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湯築は彗星のごとく現れた転校生だった。ここ鳳翼学園で短期間で陸上県大会二年連続優勝を勝ち取っていた。あの日から、湯築の周りにはいつも体育館での地響きのような足音が響いていた。湯築のお蔭で今では日常となっている。ここ半年間で不安を払拭してくれる心強い足音である。
「ねえ、まだ部活に来ないの?」
一人の女子が湯築に不満を漏らしている。
いつの間にか、湯築の周りには人だかりができていた。
皆、学校生活と部活だけは少しでも明るくしようと湯築と一緒に努力しているのであった。
「……麻生さんは来ないわ」
湯築は俯き加減だ。
「もう、麻生さんも武も来ればいいのにねー」
「毎日がデートって、感じでくっ付き過ぎよねー」
「湯築さんでも無理かー」
皆、女子たちは勝手なことを言っているが、内心はやはり不安なのだから仕方がないのだろう。
体育館では、いつもは元気だが、今は俯き加減の湯築は、更衣室で体操着に着替え、ふくよかな胸を強調している。その胸は今まで走るときにも自分へ自信をつけてくれていた。
「そう……じゃあ、武はどう?」
女子たちは、武は来ないかとしつこかったが、湯築にやんわり「来なかったわ」と言われ、皆ふて腐れている。
中学の頃からだ。
成長過程で、背が伸びると同時に湯築は急に足が速くなっていた。ある出来事からマラソンやジョギングをし続けていた。その出来事とは、湯築が好きな男子に一度フラれたことだった。
心に傷ができるほどの失恋を経験したようだ。
そのために、自分に更に自信を持ちたかったのだろう。
けれども、運の悪いことに二度目の恋は武だった。
当然、麻生がいる。
部活で平和的に麻生と対決をすることで、少しでも武との距離やわだかまりや対抗意識を解消しようともしたかったのだろう。しかし、それも無理なのだろう。
もうすぐだ。
日本が沈没するのだ。
武は教室の隅で高取と何やら話していた。
武の隣の麻生もこの時ばかりは沈みがちな顔だ。
「明後日には辿り着いているわ」
高取は机に広げたタロットカードから一枚を引いた。
世界のカードである。
「俺が、どこかの神社に行くのか?」
(なんでなんだ?)
「そう、そうしないと世界が……終わるのよ。私の占いの的中率は知っているわよね。ねえ、武さん。でも、あなたはこれから大きな力を得るの。その存在していないはずの神社で……」
高取は世界のカードを目を瞑って無造作に引いていた。
「何度引いても昨日から世界のカードを引いてしまうの」
それから、高取はおかっぱ頭が左右に揺れ、独り言のように呟いた。
「……スケベ」
「は?」
(??? 俺が?)
「明後日? そういえば高取さん。明後日は日曜よ。いくら何でも学校は休みよ」
麻生は疑問をていし少し肩を傾けた。その先にはいつまでも武の肩があるかのようだ。時と場合を気にしない。そんな二人である。
高取の手は少し震えていたが、麻生と武は至って平然な態度でタロットカードを見ている。
突然にブルブルと震えだした高取は、深呼吸をして、またカードを引いた。
そのカードは、やはり世界だった。
高取 里奈は机の下へとタロットカードをしまうと、一人溜息をついた。
どうやら、高取も武のことを好いていると思われる。
いつもは、静かにしているような態度で、感情というものを外へと出さないが。ここから見ても武を見る目は少し違っていた。
麻生とは中学の頃からの親友だった。
何を考えているのかわからない性格で、教室で遊び半分に麻生を占い。将来、武と結婚すると占ったのがきっかけだったが、それから高取は武の占いを密かに頻繁にしているようである。
不穏な未来が読めたのであろうか?
それとも、ただの興味か?
武にやはり好意を持ったのであろうか?
もうすぐ下校時刻なので、高取は最後の授業を受けたようだ。




