彼女の目当ては、俺の姉だったようだ。
姉さんはモテる。
二つ上の社会人で、ある姉、村嵜 藍色は、昔からよく告白されていた。
身長はすらりと高く、身内ながら整った目鼻立ち。落ちつた所作でみんなから頼られる存在だった。
企画系の仕事に就いていて、アイディアマンとして重宝されているらしい。
いつも身なりは良く、スマートなジャケットと高い所で結い上げた髪が清潔感ある。
「ゆーくーん! たすけてー!」
ただし、実はポンコツだ。
「はいはい。今度はどうした?」
「からまったー! とってー」
半べそでぐちゃぐちゃになった髪の毛と格闘する二十六歳児……。
俺はため息をついて髪の毛を直してやって、ついでになぜか取れかけているジャケットのボタンを直して渡した。
ちなみに我が家の朝は早い。
俺は五時に起きて朝食の準備をして、六時に姉を起こす。半分寝ている状態で朝食を食べさせ、浴室にぶち込みシャワーを浴びさせる。
天気予報を確認して、場合によっては折り畳み傘を忍ばせたりする。
今日は問題なさそうだ。
会社近くの喫茶店で使える、魔法瓶のタンブラーをカバンに入れておく。
そんなルーティンが我が家の朝だ。
準備を終えると、時刻は八時。出勤時間だ。
カバンを持たせてコートを着させる。
「いつもありがとーねー」
にこにこと年甲斐のない笑顔の姉と一緒に俺も家を出た。
姉の職場と、俺の職場は最寄り駅が同じなので、朝は必ずそろって出勤する。
それから電車で十五分。最寄り駅を降りて途中の喫茶店に入る。
駅前でオフィス街に近いのもあり、この店は朝は混雑する。それでも店員の女性が恐ろしく手際がいいので、あまり待ち時間はかからない。
レジの順番が来ると、マイカップを取り出した。
「私はトールサイズのカフェモカで、ホイップとチョコソース追加でお願いします」
「ドリップコーヒー。グランデサイズで」
「かしこまりました。トールのカフェモカ、ホイップとチョコソース追加と、グランデのドリップコーヒーですね」
どこか小型犬を思わせる見た目の店員は、にっこりと完璧なスマイルで手早くレジを済ませて、俺達のマイカップにシールを張って担当者に渡した。
癖が強そうな淡い色の髪をポニテにした店員は、見ていても驚くほど手際がいい。
レジを打ちながら、他の店員に指示だしをしていく。よく見ていると、接客速度を微妙に変えて受け渡しカウンターで三人以上待たないように調節しているようだ。
「本当に、よくできるスタッフだなぁ」
「そうなの?」
毎日飲んでるのにウキウキした顔で待っている姉は、視線を上げてこっちを見て来た。
「絶対ここに三人以上ならばないし、お客も待たせてない。あと、たぶん客の顔覚えてかもな。補充とかも完璧だし、手のかかるようなサンドイッチとか見切り発車で準備させてるっぽい」
「ええ!? そうなの!? すごいね!」
はあーと関心したようなため息をしながら、でかい目を見開いている姉。
それからすぐに俺達の商品も届いた。
「じゃ、いってきます」
「あいよ」
姉は九時から勤務なのでテイクアウトして店を出ていく。
俺は十時からなので、一時間近くこの店で作業をする。
まあ、実はライターだからそこまで厳密に出勤の必要はない。
適当に空いている席について、パソコンを取り出して作業を始めた。
~~~~~
私の弟、村嵜 紅彦は、何でもできる。
家事も完璧。機械も詳しい。
手前みそながら、顔もかっこいい。それに身長が高い。たしか百九十センチくらい。
ちょっと不愛想だけど、困っていると助けてくれるし、高校の時は一年生なのに周りからすごい頼られているのを見た事がある。
もちろん、そんな弟が持てないはずもない。
姉弟だって知っている知り合いからは、紹介をお願いされる事はしょっちゅうだし、近況を聞かれる事は数知れず。
姉としてはハナタカだけど、弟は付き合ってもすぐ別れてしまうのが、最大の悩み。
「性格もいいと思うんだけどなぁ……」
思わずぼやいてしまう。
今日はその弟がいない。お仕事の関係で、泊りがけで取材に行っている。
いつもよりわちゃわちゃしながらもなんとか出発して、いつもの喫茶店へ来た。いつも通り、小さくて可愛いのに完璧な店員さんが爆速でお客を捌いている。
いつも通りのメニューを注文すると、少し不思議そうな顔の店員さん。
「今日は、彼氏さんと一緒じゃないんですか?」
一瞬何のことを聞かれてるのか分からなかったけど、すぐにわかった。
「ああ。あれは弟ですよ。昨日から泊まりがけの仕事に行ってるので、今日は一人です」
紅彦とはここに通うようになってから毎回一緒だった。それに今までもたまにカップルと間違えられる事はあった。
私のセリフに、店員さんはぱっと笑顔になる。
これは、脈ありだ!
