02話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
2023年4月21日、タイトル修正
「それで、どうするつもりなんだ?」
「だからそれをお前に相談してるんだよ」
目の前でエールを飲みながら顔を赤らめているジンを見て、僕はため息をついた。
研究室を後にして自分の部屋に直行する気にもならなかった僕は街をぶらぶらすることにした。
ずっと研究室に籠っていたのでこんなに陽の高い街を歩くなんてどれだけぶりだったろうか。
そんな時に、かつての学院の同期だったジン・カーツとばったり会ったのだ。
久しぶりだな、おう、ちょっと飲みに行こうぜ、とほんと数日ぶりに会ったかのように話しているが、実際にジンと会ったのは数年ぶり。
ただ、その年単位の時間をも感じさせないほどの気の置けない奴がジンという男だ。
そして今、学生時代の僕らの御用達飲み屋、金のアヒル亭に二人で来ている。
「なぁ最近仕事どうよ」
「ん? まぁぼちぼちだよ」
「なんだよぼちぼちって。儲かってるならウハウハ言っておけよ?」
「商売なんてなぁ、目立つようなことやってたらすぐに足元掬われるんだよ。だからぼちぼちでいいんだよ」
と、こんな話を繰り広げてる。
このジンと言う男は僕に負けず劣らず変わり者だ。
学院を卒業後になんと商船に飛び乗る選択をしたのだ。
実家の跡を継いで商会に、という物はいる。
実家が商船業をしてるなら、まだその就職先はわかる。
しかしジンは身体一つで商船に飛び乗り、独学の見よう見真似で測量術や航海術を修め、今じゃ独立して小さいながらも商船業を営んでいるのだ。
たまたま寄港し散歩と情報収集している最中に僕と出会ったと言う。
「ファルス先生は昔からアンジェを買っていたからな。それを考えたらチャンスなんじゃね?」
ジンは鳥肉の炙り焼きを口に運び、エールで流し込みながら言った。
「チャンスか? 研究は日進月歩なんだよ、現場から離れたらひたすらに置いてかれる世界だぞ?」
「といっても研究室だけが現場じゃなかろうに」
おーいミルスぅ、エールのおかわりくれ、ジンはそう言うと続けた。
「というかアンジェ、お前、学会には顔出してるのか?」
「はぁ? 人の足を引っ張りあうか馴れ合うかしか興味のない連中のとこなんか僕がいくわけなかろう」
それを聞いてジンは深いため息をつき、エールを呷る。
「お前……、それ誰にも言ってないだろうな」
「あ?」
「はぁ……」
ジンは再びため息をついた、さっきより大きめだ。
「アンジェ、お前、学会こそが現場じゃないのか?」
「なんでだよ? 派閥作ってお山の大将気取ってる連中らなんてそこらへんのサルと同じじゃねえかよ」
「だな、その通りだ。お前の言うこともよくわかるわ。すげぇわかる、うん。だが、お前の書くレポートは誰が評価するんだ? ファルス教授か? 学院か? ん?」
僕は言葉に詰まった。
「だろ? 自分らのことをよく思ってない若造がさぁ、どれだけ正論をぶちかましてもさぁ、面白いと思ってくれる奴なんかいるかよ。いたらそいつは相当のバカか、ただのお人好しだ」
ジンは皿に盛られた煎り豆をつまみながら言った。
「ファルス教授もお前のそんな態度に気付いているんだろうな。だからこその提案なんだよ、きっと。というか提案というより業務命令かもしれんぞ」
僕はジンが口に放り込む煎り豆をみつめる。
「今後どうするかはお前次第だがな。といっても選択肢は一つしか見出せんなぁ。あ、煎り豆おかわりくれぇ」
「はぁーい」
金のアヒル亭の娘ミルスが返事をし、ワインと煎り豆を持ってくる。
「あらぁ、アンジェさんいらっしゃーい、それにジン、あんためっちゃ久しぶりじゃない?」
「あぁミルス久しぶり……、お前相変わらず成長せんなぁ」
「うっさいわねぇジンのくせに! これでも成長してるところはしてるわよ!」
ミルスは胸と腰を手でさすりながらアピールする。確かに、あまり成長しているようには見えない。
「で、何の話? なんか盛り上がってるんじゃない?」
ミルスはジンにワインを注ぐとテーブルに寄りかかる。
「あぁ、アンジェに栄転命令だよ」
とジンが勝手なことを言った。ミルスがわぁと言いながら
「えぇ!? さすが帝立学院のエリート学士様だね」
と続け、僕に抱きつこうとする。
「ジン、いい加減な事言うなよ」
と僕が言うが、ジンもミルスも聞いている様子はない。
「じゃ今日はお祝いの壮行会?」
「そんなんじゃねぇよ。壮行会をするならお店を貸し切らないとな。あと同期の連中とか呼んでさぁ」
「えぇー? いつにするの? ママに言って予約しておくわよ?」
と勝手に壮行会の設定を話し合い始める。
「ジン、やめてくれよ」
僕はそう言ったが、二人は話を止める気はなさそうだ。
酒の飲めない僕はモックテールを飲む。
「同期さんが来るなら、リーナ様も来るのかしら?」
と、ミルスが言う。目をキラキラしたミルスを見てジンが
「お前相変わらずリーナのこと好きよな」
と続ける。
「当たり前でしょ? リーフェス四世様の第三皇女で王宮警護隊副隊長、まさに姫騎士様じゃない!」
遠くを見てうっとりするミルス。
それを見てジンはワインを飲みため息をつく。
「姫騎士ねぇ……。あいつ、学院時代はいつもすごかったろ?」
「よくみんなで飲みに来てくれたもんね、懐かしいなぁいろいろと」
ミルスはワイングラスを傾ける。
というかミルス、お前は飲んでないで働けよ。