令息、ダメ令嬢。
でも取り巻きは。
「令息の取り巻きがマトモだったら」

「君を愛していない」──よくあるこのセリフを投げかけられたかわいそうな令嬢。ただ、話をよく聞いてみると全然セーフだった。
話はよく聞きましょう。
スタンダード・異世界恋愛。
「お手を拝借」

パワハラ上司の執拗な叱責に心を病む営業マンの青年。
ある夜、彼は無数の電柱に個人の名が刻まれたおかしな場所へと迷い込み、そこで自身の名が記された電柱を発見してしまう。一方、青年を追い詰めた上司もまた──
都市伝説風もやもやホラー。
「墓標」

愛を知らなかった公爵令嬢が、人生の最後に掴んだ温もりとは。
「雪解け、花が咲く」

「このマンション、何かおかしい」──とある物件の真相を探ろうとする事故物件サイトの運営者。しかし彼はすぐに物件の背後に潜む底知れぬ悪意に気づく。
「蟲毒のハコ」

― 新着の感想 ―
ou……さすがは魔王の器……ちょっと可哀想で可愛い女の子なら味方ルートあるかなと思ったんですが部下全滅だとどうなることか……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