この流れで、気がなかった試しはない!
私はメモ帳に弟の連絡先を書いて渡した。
「これ、良かったら連絡先です」
一瞬キョトンとして、それからにっこりと、少し涙ぐみながら笑顔になる店員さん。
「わ、わたし、和田原さゆり子っていいます! よろしくお願いします!」
ばっと頭を下げてくる店員さんに驚いたけど、こんな良い子に好かれたい弟グッジョブと思いながらよろしくねって言って、レジから離れた。
いやー、いい子だなぁ。
いきなり連絡が行ったら大変だけら、紅彦に連絡をしておく。
他の店員さんからカフェモカを受け取って、会社に行く。途中でちゃんと連絡しておいた。
「店員さんに紅彦の連絡先おしえといたよ!」
これでよし!
未来の妹の事を考えると、うきうきしてきた!
~~~~~
姉から怪文章が送り付けられてきた。
『さゆり子ちゃんアカ脈あり! 連絡先渡した。返答来ればされたし! 必ずゲッツせよ!』
いや、意味わからん。
おそらく、俺がいないとさゆり子という人に聞かれて、あれは弟だと教えたら連絡先をせがまれたので教えたのだろう。
たしか以前にも似たようなことがあった。
面倒だとは思うが、好みの相手を見つけたら取りに行くというのは、生物のサガだから仕方がない事だ。
とりあえず、チャットではらちが明かないから、連絡が来たら実際に会ってみよう。
~~~~~
あの可愛いお姉さんが、いきなり連絡先を教えてくれた。
まさか、いったいどういう事なの?
今まで運なんてものとは無縁の人生だったけど、ここに来てまさか大本命から連絡先を教えてくれるなんて思いもしなかった。
「さゆちゃん? どうしたの? めちゃ笑顔じゃん?」
お客様の波が落ち着いて来たら、同僚のスタッフが聞いてきた。
「ん? そ、そう? いつも通りだよ?」
「えー? そんな事ないよ。六割マシくらいで良い笑顔だし」
「そ、そうかな……」
いかんいかん。
頬を両手で揉んで、表情を解す。笑顔は良い事だけど過剰な笑顔は良くない。人によっては不快になる人もいる。
「さっき、常連さんから、連絡先もらっちゃった……」
「え? また? 今度は誰?」
呆れるような顔の同僚。お客様から連絡先をもらう事は、実はこれが初めてじゃない。というか割と多い。
ほとんどはお断りするし、もらっても送る事はほとんどない。
「でもその反応って事は、片思いの相手かな?」
にやにやとからかうみたいな顔の彼女。
そろそろ順番に早朝入りの子たちを休憩にしてあげようと思ってたし、先に入れておこう。
「あ、あ。もう休憩だね。いってらっしゃい!」
じとっと見つめてくる。
「いいよ。先入りなよ。思い人に連絡しな」
しっしと手帚はたかれた。
「う、ううう~。ありがとう……ッ!」
「はいはいー。いってらー」
正直嬉しい。早く送りたかったから。
顔がにやけてるの、自分でもわかる。お礼を言ってバックルームへ走った。
几帳面で丁寧に書かれたチャットアプリのIDを手打ちで入力する。
すぐに出て来た。どこかの風景写真のプロフィール画像と、murasakiの名前。
緊張する。指が震える。深呼吸を一つ。
「よし!」
トークを開いて、失礼にならないようにメッセージを書いた。
~~~~~
