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劣等蛙抹殺計画③

 ◆


 突然だが俺にも失敗はある。


 いや、失敗という言葉は俺には似合わないか。


 想定外の事態、とでも言っておこう。


 俺は万能ではないが、万能であろうと努力はしている。


 全ては母上に完璧な息子だと思われたいがためだ。


 だからこそ、この状況は非常にまずい。


「わ、若様……」


 うろたえたようなフェリの声。


 普段は冷静沈着なこの女が、珍しく動揺を露わにしている。


 何だ、と聞き返すまでもなく、俺には自分の失敗がよくわかっていた。


 視線の先には、一匹の凡庸な蛙。


 そしてその周囲に転がる、粘液塗れの全裸の劣等共。


 それは──


「賞金首の討伐証明には、討伐部位が必要とありました。しかし……」


 フェリが困惑したように、その小さな蛙を指差した。


 そうだ、そうなのだ。


 討伐証明。


 金貨五百枚という大金を手にするための、絶対的な証拠。


 この小さい蛙が、あの悪名高い『“(さら)い舌のボギー・ワン・フロッグ”』だと言っても、さすがにギルドの連中が納得するまい。


 ──しくじった


 内心で舌打ちをする。


 あの劣等蛙の不愉快さに気を取られ、身の程を教えてやろうなどと考えたのが間違いだった。


 さっさと殺して、必要な部位だけを回収すればよかったのだ。


 どうするか。


 元に戻す事はできない。


 あの醜悪な姿の粒の配列など、いちいち覚えていない。


 この蛙がまたあの様な姿となるまで待つこともできない。


 俺はゆっくりと視線を巡らせた。


 フェリの横で、泥に塗れてへたり込んでいる劣オス。


 そうだ、こいつだ。


 こいつが蛙の餌になりかけたから、俺は予定外の魔術を使わざるを得なかった。


 全てはこいつが弱いのが悪い。


 だがしかし。


「貴様!」


 フェリの横でへたり込む劣等を指さして糾弾する。


 劣オスが、恐怖と混乱に満ちた目で俺を見上げる。


 その間抜け面が、俺の神経を逆撫でした。


「貴様の様な者を救うために切り札を切る羽目になってしまったぞ!」


 俺は一歩踏み出し、奴を見下ろした。


「本来ならば使う必要のなかった、非常に高額な触媒を使う事になった! どうしてくれるのだ!」


 勿論、触媒など使っていないが。


「こ、高額の……触媒……?」


 劣オスが呆然と呟く。


「そうだ! 貴様の命など比べ物にならないほどの代物だ! それを、貴様ごときのために消費してしまったのだ!」


 俺は芝居がかった仕草で天を仰ぎ、そして再び劣オスを睨みつけた。


「さあ、この落とし前、どうつけるつもりだ?」


 そう、俺は平和的に解決することした。本来ならば命で贖わせるべき事案だ。


 だが母上は俺がそういった振舞いをするのを好まれないだろう。


 それにこれから先、母上が世界を掌握するにあたって対外交渉を任せられることもあるかもしれない。


 まずは話し合いで落としどころを探る──これだ。


 ◆◆◆


 サヴァトラは戦慄していた。


 命の危機は去っていなかった。


 むしろ、先ほどよりも遥かに恐ろしい事態に直面しているのかもしれない。


 あの化け物を、絶対的な力でねじ伏せた──怪物を超えた怪物。


 そんなモノが自分に向かって激怒している。


 放たれる圧力は凄まじく、空気が粘性を帯びたかのように重い。


 呼吸をするたびに、肺が押し潰されそうになる。


 ──これが、本物の魔術師の力か


 鉄級冒険者としてそれなりに経験を積んできたサヴァトラだが、これほどの威圧感は初めてだった。


 弟たちは助かった。


 すぐ近くで、泥と粘液に塗れながらも、確かに息をしている。


 だが、それを喜ぶ余裕はなかった。


 ──これ以上機嫌を損ねれば、自分も弟たちも一瞬で消し炭にされてしまうだろう


 そんな思いを抱く。だが、サヴァトラはしたたかだった。


 恐怖に震える心を無理やり押さえつけ、彼は冷静にハインの言葉を分析していた。


 ──非常に高額の触媒、と言っていた


 サヴァトラの思考が急速に回転する。


 ──つまり、金が問題だということだ


 相手は怒っているが、その理由は損失が出たからだと言っている。


 純粋な殺意や悪意だけで動いているわけではない。


 ならば、交渉の余地はある。


 蓄えがないわけではない。


 カレルの薬代、金貨五百枚には到底足りなかったが、鉄等級パーティーとしては堅実に貯めてきた。


 その触媒というのはどれほどの値段なのだろうか。


 相手は見たところ高位の貴族だろう。


 そして、規格外の大魔術師だ。


 そんな相手が使う触媒など、想像もつかない金額かもしれない。


 だが、ここで黙っていては殺されるだけだ。


 そう思ったサヴァトラは恐怖を押し隠し、精一杯の恐縮を顔に貼り付けてみせた。


 泥に塗れた地面に額を擦り付ける。


「も、申し訳ありません、魔術師様! 俺の不甲斐なさのせいで、貴方様に多大なご迷惑をおかけしてしまいました……!」


 まずは謝罪。


 そして、本題に入る。


「その、触媒代なのですが……一体、おいくらほどでしょうか」


 恐る恐る尋ねるサヴァトラに、ハインはピタリと動きを止めた。


 そして、値踏みするようにサヴァトラを見下ろす。


 沈黙が重苦しく流れる。


 やがてハインが口を開いた。


 だが、はっきりした答えはかえってこない。


「……それは、お前の気持ち次第だ」


 ハインは吐き捨てるようにそう言った。


 その言葉にサヴァトラは困惑した。


 気持ち次第? 


 どういう意味だ? 


 だがすぐに、彼はそこに光明を見出した。


 具体的な金額を提示しなかったということは、相手はこちらの出方を見ているということだ。


 ──交渉の余地アリ……。だが相手はとんでもない大魔術師のようだ……なら


 サヴァトラの中で、一つの考えが浮かび上がる。


 この魔術師の力は本物だ。


 弟たちを、傷一つなく魔物から分離させた。


 そんな神業ができるのなら、もしかしたら。


 一か八かだ。


 サヴァトラはゴクリと唾を飲み込み、こんな交渉を持ちかける。


「では魔術師様、俺の、いえ、俺たちのパーティの全財産……」


 彼は一拍置いて、覚悟を決めて告げた。


「金貨百枚で足りるでしょうか」


 金貨百枚。


 それは彼らがこれまで命懸けで稼いできた金の全て。


 鉄級冒険者にとっては大金だが、この相手にとっては端金かもしれない。


 ハインの眉が微かに動いた。


「百……? 百か……」


 少しの間、腕を組んで考え込むハイン。


 サヴァトラの心臓が早鐘を打つ。


 もし足りないと言われたら、どうすればいい。


 だが、ハインは意外にもあっさりと頷いた。


「まあ、それでいいだろう」


 ──通った! 


 サヴァトラは内心で安堵の息を吐いた。


 だが、彼の目的は単にこの場を切り抜けることだけではない。


 ここからが本番だ。


「あ、ありがとうございます……!」


 サヴァトラは深く頭を下げた。


 そして、顔を上げると、真剣な眼差しでハインを見つめる。


「その腕を見込んで、一つ頼まれごとをお願いできませんでしょうか……?」


 その言葉に、ハインは怪訝な表情を浮かべた。



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