冒険者になろう!⑧
◆
この日、俺はフェリを伴い北の空を飛んでいた。
目的地はノルン王国、その先にある大氷原だ。
フロスト・ワイアームとかいう劣等長虫を狩り、母上のための資金とする。
眼下にはガイネス帝国の北限を示す山脈が連なり、その向こうには白一色の世界が広がり始めていた。
高度は雲を遥かに超え、空気は薄く、凍てつくように冷たい。
だが俺には何の影響もない。
俺自身が纏う魔力の障壁が、あらゆる外的要因を遮断しているからだ。
しかし、フェリはそうはいかない。
デルフェン種は温暖な気候を好む種族だ。
こんな極寒の地に連れてくるのは少々酷かとも思ったが、必要な事である。
だから出発前に防寒着を用意するように命じておいた。俺が魔術で護ってやってもいいが、それではどちらが主だか分かったものではない。それに、自分でできる事を俺がやってやるというのは何か違う気がする。
そして今、俺の腕の中でフェリが身に纏っているのは若草色の外套だった。
見覚えがある。
あれは確か、以前母上がフェリに贈ったものだ。
フェリは普段から肌の露出が多い服装をしているため、それを見た母上が「寒そうだから」と言って渡していたのである。
外套には防寒の魔術が付与されている。
──ふん、分かっているではないか
俺は内心で満足げに頷いた。
他にも防寒着はあっただろうに、わざわざ母上からの贈り物を選ぶとは。
忠誠心の示し方をよく心得ている様で結構!
◆
俺たちは凄まじい速度で飛翔していた。
音よりも速く。
景色は線となって後方へと流れ去り、時折、遅れて届く衝撃波が眼下の雪原を揺らす。
飛翔魔術自体はそこまで珍しいものではない。
だが、音速を超える速度で飛翔できるとなると話は別だ。
それは高度な魔力制御と、空間認識能力を必要とする。
この世界広しといえども、それを可能とする魔術師は数少ない。
いないわけではないが、そういった連中の多くは飛翔魔術だけに己の全てを注ぎ込んでいるような偏屈者ばかりだ。
一つの事を極めるというのは美徳かもしれないが、俺はそうは思わない。
アステール公爵家の者たるもの、万事に秀でていなければならないのだ。
俺は多岐にわたる魔術を極めて深いレベルで知悉している。
飛翔魔術など、数多ある魔術体系の一つに過ぎない。
なぜ他の連中にはそれができないのか理解に苦しむ──が。
才能の差、と言ってしまえばそれまでだが、それだけではないような気もするのだ。
俺は時折、奇妙な感覚を覚える事がある。
自分の中に、"数多の自分"がいるような感覚だ。
それらの"自分"は俺であって俺ではない。
だが、間違いなく俺自身なのだ。
理屈ではない部分で、俺はそれを確信している。
俺は夢の中で、それらの別の自分の人生を垣間見る事がある。
そして、そこから魔術に対する新たな知見を得る事も少なくない。
だが俺がそれを扱えるのはこの"数多の俺"の知識があるからだ。
俺が優秀であることは母上の息子であることからも当然なのだが、それに加えてこうした知識の差も大きい様に思える。
もっとも、それを扱うためには相応の研鑽が必要だったが。
そういえばここ最近見た夢は特に馬鹿馬鹿しいものだった。
夢の中の俺はなんと魔王としてこの世界に君臨し、暴虐の限りを尽くしていたのだ。
そしてあろうことか、あのアゼルに討たれるという結末。
──くだらん
俺はそんな夢を鼻で笑い飛ばした。
まず第一に、この大陸──いや、この星を支配するのは母上だ。
その事を弁えず、自分自身が権力に手を伸ばそうなどとは片腹痛い。
母上こそがこの世界の頂点に立つのに相応しいお方。
俺はそのための礎となれば良い。
夢の中の俺はその事を理解していない愚か者だった。
そんな事を考えているうちに、視界の先に広大な氷原が見えてきた。
ノルン王国、大氷原。
万年雪と氷に覆われた、極寒の地。
空気が澄んでいるせいか、遠くの山々までがはっきりと見える。
「若様」
俺の腕の中で、フェリが静かに口を開いた。
「なんだ」
「提案がございます。まずはノルン王国の冒険者ギルドへと向かいませんか?」
──ほう
冒険者ギルドだと?
なぜそんな場所に立ち寄る必要があるのか。
俺たちは獲物を狩りに来たのであって、観光に来たわけではない。
「理由を聞こう」
俺が短く問うと、フェリは淡々と説明を始めた。
「はい。賞金首の報奨金の多寡はその国ごとで異なる場合がございます」
フェリは続ける。
「冒険者ギルドは各地に存在しており、大きく見れば一つの組織であると言えますが、実態はその自治性は国それぞれで異なると言えます。帝都の冒険者ギルドが提示している金額よりも、ノルンでのそれの方が高額をつけられているかもしれません」
なるほど、一理ある。
俺たちの目的は資金稼ぎだ。
アステール公爵家が抱える莫大な借金を返済するためには少しでも多くの金が必要になる。
フェリの提案は実に合理的だ。
無駄足になる可能性もあるが、確認しておいて損はないだろう。
「佳きに」
俺は短く許可を与えた。
フェリは心得たように頷くと、俺の腕の中で少しだけ身じろぎする。
「では進路を変更いたします。このまま直進し、最初に見える街がノルン王国の首都、フロストヘイムです」
俺は無言で頷き、フェリが指し示す方向へと進路を変えた。




