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劣等蛙抹殺計画①

 ◆◆◆


 時は少し遡る。


 帝都ガイネスフリードの冒険者たちが寝泊まりする安宿街の一角。


 その中の一室に、重苦しい空気を纏った姿があった。


 彼らは鉄等級パーティー、『銀狼の牙』である。


 リーダーであり、大剣を振るう長兄のサヴァトラ。


 屈強な体躯を持つ前衛戦士の次兄、チャトラ。


 冷静沈着な後衛弓士の三男、キジトラ。


 そしてパーティーの要であり、兄たちから大切に守られている魔術師の末妹、カレル。


 彼らは血を分けた実の兄妹だった。


 血縁者のみで構成されたパーティーというのは結束が固い反面、身内への甘えが出やすいとも言われる。


 だが彼らは違った。


 互いを厳しく律し、そして誰よりも深く信頼し合っていた。


 鉄等級としては堅実に依頼をこなし、着実に実績を積み上げてきた。


 特にここ最近は、末妹カレルの魔術師としての才能が目覚ましい勢いで開花し始めていたのだ。


 彼女の的確な援護と日増しに威力を増す攻撃魔術のおかげで、少し手強い魔物の討伐依頼も危なげなくこなせるようになっていた。


 このままいけば銀等級への昇格もそう遠くない。


 誰もがそう信じて疑わなかった。


 希望に満ちた未来が、彼らの目の前に広がっているはずだった。


 だが希望が大きければ大きいほど、それが砕け散った時の絶望もまた深くなる。


 運命というやつはそういう健気な努力を嘲笑うのが好きなのだ。


 ある日、カレルが病に倒れた。


 まあ、よくある話ではあった。


 ・

 ・

 ・


「……残念ですが、お嬢さんの"器"に深刻なヒビが入っています」


 帝都でも高名な医者は、沈痛な面持ちでそう告げた。


 ──"器"


 それは魔術師が魔力を溜め込み、行使するための根源的な容量を示す。


「急激な成長により、ご自身の魔力が彼女自身を内側から蝕んでいるのです。才能ある若い魔術師が稀にかかる病でしてな」


 溢れ出る才能が未熟な肉体を凌駕してしまった結果が今のカレルであった。


 皮肉なものだ。


「このまま放っておけば器は完全に砕け散り、遠からず命を落とすでしょう」


 その宣告に、サヴァトラは医者の胸倉を掴みかねない勢いで詰め寄った。


「治す方法はあるんだろうな!?」


「幸い、この病には既に治療法が確立されています。魔力の流れを安定させ、器を修復する特別な治療薬も帝都で販売されていますよ」


 一縷の望み。


 だが、その希望はすぐに打ち砕かれる。


「ただ……その薬は非常に高価です。金貨五百枚。支払う事ができるのならば、取り寄せますが……」


 金貨五百枚。


 それは、鉄等級の冒険者が数年かけても稼げるかどうかという大金。


 彼らの全財産をかき集めても到底足りる額ではなかった。


 ・

 ・

 ・


 安宿の部屋に戻った彼らは重苦しい沈黙に包まれていた。


 ベッドに横たわるカレルは青白い顔で浅い呼吸を繰り返している。


「……ごめんなさい」


 か細い声で謝る妹に、チャトラが力なく首を振った。


「お前が謝ることじゃねえよ、カレル。俺たちがもっと稼いでりゃ……」


 キジトラも俯いたまま呟く。


「高すぎる……どうすりゃいいんだ」


 カレルの容体は切迫している。


 通常の依頼をこなしていては間に合わない。


 時間は限られていた。


 サヴァトラは腕を組み、じっと考え込んでいたが、やがて意を決したように顔を上げた。


「……賞金首を狩ろう」


 その言葉に、チャトラとキジトラが目を見開いた。


「兄貴、正気か!? 俺たちはまだ鉄等級だぞ! 賞金首なんて、銀等級以上の連中がやる仕事だ!」


 チャトラが叫ぶ。


「知ってるさ」


 サヴァトラは冷静に返した。


「だが、確かに賞金首討伐は銀等級以上が推奨されている。だが──」


 彼は一拍置いて続けた。


「罰則は設けられていない」


 キジトラが息を呑む。


「罰則が……ない?」


「ああ。なぜだと思う?」


 サヴァトラの目に、暗い決意の光が宿る。


「そういう無謀な挑戦をする奴らは、大抵死ぬからだ。死人に罰則なんて意味がない」


 室内の空気が、一層重くなった。


 窓から差し込む夕日が、まるで血のように赤い。


「でも、成功すれば?」


 キジトラが恐る恐る尋ねた。


「成功すれば評価される。報酬も正当に支払われる」


 サヴァトラは淡々と事実を述べた。


「ちょっと前にギルドの受付で聞いてきたんだ。俺らもそろそろ賞金首を意識しなきゃいけない段階だからな。でも帝都ではこの十年以上、そんな飛び級的行為に成功した奴はいないらしいが」


