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06話

2022年11月11日、一部文章を修正しました。

2023年4月21日、タイトル修正

 トコトコと揺れる馬車、ずっと変わらない田園風景、僕は生あくびを殺しつつ論文集を読んでいた。

 乗合馬車は夜明け前に帝都を出発したのだが、既に暇つぶし用の論文集は一冊読み終えそうだ。

 なるほど、ちょっと前にジンが言っていた学会が現場。

 読んでみて少し理解ができたと思う。


「まもなくホーヒェリン村ぁ、ここで一刻の休憩でさぁ」

 御者がそういうと街道をずれて民家が三十軒ほど並ぶ集落へ入っていった。


 乗合馬車が停まり、御者が足台を置くと一人また一人と下車していった。

 そして皆おもむろに伸びをする。

 やはり馬車での旅はずっと同じ体勢で座ってるから身体が凝るよな。

 僕も下車して伸びをした、背中や腰の筋が凝り固まっているのが解る。


「そこのお学士さまぁ、焼きサンドイッチとコーヒーいかがぁ?」

 紙包みとポットをもったパン売りの少女が声をかけてきた。

「あぁ、一セット貰おうか」

 僕は傍らから小銭入れを取り出した。

「毎度ありぃ! 二十ハンズですぅー」

「二十ハンズか……」


 大銅貨を探そうとしたが小銭入れを見たら銀色の硬貨しか見当たらない。

 銀行でお金をおろしたときに両替を忘れていた。


「お嬢、百ハンズ銀貨しか無いんだわ」

「お客さん、うちぃもお釣りの持ち合わせが無いんですわ……」


 首から下げたガマグチを見せて残念そうに言う少女。

 中身はどう見ても五十ハンズ程度しか持ってない。


「そっか、それは残念だな」

「ごめんですぅ」


 昼までもう少しある、我慢するか、そう思っていた時、

「ねぇねぇ、私らで二セット買うから、お嬢ちゃんが四十ハンズをこの学士様に渡してあげて? そして私らも四十ハンズこの学士様に渡せばお釣りになるでしょ?」

と売り子に声が飛ぶ。

 僕はその声の主を見ると二人の少女が立っていた。


「え? あ、はい! 四十ハンズ……これかな? はい学士様どうぞ! そちらのお嬢様に二セットですね!」

 少女はてきぱきとポットからコーヒーを注ぎ、紙包みを渡していた。

「これ、四十ハンズです、これで八十ハンズになったでしょ?」

「あぁ、君たちありがとう、悪いね」

 僕は大銅貨を受け取ると、パン売りの少女にチップとして一枚渡した。

「お客さんありがとう! これサービス、いい旅を!」

 そういってゆで卵を三個くれ、他の客に売り込みを始めた。

 二人の少女にゆで卵を二個渡す。

「ありがとうな、君たち」

「いえいえ、気にしないでください学士様」


 少女たちはそういうとベンチに座って紙包みを開いていた。

 僕も食べよう、空いているベンチに腰掛けて紙包みを開いた。

 肉とチーズを挟んだ焼きサンドだった。

 そしてサンドイッチを邪魔しない、香りがよくてわずかな酸味のコーヒー。

 この手の軽食では大アタリである。

 読みかけの論文集を開き、文字を追う。




「お学士様ぁ、そろそろ出発でさー」

 御者が僕を呼びに来た。

 どうやらウトウトしてたようだ。

 ぽかぽかと暖かく、お腹も程よく満たされたら眠くなるもんだ。


「御者殿、申し訳ない」

 そういって僕は馬車に乗ると、御者は足台を仕舞う。

「次は昼前にラングの町さぁー、ここでは馬の交換があるでぇ二刻ほど休憩でさぁ」

 御者はそう案内すると、馬に鞭を打った。馬車はトコトコと走り出す。

 先ほどまで読んでいた論文集を鞄に仕舞い、別の本を取り出して開く。



「ねぇねぇお学士様、その本ってストリバ語じゃないですか?」

 横から声をかけられたので振り向くとさっきの少女たちの顔があった。

「あぁ、論文集だからストリバ語で書かれてるな」

「へぇー。ということはストリバ語が解るんですよね?」

 少女が驚いた表情を見せるので、僕は

「まぁ言語は慣れだよ。単語と文法則さえ解ればいいんだし」

というと彼女たちの表情が曇った。

「そんなこと言ってもねぇ……」

「あたしたち中等学院の受験失敗したもんね……」

「中等学院ってひょっとして帝立中等学院かい?」

 この乗合馬車は帝都が始発だからな。

「そうそう、帝都の中等学院ぜぇーんぶ落ちた!」

「もうね、あたしたちにストリバ語が向いてないもんね!」

「そうよそうよ、ハピウォタ語のほうが解りやすくない? お学士様」

 この二人が話していたが、ハピウォタ語の話を突然僕に振ってきた。


「いやぁ、僕はハピウォタ語のほうが難しいと思うぞ」

「えー? なんでさー?」

 二人の少女の一人が言う。

「そりゃそうだよ。ストリバ語なんて母音が五つに発音が九種のみだが、ハピウォタ語は母音十七種で子音が二十一種プラスアルファだ。しかも低地語と高地語、北部語、都市語に港湾語とで発音もイントネーションも変わる。少なくともハピウォタ語話者とナチュラルに話せる自信はないな」

と、ハピウォタ語の説明を簡単にした。


「学士様、詳しいんですね」

「あぁ、ハピウォタ語話者が身近に居たんだよ、昔」

 農務省官僚ツァルカの実家はハピウォタ語(北部語)を使用するカナウジィ辺境伯国のジーゲンスタペルだ。

 学院入学当初はほぼ全員がツァルカとの会話が一切リスニングできなかった。

 本人は標準語を話しているつもりらしいのだが。

 おかげで口癖は「訛ってないですよぉ」だった。

 昨日話したときはあまり気にならなかったが。


「学士様ってやっぱり博学なんですね」

「というか学士様って……、あぁ僕はアンジェだ。アンジェ・リ・カマルカだ」

「アンジェ様ですね、あたしはエルツァ、こっちが双子の姉リルツァね」

 双子だったんだ、年子の姉妹かと思ったが。

 まぁ目元と鼻が似てる……かな? 髪の色は違うな。


「様なんか要らないよ、僕はただのアンジェだ」

と言ったがエルツァは

「『リ』がついてるってことは郷紳階級(ジェントリ)じゃないですか! あたしらみたいな商人の子と違いますから!」

と目を見開いてそういった。

 だが僕は笑いながら

「僕の家は郷紳階級(ジェントリ)かもしれんが、それは父親、もしくは跡を継ぐ弟のことだ。僕は跡を継ぐ気がないからね」

と答えて、疑問に思っていることを聞いてみた。

「ところで君たちは終点まで行くのかい?」

と僕が訊くとエルツァが

「そうよ、シュトレーメが故郷だもんね」

という。

 リルツァがニコニコしながら

「そうね。シュトレーメの西街におうちがあるぅー」

といった。エルツァが「ねー」と相槌を打つ。


「そうなんだ、僕もシュトレーメに行くんでね、同じだね。それならシュトレーメについて教えてくれない?」

 僕がそう聞くと、エルツァがニコッと笑って

「ラングの町でお昼をごちそうしてくれたら考えるー」

と言った。

 リルツァも「ねー」と相槌を打つ。

 やはり、商人の子だな。

 ふふっと笑ってしまった。

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