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冒険者になろう!⑤

 ◆


 次の休日、俺はフェリとともに帝都の冒険者ギルドへと向かっていた。


 理由は至極単純である。


 この辺りに巣食う主だった劣等賞金首はあらかた始末してしまったからだ。


 次なる獲物を探すため、ギルドが管理する資料を閲覧する必要があった。


 無論、このような雑事はフェリ一人で十分だ。


 実際、フェリも「私が行って参ります」と申し出てきた。


 だが俺はそれを断り、同行する事にしたのである。


 フェリの仕事を信用していないわけではない。


 そうではなく、これは立場の問題なのだ。


 今の俺たちは冒険者であり、主従ではない。


 少なくとも表向きは俺「アスト」とフェリは対等な仲間という事になっている。


 ──仲間に一方的に仕事を押し付ける冒険者などいるだろうか? 


 いや、いない。


 仮にいたとすれば、それは役割というものを理解していない劣等だ。


 人はその場その場の立場に合わせた振る舞いをすべきだと俺は思う。


 社会的な生物である以上、与えられた役割を演じる事は当然の責務である。


 今の俺は冒険者アスト。


 ハイン・セラ・アステールではないのだ。


 役割を演じるという事はその役割に付随する責任を果たすという事と同義である。


 たとえそれが仮初のものであっても、一度引き受けた以上は完璧にこなさねばならない。


 それが俺の流儀だ。


 この辺りの事をフェリに懇々と説いて聞かせると、フェリはなぜか感極まった様子で涙ぐんでいた。


「ご立派です、若様……! そのように成長なされて……」


 ──こいつ、俺を子供扱いしていないか? 


 まあ良い。


 俺の考えを理解しようと努力する姿勢だけは評価してやろう。


 そうこうしている間に馬車は冒険者ギルドの前に到着した。


 帝都の中心部から少し外れた場所に位置する、石造りの無骨な建物。


 人の出入りは激しく、そのどれもが荒事に慣れた者特有の、粗野な空気を纏っている。


 実に不愉快な場所だ。


 空気が淀んでいる。


 俺は馬車を降り、ギルドの入口へと向かった。


 だが──


「どけ、劣等が」


 入口に劣等障害物が突っ立っていて、酷く邪魔だった。


 大方、依頼の合間に仲間と駄弁っているのだろう。


 公共の場で私的な会話に耽るとは躾がなっていない。


 俺はそいつらの()()を少しだけ増してやった。


 不可視の力が劣等共を捉え、その場に縫い付ける。


「な、なんだ!?」


「うぐっ、動けねえ!」


 劣等共が蛙の潰れたような声で喚くが、知った事ではない。


 俺の進路を塞ごうなどと、不遜極まりない。


 こういう奴は何をしても駄目なのだ。


 存在そのものが罪深い汚物。母上の世界にふさわしくないかも知れないな。ならばどうする──


 ──殺すか


 一瞬、そんな考えが脳裏をよぎる。


 このまま圧力を高め、挽肉にして晒し者にしてやろうかと思った、その時だった。


「若さ……アスト様」


 フェリが俺の袖を引く。


 その声は静かだが確かな諫めの響きがあった。


「彼らは確かに万死に値する不届き者ですが、これくらいで処理をしてしまうと後々面倒が発生してしまうかもしれません。我々の今の立場は──」


 フェリの言葉に俺は眉をひそめた。


 面倒? 


 確かにこんな場所で騒ぎを起こせば、ギルドの連中が出てくるだろう。


 事情聴取だなんだと時間を取られるのは避けたい。


 それはすなわち、母上のための資金稼ぎが滞るという事を意味する。


「良い、言うな。俺のミスだ」


 俺は短く答え、劣等共にかけていた魔術を解いた。


 途端に解放された劣等共はぜえぜえと荒い息を吐きながら、恐怖と困惑の入り混じった目で俺を見上げてくる。


 その間抜け面が少し愉快だったが、今はそんな事に構っている暇はない。


 俺はフェリを伴い、ギルドの中へと足を踏み入れた。


 内部は外観から想像した通り、雑然としていた。


 酒場のような喧騒と、汗と安酒の入り混じった臭いが鼻につく。


 俺はそれらには目もくれず、一直線に受付カウンターへと向かった。


 カウンターの中には数人の受付嬢が忙しそうに働いている。


 その中の一人、妙に目つきの鋭い劣等雌が俺たちの姿を認めると、僅かに目を見開いた。


 名前はなんだったかな……忘れてしまったが、以前、冒険者登録をした際に一度だけ顔を合わせている。


「おい、女」


 俺はカウンターに肘をつき、劣等雌に対してなるべく礼を尽くして問いかける。


「賞金首に関する資料を出せ。帝都周辺だけでなく、他国の情報も含めて、現在確認されている全ての情報を寄越せ」


 俺の要求に周囲の空気が一瞬凍り付いた。


 劣等共の視線が俺に集中する。


 劣雌は一瞬、何かを言い返そうとしたように見えた。なんだこいつ、やるか? 