 十年以上、誰も成し遂げていない。


 それは挑戦者が皆失敗したということを意味していた。


 つまり、死んだということだ。


「でも俺たちならやれる。いや、やるんだ」


 サヴァトラの声にキジトラが応じる。


「カレルを助けるには一刻の猶予もねえしな」


 確かにそれしか道は残されていなかった。


 堅実さを旨としてきた彼らにとって、それはあまりにも危険な賭けにも見える。


 だが、妹の命には代えられない。


「……分かった。やるしかねえ」


 チャトラが腹を括ったように頷く。


「俺も賛成だ。どいつを狙う?」


 キジトラも同意した。


 サヴァトラは懐から取り出した地図を広げた。


「最も近くて、俺たちでも手が届きそうな相手……ここだ」


 彼が指差したのは、帝都から北西にある広大な沼地、『嘆きの沼』。


「嘆きの沼に生息するという、『"(さら)い舌のボギー・ワン・フロッグ"』だ。懸賞金は金貨五百枚」


 手配書に描かれた巨大な蛙の魔物。


「蛙か……動きは鈍そうだな」


「俺たちならやれるさ」


 サヴァトラが言った。


「ああ、やってやろうぜ! でかい蛙なんざ、俺がぶった斬ってやる!」


 チャトラが拳を握る。


「俺の矢で、目玉を射抜いてやるよ」


 キジトラが頷く。


 カレルは涙を浮かべながら、兄たちを見上げた。


「無理しないで……お願いだから」


 サヴァトラは大丈夫さ、と答える。


 そして彼らは『嘆きの沼』へと向かった。


 そして──


 ◆◆◆


 鬱蒼と茂る木々、足元を這うように広がる濃い霧。


 腐敗臭が漂う『嘆きの沼』の中心部。


 サヴァトラは震える手で剣を構えていた。


 全身は泥と血に塗れ、もはや立っているのがやっとの状態だ。


 目の前には、全長五メトルにも及ぶ巨大な蛙の魔物──ボギー・ワン・フロッグが鎮座している。


 ゲコォ、と低く不気味な鳴き声が響く。


 その目は鈍く濁り、しかし確実にサヴァトラを獲物として捉えていた。


 だがサヴァトラの視線は、ボギー・ワン・フロッグの醜悪な体表──その両頬部分に釘付けになっていた。


 でこぼことした緑色の皮膚。


 そこに、おぞましい光景が広がっていたからだ。


 左の頬袋。


 そこには見慣れた顔がまるで皮膚の一部であるかのように浮かび上がっていた。


 次男チャトラの顔だ。


 苦悶に歪んだ表情のまま血の涙を流し、何かを呻いている。


『……殺してくれ……兄貴……頼む、殺してくれ……!』


 そして右の頬袋。


 そこには三男キジトラの顔があった。


『畜生……なんで……! 痛い……熱い……!』


 弟たちの悲痛な叫びが、サヴァトラの心を抉る。


 彼らはまだ生きている。


 魔物の一部となりながらも、意識を保っている。


 それがどれほどの苦痛か、想像するだけでサヴァトラは気が狂いそうだった。


 そう、討伐は失敗した。


 彼らは魔物の力を甘く見ていた。


 異常に長く伸長する舌は、彼らの想像を遥かに超える速度と精度で襲いかかったのだ。


 チャトラが捕らえられ、それを助けようとしたキジトラも同じ運命を辿った。


「ああ……あああああッ!!」


 サヴァトラは絶叫した。


 ──俺たちには、まだ、早かった……


 圧倒的な力の差。


 後悔が津波のように押し寄せる。


 自分の判断が弟たちをこんな無残な目に遭わせてしまった。


 ──すまん、チャトラ……キジトラ……


 そして、最愛の妹の顔が脳裏に浮かぶ。


 ──すまん、カレル……兄ちゃんたちは、ここまでだ……


 絶望が、サヴァトラの心を黒く塗りつぶしていく。


 もう逃げる気力も残っていない。


 だがせめて、一矢報いることだけでも。


 そして、弟たちをこの永劫の苦しみから解放してやらなければ。


「おおおおおおおッ!!」


 絶望が限界を超え、ヤケクソの特攻を仕掛けようとした、その時だった。


「どういう事だ! 劣等先客がいるではないか!」


 背後から怒鳴り声が聞こえてきた。


 その声色は場違いなほどに幼く、そして酷く傲慢だった。


 しかし圧がある。


 空気がビリビリと震えるような、尋常ではない圧力が。


 ボギー・ワン・フロッグも一瞬動きを止めている。


 そして、すぐに同じ声が続いた。


 だがその口調は先ほどとは打って変わって、どこか慌てたような、宥めるような響きがあった。


「いや、違うフェリ。お前に怒鳴りつけたわけではない。だからそんな顔をするな」


 ──だ、誰だ!? 


 助けが来たのか。


 思わず振り返ろうとした瞬間。


 ひゅ、と風を切る音がした。


 それは死の音だ。


 ──しまったッ……! 


 慌てて視線を戻す。


 だが、遅かった。


 ボギー・ワン・フロッグの長く伸びた舌がサヴァトラの眼前にまで迫ってきていた。


 ──強.! 速.避.無理!! 躱す……!? 出来る!? 否──死


 粘液に塗れたその舌が、サヴァトラの視界を覆い尽くす。


 死の臭いが、鼻腔を突いた。

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※ カクヨム、ネオページ、ハーメルンなどにも転載
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― 新着の感想 ―
最後にパロネタをぶっ込んで来たな
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