07話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
2023年4月21日、タイトル修正
「シュトレーメは名前の通り大河の町だよ。トラペ川とトロボ川の合流地点に町があるの」
野菜のスープにパンを漬けて口に運ぶエルツァ。
「そうなの。町は東・中・西に分かれてる。リルツァたちのおうちは西区なの。メルクーァってお店だから気が向いたら遊びに来てね」
と、リルツァはお皿に乗ってる人参をナイフで隅によけながら言った。
「リルぅ、ちゃんと人参たべなさい」
「やだー。堪忍してー」
僕は二人の様子をほほえましそうに見つめていた。
「そうなんだ。なんか名産とかあるの?」
と僕が訊くとエルツァが「んー」と考え込みながらポムバサーかなと答えた。
「ポムバサーって、林檎のブランデー漬けだっけ?」
「アンジェさん違う違う、それはニセモノ! ポムバサーは林檎を原料にした蒸留酒でね、ポムプリゾニエールが至高なの! ねーリルツァ」
「そうそう、とろけるおいしさねぇ」
「そうなんだ、僕は飲めないんで……って君たち未成年でしょ?」
「あ……」「えと……」
「十五まで我慢しなさいな、あはは」
この国では街の条例にもよるが、基本的には十五歳まで飲酒は出来ないことになっている。
スープを啜るエルツァがいたずらっぽく笑いながら
「ところでアンジェさん、ひとつなぞなぞがあるんだけど、勝負する?」
と言った。
僕はナイフを置いて
「なぞなぞ? なんだい?」
と訊いた。
「さっき言ってたポムバサーのポムプリゾニエールって、瓶の中に大きな林檎が入ってるの。さて、どうやって瓶の中に入れると思う?」
とエルツァがニコニコしながら聞いてきたのだ。
ん? どういうことだ?
「あ、すみませーん、このお店にポムプリゾニエール置いてある?」
とリルツァが店員に聞くと、わざわざ持ってきてくれた。
確かに瓶の中には大きな林檎が沈んでた。
「これ、どうやって入れたの?」
「それが問題。アンジェさんわかる?」
瓶の口よりも遥かに大きな林檎だ。
しかも丸ごと入ってるため、実を切って詰めた訳ではなさそうだ。
「んー、難解だ。こりゃ難しいぞ? まさか林檎が花をつけたあとに瓶をかぶせるってわけじゃないだろうし……」
「……はい、アンジェさん正解。もぉなによー! 答え知ってたー?」
と、エルツァが悔しそうに声を上げた。
「いやいや知らんよ。てか、そうなの?」
「そうよー、正確には子房が膨らむ前に瓶をかぶせるのよ」
とエルツァが解説をする。
「え? そなの?」
と、リルツァも驚いてる。
「あんたねぇ、じゃあどうやって入れたとおもってたのよ」
「え? 魔法力学とかじゃないの?」
リルツァが真面目な表情で応える。
「んー、理論法力学や物理法力学を使ったら、まぁ理論上は入れれるかな?」
僕は人参を口に運びながら言う。
「え? ほんと?」
「あぁ、運動エネルギーと法力が自分より大きなエネルギー障壁である瓶を通り過ぎれば可能だよ、まぁ理論上はね。物質の運動はポテンシャル次元での障壁に入射すれば衝突する。が、原子レベルでの話となると素粒子や法力の持つエネルギーが不確定なので障壁よりもエネルギーが大きくなってしまえば結果的に障壁を透過する訳だ。もちろんそんなことを期待するぐらいなら、未成熟の子房に瓶をかぶせたほうが効率良いだろうがね。詳しくはね……」
「あの、アンジェさん」
困った表情を浮かべてるエルツァが右手をそっと挙げながら声を出した。
「ん? どうした?」
「何言ってるか全くわかんないです、ねぇリルツァ」
「んー、なるほど、わからんです!」
リルツァは腕を組んでどや顔で言った。
「アンジェさんってすごいですねやっぱり……あはは」
とエルツァが言う。そうかい? まぁ専門だからねと僕は答えたが。
「ところで、アンジェさん、一つ質問!」
「リルちゃんどうした?」
「このお皿の人参、どうやったら妹に食べさせられると思いますか?」
自分でちゃんと食べなさい。
というか、リルツァが姉だったんだ。
「シュトレーメって三つの街に分かれてる理由、ひょっとして……」
僕の疑問に対してエルツァは
「そう。街ごとに領主が違うよ。反乱防止ね」
とあっけからんと答えた。
あぁ、なるほどね。
「アンジェさんならわかるかもだけど、一つの街を複数の領主が統治することで都市ごとの反乱を防ぐのよ。徴税権や警察権、徴兵権も領主ごと。裁判権のみ帝都から裁判官が来るけど」
確かにある程度規模以上の街だと領主が分割統治している。
しかも領主が街の一部を複数預かっているため、自身の領都でない限りは領主の雇った専門職の執政官が赴任している。
なお、その執政官は帝都で奉職する官僚の良い天下り先だ。
「だけどね、シュトレーメは川で分断されてるだけで生活や文化は変わらないの。ただ中街は『花街』が多いから夜になると人気よ?」
エルツァは僕の顔を見て「えっち」と言ってる。
あまり興味がないのだがなぁ、そんなに好色そうに見えるのかな。
「じゃあ街で一番大きい図書館はどこにあるんだい?」
僕の質問に二人は首をかしげる、仕草は双子なのか全く同じだ。
「図書館ならどの街にもあるよ。西街は大きいけど静かよ、入場料かかるけど」
とエルツァが答える。
入場料は三十ハンズらしい。
輪転機があるとはいえ書籍も決して安くはない、この国では無料の図書館が珍しいのだ。
「東街の図書館は横に夜市が立つから、本に夢中になってご飯食べ損ねそうなアンジェさんにはいいかも?」
とリルツァは教えてくれた。
そこは昼は市場だが、日が暮れると夜市が立つらしい。
そういえば帝都も夏場は暑気払いに夜市で涼む人が多いし、冬市が立つ時期なら昼夜問わずあちらこちらの広場に立つ。
「中区の図書館は?」
「教会付属図書館が多くてけっこうしつこく喜捨を求められるよ?」
帝都の宗教系の付属図書館は、信者になったらタダで利用できるよってしつこく言われた。
僕自身は聖心教徒のため、おいそれと宗主替えは出来ないが。
「ところでさ、アンジェさん」
「ん?」
「そろそろ発車時間じゃない?」
リルツァの言葉に思わず時計を見た。
発車予定時間まであと数時、あわてて会計をして三人で乗り場へと走った、
御者が気を利かせ、すこしだけ発車時間を待ってくれなかったらこの町で一泊するところだった。
参考文献
Davies, P. C. W. (2005). “Quantum tunneling time”.