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星竜プロメテオル

 ◆


 ハイン・セラ・アステールが冒険者「アスト」として活動を始めてから、ひと月が過ぎようとしていた。


 その活動内容は、凄まじいの一言に尽きる。


 帝都近郊に巣食う主だった賞金首が軒並み狩りつくされてしまったのだ。


 例えば、「貪食のスライムロード」。


 この不定形の魔物は獲物を取り込み養分とするのみならず、その知識や技術までも模倣するという厄介な特性を持っていた。


 "本来の歴史"では、このスライムロードは熟練の騎士団員を取り込んだ結果、数多の触腕で巧みな剣技を操るようになり、幾つもの村々を半壊させるに至っている。


 あるいは、「双頭のハイ・グリフォン」。


 二つの頭がそれぞれ独立した思考を持ち、片方が炎を、もう片方が氷雪を吐き出すという変異種。


 "本来の歴史"においては交易路を長期間にわたって寸断し、帝都の経済に少なからぬ打撃を与えた。


 いずれも覚醒した勇者アゼルによって討伐されたが、アゼルがこれらの魔物を打ち倒す事ができるようになるまでにはそれなりの時間がかかった。


 その間、犠牲となった人命は十や二十ではきかない。


 だがそれらの脅威も、ハインの前では塵芥の如し──。まあ、ほとんどフェリに任せてハインは傍観していたのだが。


 ◆◆◆


 冒険者ギルド帝都支部、その最上階に位置するギルドマスターの執務室。


 重厚なオーク材の円卓を囲み、支部の幹部たちが顔を突き合わせていた。


 室内に漂う空気は、議題の深刻さを物語るように重い。


「──以上が、ここひと月におけるアストとフェンリィの活動報告です」


 報告を終えた受付嬢統括、ミセス・ヘブンが、分厚い書類の束をテーブルの中央に置いた。


 四十代半ば、妙齢の美女だ。目尻の皺に人の好さそうな雰囲気を漂わせているが、その瞳の奥には長年ギルドの裏表を見てきた者特有の鋭さが宿っている。ちなみにギルドマスターの愛人でもある。


「にわかには信じられんな」


 腕を組んだ幹部の一人、ズダンモンが唸った。


 筋骨隆々の、元高名な冒険者だ。


「脅威度“中”の賞金首を、たった二人で、この短期間に……。しかも討伐証明は完璧。まるで教科書通りの手際だ」


「だが彼らの素性が全く知れんというのは少々不安だな」


 別の幹部が不安げに呟く。


 その言葉に室内の空気にやや緊張が混じる。


 ただ一人、円卓の上座に座る男を除いて。


 ギルドマスター、ジュウベイ。


 齢七十は超えているであろう小柄な老人。


 白髪は綺麗に剃り上げられ、顔には深い皺が刻まれている。


 腰に履くカタナ・ブレイドと呼ばれる片刃の得物は中々珍しい代物で、帝都でも扱うものは数少ない。


「マスターは彼らについて何かご存じなのですか?」


 ミセス・ヘブンが、探るような視線でジュウベイに問いかける。


 ジュウベイは湯呑の茶を一口すすると、静かに首を横に振った。


「まあ……余り干渉はしない方が良い相手であることは確かじゃな。厄介な魔物を潰して回ってくれているのだし、変にちょっかいは出さないほうがよかろう。それより、どうじゃ。彼らの最近の動向は」


「は、それが──」


 報告を引き継いだのは、記録係の若い男だった。


「ご報告します。アストとフェンリィの両名は、本日までに帝都周辺の脅威度“中”に分類される賞金首の大部分を討伐。現在、対象となる魔物はほぼ掃討された状態にあります」


 脅威度“中”。


 それは、一つの村、あるいは小規模の街がその魔物単体によって滅ぼされうる危険がある場合に分類される。


 その脅威がほぼ消滅した。


 幹部たちの間に、驚きと困惑のどよめきが広がる。


「……一つ、よろしいですか? 議題とは関係ないのですが……」


 静かに挙手したのは、最近幹部に昇格したばかりのコルネロという男だった。


 情報収集を得意とする切れ者の若者だ。


「うむ、なんじゃ?」


 ジュウベイが促す。


「北方のノルン王国の冒険者ギルドから気になる情報が入っております。大氷原の魔物たちが錯乱状態にあるそうで……。魔動スタンピードに近い状況にあると。ノルン王国も軍を遠巻きに展開し、即応体制に入っているそうです。現地の冒険者ギルドも手を出せないようですね」


