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入学と自己紹介、そして過去

 たまに自分が人間に向いていないと考えることがある。どうにもコミュニケーションが取れずに、相手にさらなる誤解を与えてしまったり、そもそも人と会話をしたくないと思うのが原因だと思う。

 そんな思いは出会いの場、学校での自己紹介でも感じてしまう。緊張不安、または希望楽しみを胸にしたクラスメイトと異なり、俺は漠然と「死にたいな」なんて不埒な思考をしている。


「はいはーい! まずはプリントを配りますね~。それを作って自己紹介にいたしましょう!」


 つい先程の緊張感たっぷりだった入学式と打って変わり、ギャハハと笑い声が聞こえる教室に奇妙な課題がやってきたようだ。髪は長めでスーツ、と言うにはいささかラフな格好の女性はプリントを突き出した。


「まずは見本。上から名前、趣味、目標、一言を必ず言ってください! 私は1-2の担任の筒井奈緒(つついなお)で、趣味はテニスです! 目標はみんなと仲良く! こんな担任だけどよろしくね!」


「あーい。よろしく筒井先生」


「よろしくね! 先生」


 ドッと響くような大声で自己紹介した担任に対し、やたらと高身長な男と隣の女子が返事をした。そして前の席から一枚プリントを渡された……ただ()()()()()。理由は36人のクラスメイトで6列、そして俺は黒板から5番目の席。つまりはあと一枚が足りないってことだ。

 マジで勘弁して欲しいよ先生。チラッと後ろ見たらさ、もう髪染めたピアス付けたってヤンキー女子だぞ? 目立ちたくないのに言うしかないじゃん、後ろに渡すしかないじゃん。心のうちにため息をつきながら、後ろへと一つしかないプリントを流す。


「しぇ、せんせい、一枚足りません。プリントが」


 クスクス


 校庭がよく見える窓側の席が俺の列、そうそれは最後に配られたということなのだ。静寂が渡る教室にガラガラと音を立て席を立つ男が目立つのは仕方がないのだ。だから噛むのも仕方がない。だから笑わないで欲しい……隣の女子、お前もだぞ。


「ああ、はいどうぞ真島くん」


「え、ああはい」


 自己紹介前に名前をバラすのは辞めていただきたい。ゆっくりと空気のような存在を望んでいるというのに、一番先の自己紹介が俺になってしまったじゃないか。


「さーて不手際はありましたが、プリントは全員に渡りましたね! 今から10:30までの5分間、しっかりと書いてくださいね」


 はぁ……時間もないしさっさと書くか。名前は山﨑日向(やまさきひなた)、さきは立つほうのさきめづらしいやつだ。趣味はゲームと読書……いやマンガを読むのが正しいか。目標? うーん、どうしよう何も思いつかない。


「残り1分でーす!」


 胃がキリキリして痛てぇ……ああでもここでトイレ行きますってのも目立つよなあ。どうせ自己紹介に入ったら治るタイプだしなあ。そんなことより一言考えないと……

 最初も嫌だが最後も嫌だな。何事にも目立たない中間あたりに自己紹介が出来れば嬉しいけど、俺は窓際の後ろから二番目の席。最初か最後の二択で、中間になるというものはないだろう。こんなこと考えている暇ないけど思考が止まらない。


「はい終了! 鬼崎さんと山本くんでじゃんけんして、負けたほうから自己紹介ね!」


 全クラスメイトが固唾をのみ見守っている。いや違ったな、両端のクラスメイトが注目しているんだ。真ん中はほぼほぼ関係していない。少しの静が漂ったのち、ガラガラと音を立てながら男女は立ち上がった。そうし気だるけながらも男女の勝負が始まった。


「じゃんけん……ぽん」」


 山本が発した声に遅れつつも「ぽん」の合図を出した鬼崎さん。握りしめた手に対し、山本は腑抜けたパー……すぐ俺の出番か。


鬼崎玲音(おにざきれね)。趣味は特になし。目標は……。一言、よろしく」


「「「……」」」


 まあなんというか簡潔の極みとの表現がふさわしい自己紹介だ。もう少し時間を稼いでほしいんだが。


「……えーはい。みんな拍手! じゃあ次の人、自己紹介だけど長めに頑張ってね!」


「え、っと。えー山﨑日向です。趣味はゲームとマンガで、目標は、えっとその……」


 駄目だ。どうしても言葉が出てこない。俺に集まる視線、悪意で満ちていないが好奇心が皮膚を刺してくる。熱が頭にこもって……またこの感覚だ。


「具合悪いんで保健室行きます」


 言いよどむ俺の背後から声が聞こえる。手短な自己紹介と同じ声、同じ抑揚で淡々としていた。決してこちらを嫌うという様子を見せてはいない、AIのような制御された声だ。


「えっ、ちょっと鬼崎さん!」


 そう担任の声が後ろから聞こえたが、鬼崎さんは気にすることなく俺の制服を引っ張り教室から連れ出した。女子への恐怖心が未だ消えずにいるのに、どうして鬼崎さん相手だと安心感を覚えるのだろうか。騒ぐ教室を背に小走りで駆け出す鬼崎さんと俺。金に染まった長い髪が少し皮膚に触れくすぐったいなんてことを考えていると、目的地の保健室についていた。


「入ります」


「ノックして失礼しますじゃないのか……?」


 保健室には先生の誰一人いなかった。ただ薬品の匂いがし、ちょっとした病院みたいな雰囲気だった。



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