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悪役令息はママがちゅき  作者: 埴輪庭
第1章「ママが好き」

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星竜プロメテオル①

 ◆◆◆


 “極北の魔女”アヴィアナによって『プロメテオル』と命名された存在は、一見すれば竜であった。


 巨大な体躯、鋼鉄を凌駕する硬度の鱗、そして破壊的なまでの力を秘めた翼と顎。


 それは人々が伝承の中で語り継ぎ、恐怖と畏敬の対象としてきた竜のイメージを禍々しいまでに具現化した姿をしている。ゆえに人々はそれを「魔竜」と呼んだ。無理からぬことだ。自分たちの理解の範疇に収めるためにはそう呼ぶしかなかったのだから。


 だがこの呼称は重大な誤解であった。


 仮にこの惑星に棲まう誇り高き真の竜たちがプロメテオルを見たならば、彼らは例外なく激怒したことだろう。彼らの厳格な系譜において、あのような異形を同族と見做すことなど断じて許されることではなかったからだ。


 これは種の認識に関する根源的な問いである。


 例えば我々人間が頭が三つあり、腕が六本あり、その異様に肥大した頭部には巨大な単眼がぎょろりと蠢いている生物と遭遇したとしよう。


 果たしてそれを同じ「人間」だと認識できるだろうか。皮膚の色や言語の違いなど些末な問題ではない。それは生物としての構造、存在の在り方そのものが決定的に異なっているのだ。


 答えは否である。


 それは人間ではなく、人間によく似た、しかし決定的に異なる何かだ。


 プロメテオルもまた、同様であった。


 それは竜などではない。それどころか、端的に言ってしまえばこの惑星の生態系に属する生物ですらなかったのである。


 ◆◆◆


 この惑星の者たちが「星界」と呼ぶ、遥か彼方の深淵。宇宙という名の、広大無辺な暗黒の海からやってきた、いわば来訪者であった。


 今より遥か後世、人類が魔術と科学の両輪で星々の間を旅するようになった時代において、こういった存在は「恒星間生物」と定義されることになる。


 恒星間生物。それは文字通り、異なる恒星系の間に存在する広大な宇宙空間──光すらも渡るのに幾年もの時を要する、絶対零度に近い暗黒と孤独の領域を揺籃とし、そこを移動する生命体の総称である。


 その生態は惑星という安定した環境に依存する生命体とは根本的に異なっていた。


 彼らの多くは酸素や水を必要としない。彼らが糧とするのは真空の中を飛び交う宇宙線、あるいは何万年かに一度遭遇する小惑星や彗星に含まれる希少な物質、そして時には星そのものが放つ根源的なエネルギーである。


 彼らにとって、生命とは血と肉の循環ではなく、エネルギーの絶え間ない流転そのものなのだ。


 彼らは永劫とも思える時間を生き、気の遠くなるような距離を彷徨う。その目的が何であるのか、彼らに知性や感情と呼べるものがあるのか。それを知る術はこの時代の人々にはなかった。


 だがもし彼らの行動原理を人間のそれに当てはめて解釈するならば、それは「旅行」という概念に最も近かっただろう。


 人には旅行という文化ある。見知らぬ土地を訪れ、その土地の風物に触れ、珍しい食事に舌鼓を打つ。それは知的好奇心を満たし、あるいは日々の倦怠から逃れるための娯楽である。


 プロメテオルもまた、そうであっただけなのだ。


 彼、あるいは彼女、あるいはそれですらないかもしれないこの存在は永い旅の途中、たまたまこの青い星を見つけた。


 暗黒の宇宙においては生命に満ちた惑星はあまりにも珍しく、さぞ魅力的な光景だっただろう。それはさながら、果てしない砂漠の中で見つけたオアシス、あるいは豪華な晩餐会場の如きものであったに違いない。


 好奇心に駆られ、彼はこの星に降り立った。そして、そこに棲まう生命体を試しに喰らってみた。最初に口にしたのは大氷原の絶対的支配者であるフロストワイバーンである。


 フロストワイバーンは恐るべき存在だ。(エンシェント)(ドラゴン)たるかの竜はノルン王国では半ば神格化されている。氷雪を自在に操り、古代においては大国の首都一つを丸々氷漬けにしてしまった事もある。残虐で、冷酷で、そして非常に賢い。


 しかし喰われて死んだ。


 プロメテオルにとっては、フロストワイバーンを捕食する事などは旅先の屋台で売られている串焼きを試すのと何ら変わりのない行動であった。


 宇宙空間という極限まで希薄な環境で生きてきた彼にとって、この惑星の生命体が持つ濃密なエネルギー、複雑な有機物の塊は想像を絶するほどの美食であった。一度その味を知ってしまえば、次を求めない理由はない。


 この事実はこの星の生命体にとってはまさに不運という他はないだろう。


 人間が牛や豚を屠り、その肉を食らうことにいちいち罪悪感を覚えるだろうか。漁師が網にかかった魚の命乞いに耳を貸すだろうか。プロメテオルにとって、この星の生命体はまさにそれと同じなのだ。


