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今度は武の番だ。 ここ修練の間の中央で木刀を構えたが、武は微動だにしない。いや、動けないのだ。 ドンっと、相手の鬼姫が刀を構え腰を落とすと同時に、周囲の空気が一斉に逃げ出したかのような凄まじい風圧が巻き起こった。 周りの灯篭の火が全て消えた。 暴風を受け、凄まじい熱気と威圧感の嵐の中。武は必死に、まるで一枚の紙切れと化した木刀を構えて、踏ん張った。 武は恐怖を全く感じていないはずはないのだろう。
(こ……これは?! 凄い!!)
ただの意地であろうか?
あるいは、何かの必死さからくるものか?
鬼姫が力を抜き刀を鞘に納めた。周囲の空気が途端に穏やかになった。
「武様。良い気概です。無事、今日の稽古は終わりです」
何もしていないというのに、汗だくになった武は律儀に礼をしていた。
(俺は……もっと強くならないといけないんだ……ただただ……な)
「武。どうだった? 鬼姫さんの稽古は?」
湯築は、修練の間から汗だくで出てきた武にすぐさま近づいて聞いてきた。
恐らく心配して、待ってくれていたのであろう。
「ふー、疲れた。鬼姫さんは凄いや……あ、湯築。何もしていないのにひどく疲れたよ。そういえば、高取は?」
ここは、廊下である。 二人とも汗を滝のように流している。ここから見ても、凄い汗である。
広い廊下で、武と湯築のまわりには夕餉の準備に巫女たちが行き来していた。
「高取さんなら、真っ青な顔で甘いものが欲しいって、ふらふら台所へ行ったわ」
「そうか。高取もなのか……」
「麻生……きっと……俺は……」
ここは朱色の間。 再び寝床についた武である。武は天井を見つめて一人呟いたのだ。 おや、武は恐怖を全く感じていないのでは?
(辛い時は、早めに慣れてしまえばなんとかなる。一番は慣れること。あいつの父さんが言っていたっけ)
静まり返った寝床の中で、強い眼差しの武はほくそ笑んでいるのだ。頼もしい限りであるが、 それとも周囲の人たちのおかげなのだろうか。 寝床の中で武は、いつまでも天井を見つめていた。
「御目覚めましたか?」
武は朱色の間の寝床の中。
鬼姫の声を聞いた。
「お怪我があるのに、良い気概。きっと……数多の龍に打ち勝つことでしょう。私は掃除があるので。では、行ってきます」
武は天井を見つめていたが、ごそごそと布団の動く音がしたかと思ったのだろう。そして、妙に声が近いとも。
「へ? 鬼姫さん?」
武は驚いているようだ。 それもそのはずである。 武の布団の中に、さっきまで鬼姫が寝ていたのであった。
「鬼姫さん……でも、役得なんていえないよな……麻生……」
ここから見ても、武は複雑そうな顔をしているのだ。 心情を察すると、やはり複雑である。麻生のことを想えばどこまでも強くなれるのだが、周りの強い好意も本当の意味での武の支えであろう。
(一体。俺はこれからどうすればいいんだよ。あいつのことしか頭にないっていうのになあ)




