冒険者になろう!④
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あれから数週間が経った。
アストとフェンリィは冒険者ギルド帝都支部において、ある種の名物のような存在となっていた。
彼らがギルドに姿を見せるのは、七日に一度程度。
だが、一度訪れれば必ず複数の依頼を一気に受注し、そしてその日のうちに全てを完璧に達成して戻ってくる。
その効率は常軌を逸していた。
最近では危険度の高い討伐依頼を中心にこなしている。
どれもこれも、通常の冒険者パーティーが数日がかりで挑むような難易度の依頼ばかりだ。
それを彼らはたった二人で、まるで散歩のついでとでも言うかのように片付けてしまう。
そして今、彼らの等級は既に『銀等級』にまで達していた。
錆鉄級から銀等級まで、わずか数週間。
それは帝都の冒険者ギルド始まって以来の快挙だった。
◆
その日もまた、アストとフェンリィはギルドのカウンターに立っていた。
いつも通りの黒いローブ姿。
そして、いつも通りの無表情。
受付嬢のリョウコは緊張した面持ちで二人を迎えた。
「おめでとうございます、アスト様、フェンリィ様。本日付で、お二人は銀等級への昇格となります」
リョウコが差し出した銀色のプレートを、フェンリィが無言で受け取る。
アストは相変わらず興味なさげに、ただ立っているだけだ。
「銀等級について、簡単にご説明させていただきますね」
リョウコは咳払いを一つして、説明を始めた。
「ご存知かとは思いますが、改めて各等級の目安をご説明します」
リョウコは指を折りながら語り始めた。
「まず『錆鉄級』。これは半人前。冒険者になったばかりの完全な初心者で、健康な一般人に毛が生えた程度の実力です」
「次に『銅級』。駆け出しですね。多少の戦闘経験を積み、小鬼の数匹程度なら対処できるようになったレベル」
「そして『鉄級』。ここからが一人前です。熟練した兵士や、騎士団の一般兵に匹敵する実力とされています」
そこまで言って、リョウコは改めて二人の銀のプレートに視線を落とした。
「そしてお二人が到達した『銀級』は、腕利きと呼ばれる領域です。騎士団で言えば小隊長クラスの実力者。戦術的な判断もこなせるようになります」
ハインは退屈そうに欠伸を噛み殺していた。
そんな様子を意に介さず、リョウコは説明を続ける。
「その上が『金級』。一流の冒険者です。一国の騎士団長にも匹敵すると言われています。この辺りから、小型の竜種への対処も出来るようになってきます」
「さらに上が『白金級』。英雄と呼ばれる存在ですね。小国なら軍隊とも渡り合えるほどの実力者。パーティーを組めば、大型の竜種とも渡り合えます」
「そして最後に『黒金級』。これはもう伝説です。魔王や邪神といった存在に対抗ができると言われていますが……」
リョウコは苦笑した。
「もっともガイネス帝国を含め、ほとんどの国には黒金級の冒険者は存在していませんが……」
長い説明だったが、ハインは脳内でヘルガの事を考えていたので特に問題はなかった。
ハインという男は基本的に魔術の事かヘルガの事しか考えていないのだ。
とはいえ、あんまりにも長々と説明されてはハインが不満に思うかもしれないと考えたフェリが言う。
「私たちの目的は金を稼ぐことです。等級を上げることが目的ではありませんので説明は不要です」
その言葉にリョウコは少し戸惑った。
貴族が金を稼ぐ?
道楽ではないのか?
疑問が渦巻くが、それを口に出すことはできない。
リョウコは咳払いをし、話題を変えた。
「そ、それでしたら、『賞金首討伐』はいかがでしょうか?」
賞金首。
その言葉に、ハインの眉が微かに動いた。
「賞金首とは様々な理由で危険度が高いと見なされている魔物、あるいは犯罪者を指します」
リョウコは手早く説明を続ける。
「通常の依頼とは異なり、依頼を受ける必要はありません。また、討伐に成功すれば莫大な報奨金が支払われます。そして銀等級以上であれば相手の危険度を適切に評価できると見做されるため、賞金首討伐は自由に手をつけて構わないことになっています」
まあ、その辺の事情はハインたちも知っていた。
グラマンから事前に説明を受けていたからだ。
だからこそ、駆け足気味に等級を上げてきた部分もある。
手っ取り早く大金を稼ぐにはうってつけだろう。
だが、そこにはいくつかの制約がある。
賞金首の討伐による報奨金は、冒険者ギルドに所属していないと受け取る資格がない。
そしてギルドに所属する以上は、ある程度ギルドが定めるルールに従う必要がある。
それがハインにとっては煩わしくて仕方がなかった。
本来ならばそんなルールなど全て無視して、片っ端から賞金首を処理していきたかった。
だがハインはそうはしない。
それはハインに遵法精神があるからではない。
そんなものは欠片も持ち合わせていない。
彼がルールに従ったのは、ただ一つの理由からだ。
帝都で騒ぎを起こせば母であるヘルガの顔に泥を塗ることになる──それだけ絶対に避けなければならない。
フェリが一歩前に出た。
「この辺りにいる賞金首は、どのようなものがいるのですか?」
その問いに、リョウコは待ってましたとばかりに頷いた。
この頃になると、リョウコは既にハインたちを単なる「厄介な貴族」としてだけではなく、別の視点から見るようになっていた。
確かに彼らは貴族であり取り扱いには注意しなければならない。
だがそれはそれとして、彼らはギルドにとって有用な戦力でもあった。
「こちらになります」
リョウコはカウンターの下から何枚かの手配書を取り出し、並べた。
古びた羊皮紙に描かれた、凶悪な魔物や犯罪者たちの似顔絵。
そして、その下に記された懸賞金の額。
フェリはその手配書に一通り目を通した。
「覚えました。ではまず、この『“攫い舌のボギー・ワン・フロッグ”』から手をつけていきましょう」
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“攫い舌のボギー・ワン・フロッグ”。
それは帝都から北西に馬車で十日ほどの場所にある広大な沼地、『嘆きの沼』に生息する魔物だ。
全長は五メトルにも及ぶ巨大な蛙。
その特徴は、異常に長く伸長する舌だ。
その舌を使って獲物を巻き取り、一瞬で丸呑みにしてしまう。
そして何より不気味なのはその体表であった。
でこぼことした緑色の皮膚には、それまで喰らってきた獲物の顔がまるで苦悶の表情を浮かべたまま浮かび上がっているという。