 食料であり、エネルギー源であり、それ以上でも以下でもない。


 アヴィアナはプロメテオルを「純粋な破壊の化身」と評し、その行動に悪意や敵意を読み取った。だがそれはあくまでも捕食される側の、極めて一方的な解釈に過ぎない──


 ・

 ・

 ・


 ◆◆◆


「先ほどの轟音はこの辺りから聞こえてきたのだな?」


 グルンベルドの問いに、斥候の兵士は是と答える。


「は、方角は間違っていないと──がはっ!?」


 自信なさげに答えた兵士を、グルンベルドが槍の柄で殴り飛ばしたのだ。


 兵士はくぐもった悲鳴を上げ、雪煙の中に転がっていく。


 周囲の兵たちは眉一つ動かさなかった。ノルン王国軍において、王からの理不尽な暴力は日常である。彼らにとって王とは自然災害にも似た絶対的な脅威であった。


「どいつもこいつも、揃いも揃って役立たずばかりだ」


 グルンベルドは忌々しげに吐き捨てたが、別に苛立っているわけではない。暴虐が常なだけだ。


 だが、苛立ってこそいなが名状しがたい違和感、あるいは不安感とでも言うべきものは感じていた。


 ──妙だ。


 先ほどから、どうにも拭いきれない感覚がある。皮膚を刺す寒気とは異なる、もっと根源的な不快感。


 ──見られている。


 誰かに、いや、何かに遠くから観察されているような、そんな居心地の悪さだ。


 グルンベルドは馬上で身じろぎし、鋭い視線で周囲を見回した。しかし果てしなく続く白銀の世界が広がるのみ。


 気のせいか、と思い直そうとする。だが歴戦の戦士としての勘はそれを否定していた。


「アヴィアナ!」


 グルンベルドは堪りかねたように、傍らの魔術師を呼んだ。


「はっ」


 アヴィアナは即座に応じるがその声には張りがなく、顔色も優れなかった。連日の「罰」が彼女の心身を蝕んでいることは明らかだった。異母兄妹から毎晩のように凌辱され、心と体を貪られているのだ。疲弊もしよう。


 が、そんな事はグルンベルドには関係のない話である。 


「再度、念視を行え。今度は対象を絞るな。この周辺一帯を広範囲に探査するのだ。どんな些細な異変も見逃すな」


 王命は絶対だ。アヴィアナは震える手で水晶玉を取り出すと、再び氷原の上に膝をついた。


 彼女は目を閉じ、意識を集中させる。自らの本質たる「冬」の因子を触媒とし、周囲の冷気と意識を同調させていく。彼女の意識は氷原を駆け巡り、あらゆる情報を収集していく。風の音、雪の匂い、そして微かな魔力の残滓。


 そして、彼女の意識がある一点に到達した時だった。


「……これは」


 アヴィアナの眉間に深い皺が刻まれる。彼女の脳裏に、異様な光景が映し出されたのだ。


「陛下、ご報告いたします」


 アヴィアナは目を開け、努めて平静を装いながら告げた。


「ここから北西に約五キロルの地点に、巨大な生物の死骸があります。恐らくはフロスト・ワイアームかと」


 その報告に、グルンベルドは眉を顰めた。フロスト・ワイアーム。大氷原の生態系において上位に位置する、強力な地竜種である。


「よし、全軍、目標を変更する。その死骸の場所へ向かうぞ」


 グルンベルドの号令一下、三千の軍勢が再び動き出した。


 ◆◆◆


 果たして、それは異様な光景であった。


 目的地に到達したグルンベルドたちは、目の前に広がる惨状に息を呑んだ。


 全長三十メトルはあろうかという巨大な白い長虫が、氷原の上に無様に横たわっている。だがその死に様は、尋常ではない。


「これは……」


 護衛騎士であるバーラントが絶句する。彼も歴戦の勇士だが、これほど奇妙な死骸は見たことがない。


 外傷はほとんど見当たらない。しかしその白い鱗はどす黒く変色し、全身から異様な腐敗臭が漂っている。そして何より異様だったのは、その肉体が異様に萎み、薄っぺらくなっていることだ。まるで内部の肉と骨が溶け出し、皮だけが残されたかのように。


 体の一部は液状化し、どろりとした粘液となって周囲の氷を汚していた。


「まるで、内側から溶かされた様な……」


 アヴィアナが蒼白な顔で呟く。彼女は魔術師としての知識を総動員し、目の前の現象を解析しようと試みる。しかし分からない。理解ができない。


 死骸から放たれる残留魔力から視たモノ。それは──


 ──星? 


 アヴィアナは星界に広がる満天の星空を視た。とはいえ、それをグルンベルドに伝える事はしなかった。余りにもとりとめがないからだ。


 グルンベルドは馬から降り、ゆっくりと死骸に近づいた。眉を皺寄せ、この惨状を睨みつける。


「魔竜の仕業か」


 グルンベルドは断定した。状況証拠的にはまあ妥当かもしれない。


「者共!」


 グルンベルドの声が氷原に響き渡る。


「奴は近くにいるかもしれん! 気を──」


 その言葉は最後まで続かなかった。


 グルンベルドという男は、勇壮だが冷酷で残虐だ。彼には“氷狼”という異名があるが、なるほど、確かにこの男の感性や品性は人間よりもケダモノに近いかもしれない。彼は理性ではなく本能で生きている。力こそが全てであり、弱肉強食こそが世界の摂理であると信じて疑わない。


 しかしだからこそ気付いた。文明化された人間が失った、野生の直感。それが、彼に警鐘を鳴らしたのだ。


「むぅっ!」


 グルンベルドが弾かれたように上を向く。その視線の先には、重苦しい鈍色の空が広がっているだけだ。


 アヴィアナや護衛の騎士たちも、王のただならぬ様子に釣られて一斉に空を見上げる。だが、彼らの目には何も映らない。何も聞こえない。


「陛下、どうなさいましたか……?」


 アヴィアナが困惑したように尋ねるが、グルンベルドは答えない。


 いや、答えられなかった。


 言葉を発する余裕などなかった。彼の全身の毛が逆立ち、心臓が早鐘を打っている。冷や汗が噴き出し、呼吸が浅くなる。


 ただ、“来る”という感覚がある。


 理屈ではない。


 彼の本能が生存を脅かす圧倒的な存在の接近を悲鳴のように告げていた。

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