通知が来ているのは分かったけど、仕事中だったから無視していた。
取材がひと段落して、小休憩中にスマホを見ると、一件新着メッセージと友人登録申請が一件来ていた。
きっとさっき姉が言っていたさゆり子という人だろう。
アプリを開いて確認した。
『突然のご連絡失礼いたします。先ほどはありがとうございました。ムーンライトバックスの和田原さゆり子です。ご連絡先ありがとうございます。もしよろしければ、今度お話ししませんか? お忙しいとは思いますが、ご検討宜しくお願い致します。』
「業務連絡か?」
ムーンライトバックスは姉と朝にいく喫茶店だ。という事は、この人はあのできる店員か?
記憶を探ると、確かに他のスタッフにさゆさんとかワタさんとかと呼ばれているのを聞いた気がする。
なるほど。仕事はできるけど、あまり恋愛の経験はないのだろうか。それでもがっつり攻めてくるあたり、不慣れな感じが伝わってくる。
『ご連絡ありがとうございます。村嵜です。いつも素晴らしい接客をありがとうございます。貴店での美味しいコーヒーは毎朝の励みになっております。お話という事ですが、下記に私の都合のいい日程を記載いたします。ご都合合わないようでしたら、重し着け頂ければ調整いたしますのでお気軽にお申し付けください』
アポの設定じゃないんだよ。とは思ったけど、下手に馴れ馴れしいもの気持ち悪いからこれくらいで良いだろう。
既読はすぐにつかなかったが、しばらくしたら既読になり返事がきた。
『ご丁寧にありがとうございます。ご提示いただきました日程の3番、3日後の18時でお願いします』
礼儀正しいし、こいう人なら相手に困らないと思うが、どうだろう? わざわざ俺に声かなくてもいいだろう。
一抹の疑問を感じながら、返信をして仕事に戻った。
~~~~~
今日は、弟がさゆり子ちゃんとデートらしい。
「はあー、緊張するー」
時間がいつもより長い気がする。時計を何回も見てしまう。
「どうしたんですか?」
よっぽどそわそわしているのが気になったら見たい。我ながら恥ずかしい。
「あ、その。弟がデートでね。だ、大丈夫かなって」
「ああ。紅彦君? 藍さんと違ってちゃんとしてますから」
「ちゃ、ちゃんと!? 私だって……」
ちゃんとはしてないですね。はい。
「あはは。大丈夫大丈夫。弟離れのチャンスですって」
「そ、そうだよね。うん! アカなら心配いらないよね」
弟なら大丈夫。
でも、どうしてか落ち着かない……。
~~~~~
夕食を食べて、ちょっと買い物して、それで解散となった。
なんだろうか、この違和感。
俺は帰りの電車の中で腕組みをして考えていた。
「普段と、変わらない?」
そうだ。
わざわざデートの約束を取り付けて、明らかに勝負感あるキメ服まで着て彼女は来た。
それなのに表情も言葉遣いもすべてが”いつも通り”すぎた。
でも向こうから連絡先を聞いてきたんだよな?
何か解せない。
一応今日のお礼の連絡を打っておき、姉にも報告ついでに一つ聞いてみた。
『彼女から連絡先を聞かれたんだよな?』
『ううん? 聞きたそうだったから教えてあげたんよ? どしたの? というかもう帰ってきちゃうの?』
もしかして、もしかしてだが、あの人は姉が目当てだった、とか?
