劣等蛙抹殺計画②
◆
突然だが俺の嫌いなものは二つある。
一つは図に乗っている劣等。
そしてもう一つは利用されることだ。
そういう意味で言えば、眼前のこの劣等蛙は万死に値すると言える。
まず奴は図に乗っている。
賞金首だというから少しは期待したが、蓋を開けてみればただの図体がデカいだけの蛙ではないか。
それが他の劣等を取り込んだくらいで、さも強者であるかのように調子に乗っている。
不愉快だ。
まずこれで一死刑。
そしてもう一つ。
奴は俺たちが現れた事を利用した。
俺の声に気を取られたあの劣等級冒険者のオスの隙を突き、舌を伸ばしている。
俺の登場という荘厳な瞬間を、あんな汚らしい捕食のために利用するなど万死に値する不敬だ。
これで二死刑。
ダブル死刑だ。
──引力場
星と星の間に働く、"大いなる力"の再現。
劣等級冒険者の雄──劣オスをこちらに引き寄せる。
はっきり言って、アレが死のうが生きようがどうでも良い。
蛙の餌になるのがお似合いの劣等だ。
だが劣等蛙が俺を利用した事が気に食わない。
「う、おおおおッ!?」
劣オスが汚い叫び声を上げる。
耳障り極まりない。
俺はその叫びを聞かなかったことにして、引き寄せた劣オスを無造作に背後へ放り出した。
「フェリ」
俺は短く命じた。
「アレが俺の邪魔をしないように見張っておけ。だが触るなよ。どんな菌がついているかもわからん」
「かしこまりました、若さ……アスト様」
フェリが心得たように頷き、劣オスのもとへと移動する。
よし。
これで準備は整った。
あとはあの蛙だ。
不愉快な鳴き声を上げている。文句を言ってるつもりだろうか、生意気な。
両頬に浮かぶ劣等の顔が、苦悶の表情でこちらを見ていた。
『……殺してくれ……兄貴……!』
『痛い……熱い……!』
微かに聞こえる呻き声。
醜悪極まりない。殺してくれというのなら、舌を噛み切って死んでしまえ。
……まあ、殺すだけなら簡単だ。
指先一つで塵一つ残さず消滅させてやることもできる。
だがそれでは生温い。
まずは身の程というものを、その矮小な脳髄に刻み込んでやらねばならない。
貴様が偉そうにしていられるのは、他の劣等を取り込んでいるからだろう?
ならばその前提を崩してやろう。
俺はゆっくりと右手を掲げ、詠唱を始める。
俺がこれから使う魔術は殺傷を目的としたものではない。
──レディーレ・アド・エレメンタ。指し示せ、根源の導
俺の魔力が周囲の大気に溶け込み、沼地の空気がビリビリと震え始める。
腐敗臭が漂う湿った空気が、一瞬にして浄化されたかのように澄み渡る。
蛙が異変を察知したのか、警戒するように身を竦ませた。
遅い。
俺は迷いなく最後の言葉を紡ぐ。
『廻り回りて回帰せよ! 逆星塵滅無辺無尽光!』
瞬間、俺の掌から眩い光が放たれた。
それは星の輝きにも似た、しかしそれよりも遥かに純粋で根源的な光──要するに俺の魔力の煌めきである。
その光は一直線に蛙へと向かい、その醜悪な巨体を包み込んだ。
◆◆◆
フランシス・セラ・アンブルームが著した「粒理論」。(つぶつぶハイン様参照)
その理論の核心は、極めてシンプルだ。
曰く、「万物は“粒”から出来ている」。
この世界に存在するありとあらゆる物質、生命、そして魔力さえも、根源的な粒子──“粒”の集合体であるという理論。
そして魔術とはこれらの粒の配列を操作し、再構築する技術に他ならない──と、フランシスは語っている。
今、ハインが放った魔術、逆星塵滅無辺無尽光は、粒理論を応用したハインのオリジナル・スペルだ。
まあハインが扱う魔術の大半はオリジナル・スペルなのだが……。
ともかく、それは対象を「在るべき姿へと戻す」魔術といっていい。
眼前の恐るべき魔物、ボギー・ワン・フロッグは、生まれた時からその姿であったわけではない。
長い年月をかけ、“他の粒”──他の生物を取り込み、自身の“粒”へと強引に接合してきた。
そうして、あの悍ましい姿へと変容したのだ。
ハインはその結合を解除した。
彼の明確な意思を込めた粒子群──魔力を相手に浴びせかけ、内部より解体する。
この魔術には直接的な殺傷力こそない。
だが、ボギー・ワン・フロッグのように他者を取り込むことで形質を変化させるタイプの魔物には、致命的と言っていい。
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光に包まれたボギー・ワン・フロッグは、断末魔の叫びを上げることもできなかった。
ただ、その巨体が急速に萎んでいく。
まるで栓を抜かれた風船のように。
でこぼことした緑色の皮膚が波打ち、溶け崩れていく。
最初に変化が現れたのは両頬の部分だった。
最初に左の頬袋が弾け飛んだ。
否、弾け飛んだのではない。
そこから一人の男が吐き出されたのだ。
全身粘液に塗れた、しかし紛れもない人間の姿。
続いて右の頬袋。
そこからもう一人の男──キジトラが転がり落ちた。
それだけでは終わらない。
蛙の体表に浮かんでいた無数の顔が、次々と剥がれ落ちていく。
ある者は男、ある者は女。
皆一様に意識を失っているようだったが確かに生きている。
彼らは魔物の一部となることで辛うじて命を繋ぎ止めていたのだ。
そして今、ハインの魔術によって解放された。
蛙の巨体は見る見るうちに小さくなっていく。
五メトルあった全長が、四メトル、三メトル、そして一メトルへと。
それはまさに、“回帰”だった。
他者の“粒”を剥奪され、本来の姿へと戻っていく過程。
やがて光が収まった時。
そこには先ほどまでの恐ろしい魔物の姿はどこにもなかった。
代わりに残されていたのは一匹の肥えた蛙である。全長はせいぜい三十センチといったところか。
どこにでもいるようなただの蛙だ。
そしてその周囲には数名の裸の男女が倒れ伏していた。
サヴァトラはその光景を呆然と見つめていた。
──な、何が起こった……?
恐怖と混乱、そして希望。
様々な感情が入り混じり、彼はただ立ち尽くすことしかできない。
だが視線の先には、泥と粘液に塗れながらも確かに息をしている弟たちの姿が見えた。