「旧魔王軍の残党かの?」


 ジュウベイの問いに、コルネロは首を振った。


「いえ、どうやらそうではないようです。原因は不明なのですが……」


 ・

 ・

 ・


 北方に位置するノルン王国。


 その国土の大半は万年雪と氷に覆われた極寒の地である。


 厳しい自然環境ゆえに、この国に住まう人々は屈強で、独立心旺盛な気風を持つ。


 ガイネス帝国とは古くから同盟関係にあるが、それはあくまで対等な立場でのもの。


 帝国の威光に屈することなく、独自の文化と誇りを守り続けてきた尚武の国。


 それがノルン王国であった。


 ・

 ・

 ・


「大氷原というと……まさか、フロストワイバーンが……」


 誰かが緊張した声色でそんな事を言う。


「いや……この時期、フロストワイバーンは非活性期のはず」


 コルネロが冷静に否定する。


 だが彼の言葉は、さらなる謎を深めるだけだった。


 原因不明の魔物の暴走。


 その報は幹部たちの心に新たな不安の影を落とす。


 帝都の脅威は去りつつあるのかもしれない。


 だが世界は新たな混沌の時代を迎えようとしているのかもしれなかった。


 ◆◆◆


 ──ノルン王国・大氷原


 凍てついた風が、氷の刃となって吹き荒れる。


 白一色の世界。


 その中心で、二つの巨大な影が対峙していた。


 一つは、氷の結晶そのものが命を得たかのような純白の竜──フロストワイバーン。


 この大氷原の生態系の頂点に君臨する、絶対的な捕食者。


 その吐息は絶対零度に達し、触れるもの全てを瞬時に凍てつかせる。


 だが今、その絶対者の顔には明らかな焦燥が浮かんでいた。


 対する影は、闇。


 夜の闇よりもなお深い、漆黒の竜。


 全身を覆う黒い竜鱗の各所に、星の煌めきにも似た光が灯っては消える。


 その姿は流麗にして凶悪。


 生物としての構造を無視したかのような、鋭角的なフォルムは余り見ない形状である。


 ゴウッ、と。


 フロストワイバーンが純白の吐息を放った。


 絶対零度の冷気が、空間そのものを凍結させんと漆黒の竜へと殺到する。


 だが──爆音。


 遅れて届く衝撃波が、分厚い氷原を揺るがす。


 漆黒の竜が音速の壁を突き破ったのだ。


 フロストワイバーンの冷気は、目標に到達する前に、その圧倒的な運動エネルギーによって生じた熱量で霧散してしまう。


 キィン、と甲高い金属音。


 漆黒の竜の爪が、フロストワイバーンの鋼鉄の如き鱗を容易く引き裂いた。


 純白の鱗から、鮮血が舞う。


 それは凍てつく大気に触れた瞬間、赤い氷の粒となって氷原に散った。


 それはもはや闘争と呼べるものではなかった。


 一方的な蹂躙。


 フロストワイバーンは成す術もなく、その巨体を傷つけられていく。


 そして、ついに。


 漆黒の竜がその顎を大きく開いた。


 そしてフロストワイバーンの太い首筋に、恐るべき牙が突き立てられ──


 氷原の王者の首が、まるで熟れた果実のように食いちぎられた。


 ◆


 その光景を、一人の女が遠方から魔術によって観測していた。


 ノルン王国魔術師団長、“極北の魔女”アヴィアナ。


 彼女は水晶球に映し出された凄惨な結末に静かに息を呑む。


 そして、漆黒の竜に名を付けた。


 ──『星竜プロメテオル』


 と。


 プロメテオルとは古代の言葉で「星に似た者」を意味する。


 アヴィアナは即座に、王国全土に向けて最高レベルの警鐘を鳴らした。


 それは国家の存亡を揺るがしかねない、新たな災厄の到来を告げる鐘の音であった。

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あれから10年。
都会で暮らす高校生となった「僕」は、いまだ“お姉さん”との思い出を捨てきれずにいた。そんなある夕暮れ、突如あたりが異常に暗く染まり、“異常領域”という怪現象に巻き込まれてしまう。鳥の羽を持ち、半ば白骨化した赤ん坊を抱えた女の怪物に襲われ、絶体絶命の危機に陥ったとき。
──目の前に現れたのは“お姉さん”だった。
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※ カクヨム、ネオページ、ハーメルンなどにも転載
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