俺の予想が間違えていたのか。
そうなると、
”今日は彼氏さんいないんですか?”
”え? ああ! あれ弟なんですよー。にてないですよねー”
”え、あ。そうなんですね!”
”この反応は、もしや! これ連絡先です!”
”え、ええ!? ありがとうございます!”
なるほど、この流れか。
俺が恋人じゃないと知って喜んでたら、それを俺がフリーだったと喜んでいると勘違いした姉が勝手におせっかいで俺の連絡先を渡したという事か。
『今日はありがとうございました。とても楽しかったです』
簡素なメッセージだな。やはり目的は姉か。
『失礼ですけど、姉が目当てでしたか?』
下手に回りくどいのは好きじゃない。シンプルな方がいい。
既読はすぐについたが、返信は全然来なかった。
それからもう最寄りの駅に着くというタイミングで、一言だけ短い文章が来た。
~~~~~
顔が赤いのが、自分でも分かった。
どうしてわかったんだろう。
ホントの事を言えば、ショックだった。
いると思った人がいなかったら、誰でもそうだって思う。
それよりも、自分の気持ちが伝わっていたのかもって、ぬか喜びしたのが空しいし恥ずかしかった。
そりゃ、普通に考えたらあの状況なら、男の連絡先渡すよね?
少し考えたらわかるじゃん。
恋は盲目っていうけど。本当だった。
「ど、どうしよう」
それよりも、目の前の難題をどうしよう。
弟さん、紅彦さんは、どう推察したのかわからないけど、わたしの目当てを当てて来た。
わたしは、お姉さんが好き。
きれいだけど、にっこりはにかむ笑顔。ちゃんとしてます! って頑張ってるけど、本当はおっちょこちょいで、保護欲を掻き立てる人。
分け隔てなく優しくて、でもとても強い。
初めてご来店された時も、ちょっと問題のあるお客さんが若い他のお客様に絡んでいた。その時わたしより先に駆けつけて、身を挺してお客様をかばっていた。
なんて素敵な人なんだろう。
全部終わった後に、青い顔でカタカタ震えていた。本当は一番怖かったのに、真っ先に動けるその勇気がまぶしくて、それから毎日来るあの人が恋しくて、愛おしい。
『なるほど。やはりそうでしたか』
弟さんも決して悪い人じゃない。それでもやはりマイノリティである事の恐怖がぬぐえない。
あのお姉さんの弟さんが悪い人なはずがないと思うけど、どうじに拒絶されたらどうしようとか、不安がぬぐえない。
『姉はああ見えてかならポンコツなんですが、それでもですか?』
ポンコツとは、ひどい言い様だ。
少しだけイラついたけど、家族だからこその嫌味なのだろうと嶺蔭下した。
『はい。むしろそういうのが、とても可愛いです』
『わかりました。店員さんなら大丈夫そうですね。姉の事をお願いします』
「え……?」
三回読み返した。
姉の事を、お願いします?