 だがすぐにその言葉を飲み込み、引きつった笑みを浮かべる。


「……アスト様、ですね。承知いたしました。ですが、広範囲かつ高ランクの情報となりますと、閲覧には制限がございます。ギルドからの推薦状、あるいは相応の実績が必要となりますが」


 ──ほう


 俺に向かって指図するつもりか。


 身の程を弁えないにも程がある。


「実績ならあるだろう。ここひと月で、この辺りの賞金首は俺たちがあらかた片付けたはずだが?」


 俺が言うと、劣等雌──劣雌の表情がさらに険しくなった。


 だがすぐにその表情を消し、事務的な口調で答える。


「確かにアスト様とフェンリィ様の実績は目覚ましいものがございます。ですが、規則は規則ですので……」


「黙れ」


 俺は劣雌の言葉を遮った。


「俺は出来ると言っている。貴様のような下賤の者が、俺の要求を拒むというのか?」


 俺は少しだけ魔力を解放する。


 劣雌の顔から血の気が引いていくのが分かった。


「……し、失礼いたしました。すぐに資料をご用意いたします。奥の閲覧室へどうぞ」


 劣雌は震える声でそう言うと、慌てて奥の部屋へと引っ込んでいった。


 俺はフェリを引き連れ、指定された閲覧室へと向かう。


 程なくして、劣雌が分厚い羊皮紙の束を抱えて戻ってきた。


「お、お待たせいたしました。こちらが、現在確認されている賞金首の資料になります」


 俺はそれを乱暴にひったくり、パラパラと捲る。


 そこには様々な魔物の名前と、その特徴、そして懸賞金の額が記されていた。


「鋼鉄獣ベヒモス」、「千変の鏡像ゲンガー」、「腐敗死王ヴォルボクス」……。


 ふむ、聞いたことがないな。ならば劣等で間違いあるまい。以前学園の図書室で調べた時は、世界四大厄災だの、第六天魔王ナントカだの、大層な魔物が書物に載っていたものだが。


「ふん、どいつもこいつも雑魚ばかりだな。こんなものか」


 俺は退屈そうに欠伸を噛み殺す。


 これでは稼げないではないか。もっと強い奴はいないのか。


 俺が舌打ちをすると、隣に控えていたフェリがそっと口を開いた。


「アスト様、宜しければ私が選びましょうか?」


 フェリの目は確かだ。


 この女ならば、この紙束の中から少しはマシな獲物を見繕ってくれるだろう。


「うむ……佳きに」


 俺はそう言って、資料の束をフェリに押し付けた。


 後は任せる。


 俺は腕を組み、目を閉じる。


 この場にいるだけで、俺の精神は汚染されていくようだ。


 早くこの場を立ち去りたい。


 そして、母上の元へ帰りたい。


 ──母上……


 俺は心の中で、愛しい母の姿を思い浮かべた。


 ◆◆◆


 ハイン・セラ・アステール──冒険者名アストと、その従者フェンリィがギルドを去った後。


 室内に残された空気は嵐が過ぎ去った後のような、奇妙な静けさに包まれていた。


 いや、静けさというよりは緊張と困惑の入り混じった、重苦しい沈黙と言うべきか。


「……なんなんだ、あいつは」


 誰かがぽつりと呟いた。


 その声には明らかな怒りが滲んでいる。


「新入りのくせに態度がでかすぎるだろう」


「ああ、受付のリョウコさんに対するあの口のきき方……許せねえ」


 冒険者たちの間に次第に不穏な空気が広がり始める。


 彼らは誇り高き荒くれ者だ。


 力こそが全てのこの世界において、他者から舐められる事は屈辱を意味する。


「おい、誰かあいつに灸を据えてやれよ」


「俺が行ってやる。少し痛い目を見せてやらねえと、気が済まねえ」


 数人の血気盛んな冒険者が立ち上がり、ギルドの外へ出ようとした、その時だった。


「やめとけ」


 低く、掠れた声が響く。


 声の主はギルドの入口付近で蹲っていた男だった。


 先ほど、ハインによって床に縫い付けられていた冒険者の一人である。


 男はゆっくりと立ち上がり、壁に手をつきながら、よろよろと歩き出す。


 その顔色は蒼白で、全身から冷や汗が噴き出していた。


「おい、大丈夫か?」


 冒険者たちの一人が駆け寄るが、男はそれを手で制した。


「……あいつはやばい」


 男は震える声で呟く。


「やばいって、どういう事だ?」


「分からねえ。だがあいつに睨まれた瞬間、体が動かなくなった。まるで、巨大な岩に押し潰されているような感覚だった」


 男は恐怖を思い出したかのようにぶるりと身を震わせる。


「あれはただの威圧じゃねえ。何か、もっと恐ろしい力だ。あいつは化け物だ」


 その言葉に冒険者たちの間に動揺が走る。


 この男は決して弱くはない。


 中堅どころの冒険者として、それなりの修羅場を潜り抜けてきたはずだ。


 その男がここまで怯えている。


「……滅多な行動はするな。あいつに関わると命がいくつあっても足りねえぞ」


 男の忠告は冒険者たちの心に深く突き刺さった。


 そんな中、受付カウンターの中からリョウコが静かに口を開いた。


「……その方の言う通りです」


 リョウコの声は普段の事務的なそれとは違い、どこか冷ややかだった。


「アストとフェンリィ。彼らはあなた方が思っているような、ただの新入りではありません」


 リョウコは手元の書類に目を落とす。


 そこにはハインたちがこのひと月で成し遂げた功績が記されていた。


「彼らはこの帝都周辺の脅威度“中”の賞金首を、たった二人でほぼ全て討伐しました。それも、完璧な手際で」


 その事実に冒険者たちは息を呑む。


「……ギルドマスターからは彼らに関しては最大限の配慮をするようにと、厳命されております」


 リョウコは深くため息をついた。


「ですから皆様もどうか、彼らには関わらないようにお願いいたします。命が惜しければ」


 冒険者たちは誰もが押し黙り、先ほどまでの威勢の良さはどこにもなかった。



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「蟲毒のハコ」

― 新着の感想 ―
>最大限の配慮をするようにと、厳命 じゃあなんで最初拒否ったんだよ、この劣雌は
劣等にも慈悲深い、いつものハイン様で良かったw ギルドの受付は、最大限の配慮をするように言われていたのに、賞金首リストをすぐに見せなかったのは、なにか理由があるのかな?
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