幕間:悩む女、セレナ
◇
私は私の事がよくわからない。
近頃、特にそう思うことが増えた。
アゼル君やハイン様のお姿を見ていると、私の心はまるで振り子のように大きく揺れて、自分でもどうしていいのか分からなくなるのだ。
ハイン様はとても怖い。
そのお姿を目にするだけで、心臓が氷の手に掴まれたように冷たくなる。
まるで以前、私がハイン様に何かとても酷い目に遭わされたことがあるかのような──そんな奇妙な感覚に襲われるのだ。
もちろんそんなはずはない。
ハイン様はこの学園の誰よりも真面目で、貴族として立派なお方だと私は思う。
授業中に私語を注意する時は少し怖いが、それは講義を真剣に受けている証拠だ。
それに、決して横暴な方ではない。
以前、私が癒しの魔術について悩んでいた時、アゼル君が代わりに尋ねてくれたことがあった。
あの時、ハイン様は面倒くさそうな顔をしながらも、とても詳しくそして的確な助言をくださった。
私のような子爵家の娘にもきちんと理を尽くして応えてくださる方なのだ。
だからハイン様を見て怖くなってしまうのは、きっと私の中にまだ甘えがあるからなのだろう。
貴族としての心構えが私にはまだ足りないのだ。
ハイン様へのこの理不尽な恐怖心は、私自身がもっと成長すればきっといつか消えていくものだとそう考えている。
問題はアゼル君だ。
アゼル君を見ると、胸がきゅう、と締め付けられるように苦しくなる。
もっと、もっとアゼル君に見られていたい。
もっと、もっともっと、たくさんお話がしたい。
そんな思いが溢れてきて、時々息をするのも忘れてしまうほどだ。
おかしなことだと自分でも思っている。
確かにアゼル君は誰にでも優しくて、太陽みたいに明るい素敵な人だ。
でも私たちが知り合ったのはこの学園に入学してからで、それ以上の関係ではない。
幼馴染だったとか、昔からの知り合いだったとか、そういう“積み重ね”は、何一つないはずなのに。
それなのに私の心はどうしようもなくアゼル君を求めている。
どうしてなのだろう。
アゼル君が他の女の子と楽しそうに話しているのを見るだけで、胸の奥がちくりと痛む。
特にエスメラルダ様と話している時が一番辛い。
アゼル君はエスメラルダ様のことを「エミー」と、とても親しげに呼ぶことがある。
エスメラルダ様はハイン様の婚約者なのに。
アゼル君はきっとエスメラルダ様のことが好きなのだ。
そう思うと、胸に冷たい石を詰め込まれたみたいにずしりと重くなる。
今日の剣術の授業の後もそうだった。
ハイン様との試合を引き分けたアゼル君は、どこか浮かない顔をしていた。
私は心配で声をかけたけれど、彼の目は私ではなくハイン様と話すエスメラルダ様を追いかけていた。
その時のアゼル君の横顔は私が今まで見たことがないくらい寂しそうだった。
──アゼル君の、幸せを願っているはずなのに
彼の笑顔が見たい。
ただそれだけのはずなのに、私の心の中にはもっと黒くて醜い感情が渦巻いている。
エスメラルダ様がいなければいいのに、なんて。
アゼル君が私だけを見てくれたらいいのに、なんて。
そんな意地悪なことを考えてしまう自分がとても嫌になる。
この説明のつかない強い気持ちは一体何なのだろう。
ハイン様への拭えない恐怖。
アゼル君へのまるでずっと昔から知っているかのような激しい恋心。
それはただの私の思い込みなのだろうか。
それとも、何か別の──私自身も知らない理由がこの心の奥底には眠っているのだろうか。
私はまだその答えを見つけられずにいる。