~~~~~
姉は、優しすぎるし、純真だ。
いつも告白されてはちょっと付き合って、ボロボロになって別れる。
社交的で見た目も相まって誰もが姉の第一印象を”仕事が出来てちゃんとした素敵なお姉さま”ととらえる。
実はド天然で、カバンの中身を確認のために取り出して、そのまま出発するようなポンコツだ。
そのギャップを知り、ほとんどのは幻滅して勝手にいら立って、姉に理想を押し付ける。それでもダメで幻滅したとか、こんな酷い女だって知らなかった。と言って姉を捨てていく。
その度に一人で泣く姉の事を、誰も知らない。
いつかきっと、どうしようもないクズに出会ってしまったら、姉の人生がめちゃくちゃになりかねない。それは絶対に避けたい。
そう思って目を光らせていた。
だから次に姉と付き合う人は、姉の外見にとらわれず、ちゃんと姉の中身を見て好きになってくれる人でなければと考えていた。
もちろんそれだけなじゃい。姉のダメな部分をちゃんと補えるだけの性能も必要だ。
その点、あの店員なら仕事もできるし、要求を満たしている。
今日もコーヒーを買って、姉は仕事に行った。
「じゃ、頑張るんだぞ!」
ふんふんと鼻息荒く親指を立てていた姉を見送り、俺は喫茶店でコーヒーを飲みつつ、こっそりと店員を観察した。
彼女は姉とは真逆のタイプだった。
見た目はいかにもか弱い女子ですー、という容姿。しかし仕事は完璧で、てきぱきとこなす。スタッフからも信頼が厚く、店長らしき人物は見た事ないがおそらくそれ以上に頼られている。
今日はオフィスにいかず、ずっと喫茶店で作業することにした。
自分の仕事をこなしていると、昼を少し回りラッシュが終わった頃に、彼女が来た。
「あ、あの……」
「はい」
申し訳なさそうな彼女。もしかしたらずっと居座っているから邪魔になってしまっただろうか?
「この前の、その……」
「ああ、姉の件ですね?」
「は、はい」
視線が左右に泳ぐのは、不安だからだろうな。たしかに世間で広く認知されてきたとは言え、まだその恋愛趣向はマイノリティで、偏見も多いという。先日調べてみたが、まだ世間の風当たりは辛そうだ。
「今日、終わったら少し話しませんか? 今後について、相談があります」
「え、はい。わかりました」
まずは事実確認をして、それから外堀を埋めていこう。
~~~~~
あれから弟たちの進展はないみたい。
休日に会っている様子はないし、家でも弟は仕事と家事をするばかりで、特にさゆり子ちゃんに連絡を取っているようには見えない。
でもそこはかとなくさゆり子ちゃんがいい子だって事を言ってきたりするから、アカもまんざらじゃないと思う。
夕食後にリビングまったりしていると、家事が終わった弟は、パソコンを用意して周りに資料らしい本をたくさん積む。
「ん?」
その本内容は、仕事で使う資料らしい。よく結婚情報誌とかファッション誌、よくわからない専門書なんかをたくさん見ている。
それで今日見ているのは、ちょっと不思議な内容だった。
「同性愛……?」
新聞とか雑誌、書籍なんかがたくさん積まれている。他にも漫画もあるから、ついつい手に取って見てしまった。
うっかり熟読していると、いつの間にか目の前に弟がいた。
「あ、ごめん。勝手に見ちゃった」
「いいよ。そういえば、姉さんに聞きたいんだけど、同性同士の恋愛ってどう思う?」
「んえ!? え、ええ? そ、そうだなぁ……」
いきなりだから、ちょっとびっくりしちゃった。
「でも、そうだなぁ。悪い事じゃないと思うよ。大切なのは相手を大切に思えるかだと思うし、好きになるのは絶対異性じゃないとダメ! っていうのは、社会とか周りの人の勝手な押し付けだと思うな」
弟の仕事はライターさんだから、依頼があった記事を書くのがお仕事。ニュースとかいろんな記事を書いているらしいから、こうやって人の意見を聞くのも大切だと思う。
だから聞かれたら正直に答えるようにしている。
「ふーん。例えばさ、元々異性愛の人が突然同性に関心を持つ事とか、あると思う?」
「そうだなぁ。好きになるのに理由はないとおもうし、なんかこう、イベント? みたいな事があったらときめいたりすると思うよ? あとは付き合いが長くてだんだん好きになるって事もあるだろうし」
うんうんと頷いて、たまにパソコンにメモを取るけど、そんなたいそうな事は言ってないと思うよ?
「でも、たぶんだけど、一番は自分との葛藤なのかなって思う」
「というと?」
「もともと異性愛だったのに、急に同性に興味が行ったら、不安だと思う。嫌われたら、気持ち悪がられたらとうしようとか。人って人に合わせてしまう生き物だから、人と違う事を避けるでしょ? だから同性に恋愛的趣向が向いたなら、最初は怖いと思う」
「そういう事か。ちなみに姉さんは今までそういうのはあった?」
「わたし!? 私は、うーん、女の子は可愛いなぁとか、きれいだなぁとか思う事はあっても、恋人にしたいなぁとかはなかったかなぁ」
「ふーん。姉さん学生の時は誰彼構わず告白されてたじゃん? それでも?」
「ええ!? え、ええ。まあね。特に女の子はさ、そういう時期、あるし。それに男の子と違ってスキンシップも多いからね。あの、なんだっけ? 触れ合う事が多いと、恋愛に結び付く事があるっていうでしょ?」
「ああ。全然恋愛の対象じゃない場合でも、毎日一緒に行動するといつの間にか互いに好きになるらしいいな」
「そうそう。そういうのもあるからね」
「なるほどねぇ。ありがとう。参考になった」
「そ、そう?」
弟はそう言って仕事を再開した。
いきなりだからびっくりしちゃったけど、ちゃんと言えたかな?
でも、そうだなぁ。自分が女の子を好きになるかぁ。
会社の人ならどうだろ? んー、ないか。みんなカレシとか旦那さんいるしなぁ。
友達? はみんなアカの事狙ってるなぁ。あとは恋人か既婚者だし。
あ、さゆり子ちゃんとか? いや、でも彼女は弟の事が好きだからなぁ。
でも頼りになるし。もし弟と結婚とかしてくれたら、すごい完璧夫婦になりそう。
美男美女夫婦って近所で有名になるよ、きっと。
~~~~~
まずは第一段階。
姉の口から同性愛についての抵抗があるかどうかを聞き出す事が出来た。
言動というのはとても重要で、人間は思っているだけでは実はほとんど決まっていなくて、口に出して自分の言葉を耳で聞く事で確信することがあるらしい。
これで姉は同性同士の恋愛に抵抗がないというのが分かった。
次には彼女の事を意識づけていくとしよう。
毎日顔を合わせているし、この際だ、段階はいくつか飛ばして自宅に呼ぶか、それとも三人で出かけるのもありだろう。
その方が鮮烈に意識付けられるしいいかもしれない。
スケジュールを調整しよう。
~~~~~
弟さんは、想像以上にできる人でした。
お店での会話の後、ちょっとお話したら、なんと彼は私とおねえさんをくっつけてくれると約束してくれた。
「姉さんは今までろくでもない連中としか付き合ってないんですよ。外面ばかりで、中をちゃんと見ないようなのとしか。だから貴女みたいに内面を知っていて、ちゃんと付き合いたいと言ってくれる人なら俺も安心なので。ぜひ姉をよろしくお願いいたします」
「は、はあ……」
「俺の方で外堀は埋めていきます。姉はあの性格なので、マイナス方向で人を嫌う事はないので上手く誘導できれば、後は問題なくいくと思います」
あまりにサクサクと話すから、こっちが置いてけぼりだけど、お姉さんの事を心の底から大切に思っているのは分かった。
「あ、あの」
「はい?」
「いいんですか? 私、女だし、社会的にはまだそんなに認めれてないですよ?」
「俺は、姉が幸せになればそれでいいんです。もし外野がとやかく言うのなら、俺の方で外堀は埋めておきますから。店員さんは安心して姉の事を幸せにしてください」
なんというか、この人けっこうぶっ飛んだ人だなぁ。
逆に言うと、私がダメだった時の報復が怖いかも……。
でもこうして応援してくれるのはすごくありがたい。
それから弟さんは次々と計画を立てて、今度の休みの日に三人でデートに行く予定までつけた。
とんとんと進んでいくデートプラン。目的地や途中のイベントなど、事細かに作戦を立案してくれる弟さんはとても心強い。
~~~~~
弟がさゆり子ちゃんと出かけるけど、一緒に来てほしいと言われた時は驚いたし、遠慮するつもりだったのに、気付いたら一緒にデートしていた。
しかも場所は私の好きな遊園地で、はぐれたらいけないからってさゆり子ちゃんと手を繋いでるの私だし、会話しているのも私だけ。アトラクションではさゆり子ちゃんと私が並んで座って、弟は別の席だった。
「藍色さん! 見てください!」
絶対邪魔なはずな私なのに、さゆり子ちゃんはすごい良い笑顔を向けてくれるは、正直嬉しい。
「いい子なだぁ」
あんないい子と付き合えるなんて、さすがはわが弟。
ちょっとベンチに座って休んでいると、彼女はお手洗いに席を立った。
「いやぁ、さゆり子ちゃん、ほんといいこだねぇ」
「ああ」
「で、弟よ? どこまで進んだんだい? え?」
思わずにやけてしまう。
答えによってはここでそっと離脱してもいいし。ちょっと緊張してきたから、コーヒーを一口飲む。
「店員さん、狙いは姉さんだよ。元々連絡先欲しかったのも、俺じゃなかったし」
ぶーっ!
思わず吹き出してしまった。
周りの人が何あれって目で見て来るのが恥ずかしい。
「え? は?」
「だから、店員さんの目当ては、姉さん。俺は眼中にない」
ぼたぼたとコーヒーがこぼれる。
「え?」
手に残る彼女の手の感触。
普段と違う、心の底から笑顔。
色々繋がっていく今までの出来事。
「あ、あれぇー……?」
それと同時に、胸の奥があっつくなる。
顔が熱い。
「お待たせしました。って、どうしたんですか?」
「じゃあ、俺は仕事あるから帰るけど、あとは手はず通りに」
「え? か、帰るの!?」
「ああ。俺は邪魔だろう?」
驚く私を置いて本当にさっさと行ってしまった。
うそ。
見送ると、さゆり子ちゃんがコホンと咳払いした。
「え、ええーと。じゃあ、続き、しましょう?」
「……はい」
照れてはにかむ顔が、いつもの十倍可愛くて、私まで胸がドキっとした。
彼女に手を引かれてデートが再開した。
「……」
「……」
ちょっと気まずい。
顔が熱いし、彼女の顔が見れない。だって、見れたらこっちの顔も見られちゃうから。
それからちょっと歩いて離れると、ジェットコースターの近くに来た。
「あ、藍色さん。乗りましょう!」
「そ、そうだね。乗ろう!」
長く並んだ列の最後尾に並ぶと、やっぱり気まずさがぬぐえない。
また無言になってしまう。
ど、どうしよう。なにか、会話。
話題がないか考えるほど、何も出てこない。
どうしようかと思ってたら、前に並んでいた二人組の男性が声をかけて来た。
「ねえ、二人なの? よかったらさ、この後一緒に回らない?」
「オレらもさー。今日来る予定だった子が来れなくなっちゃてさー」
おう……。ナンパだ。
あまり得意じゃないんだよ。いつもなら弟がどうにかしてくれるんだけど。
「そういうの、間に合ってます。この子口説いてる所なんで、ちょっかい出すの止めてもらっていいですか?」
え?
驚いて隣を見ると、
「ひっ!?」
「す、すみませんでした……」
笑顔なのに、ものすごくすごみのある顔をしたさゆり子ちゃんがいた。
「というわけで、藍色さん。私でどうですか?」
可愛いだけじゃないのは知ってたけど、本当にたくましい子だった……。
「は、はい」
胸が鳴っていた。
~~~~~
先に自宅に帰って仕事をしていると、姉から連絡がきた。
『今日は、さゆり子ちゃんの家に停まっていきます』
「ちゃっかり持ち帰られてるし」
店員の子に肩を抱かれている姉の写真が添えられていた。
どうやら作戦はうまくいったらしい。
「これで俺もシスコンとはおさらば」
もう姉の心配はしなくて良さそうだ。