11話
今年も初級メイド国家試験が近付いてきた。一回生の四人は膝を突き合わせてあれやこれやと勉強をしている。
「んだよ労働基準令ってよぉ! んなかったるいもん覚えられっかよ!」
テルルが悲鳴を上げつつ頭を抱える。まぁ去年もジェイリーとミノンが同じ台詞を上げていたがな。しかし、この国家試験を落とすと二回生でも受けさせられるし、三回生で落とせば自主退学を選択するハメにもなる。テルルには、去年成績不振者にもやらせたズルい模擬試験をやらせておくべきだろうか。
言葉遣いはすっばなセレンだが実は優等生だ。入学したなりのヤンチャ臭い格好は随分と身を潜め、優踏生然とした格好に落ち着いた。しかし爪や靴下などの軽微な規定違反しては風紀委員会から始末書を書かされているが。
しかし気性は今もかなり荒く、何か気に食わない事があれば制服を脱ぎ捨てて腕捲くりをし、相手に食って掛かる事があると僕が教頭のミモーゼンから注意を受けた。そうやって自分の品位を落とさぬよう譴責したが、本人はへいへいと空返事だった。時期に落ち着いてくれるんでは、とは思っているが。
双子姉妹については何も心配してない。きっと幼い頃から接客の手伝いをしてたのだろうし成績も優秀でそれを鼻に掛ける事もしない。そのため僕から見たら友達が多い印象だ。
ただ、学内でコーヒー豆の訪問販売をするのは如何なものか? と、これもミモーゼンから言われている。しかし双子姉妹曰く、ミモーゼンは「太い客」らしい。かなりこまめに良い豆を買ってくれるし、リルツァとコーヒー蘊蓄を語り合う程に仲が良いらしい。教頭って立場上言わなきゃいけないのだろうと双子姉妹は理解してるらしく、学院長のヴィルムから言われたなら自粛しますと言っていた。なお、二人は学内外ででもコーヒー豆が販売できるよう「中街行商許可証」を取得していた。ここまでくると商売人だな。
二回生たちは中級侍女試験に向けて目下勉強中だ。この試験を突破すれば就職にも有利になるばかりか、冬に行われる女官試験を受けられる。それも合格してしまえば、ノンキャリアだが学卒後は官吏として働く事も出来るのだ。競争倍率は恐ろしく高いが王宮でも勤務可能である。
しかし冬にある女官試験は相当ハイレベルな国家試験のため中等学院で受かるなんて非常に稀で、最年少記録が当時十五歳だったラティオという少女だったという。その記録は二十年以上経っても破られていない。
で、なんの運命かその少女ラティオは僕の妻ルーチェ、当時の第三皇女リーナ殿下付きの侍女として働いてたのだから事実は小説よりも滑稽だと思っている。
「ちょっと待って! 侍女試験って会計帳簿もあるのー!?」
「当たり前でしょ? 侍女や女官なんて帳簿の記帳手伝いやお金の管理も必要なんだから。ジェイリーさんも自身の管理を任せる人を雇うなら、お金の管理も出来ない人を雇いたくないでしょ?」
「デリッカちゃん。そんな事考えたこともないよ」
「んー、デリッカちゃんの言ってる事分かるー! 今日は惣菜パンあと何個食べて良いとか言ってくれたら助かるもんねー」
「もぉミノンさん、そんなもん何個も食べるもんじゃないわよ! しかも勉強しながら食べない!」
「デリッカちゃん、一個食べる?」
「───ちっちゃいの貰うわ」
和気藹々だ。面倒見の良いデリッカがジェイリーとミノンを見てくれている。ジョルジェやポーリァも見てくれるため、五人が当に一丸になって頑張っているのだ。見ていて心が温まる。
「じゃあこれとこれはデリッカちゃんにあげるね、これはジョルジェちゃんとポーリァちゃん。あ、これはジェイリーちゃんと二人で食べよう?」
「いいけどー、ミノンちゃん。とうしたのこんな一杯の菓子パン」
「ん? 最近登校前に親戚のパン屋さんでアルバイト始めたから!」
いつかはパンを美味しく焼きたいと言ってたミノンもいいバイト先を紹介してもらったんだな。道理で小麦の甘い香りを漂わせて早朝自主訓練してるのか。
「良いですわよね、頑張ってる皆んなの姿って」
僕が剣士教習帳を付けてた時にカロリーナが言う。そうですね、青春ですよねと応えた。学生の本分は勉学、そういうが友情を育む方が本分だと僕は思っている。ウェーイとか言ってただ遊び歩いてるだけなのは友情だとは思わない、ただの享楽主義者だろう。
「ところでラフェルさんはアンジェ先生の横で何してるの?」
「あ、はい。受験勉強です!」
かの羊飼い事件以来、ラフェルは人生について結構悩み、考えたそうだ。今までは卒業したら就職して結婚してとかなり漠然とした考えで生きてたらしいのだが、今回の件を気に夢を持てるようになったという。
「私も女学校の先生を目指そうと思ったんですよ。後進を教え諭して期せよと示すような、教師になろうと思いまして!」
僕はそれを聞いたとき、ラフェルのあまりにも純粋無垢な気持ちに目眩を覚えた程である。僕のように紹介されたからなんとなく赴任した、志が希薄なサラリーマン的教師でなく、彼女は聖職者としての教師を目指すと宣言したのだから。
「アンジェ先生のように生徒思いで一生懸命、それに頑張り屋さんな教師になりたいです」
と、目をキラキラさせて言われた時には、あまりの衝撃に卒倒しそうになってしまった。何せ僕は人様に憧れを抱かれるような教師だとは思えないし、その様に振る舞えてるとも思っていない、ただ我夢者羅に取り組んでるだけなのだから。
「ですから、領都にある師範学校目指して頑張ろうと思ってます!」
教師になろうとするなら、一部の特殊教科なら別の進学先があるだろうが、普通なら師範学校を目指す。なお、一般の高等学院卒業と同時に専攻科目の教員免許は取得できるので、僕もこうやって教員として頑張れるのだが。
「へぇ、ラフェルさんも人生について目標が出来たなんて素敵じゃないですか♡」
「えぇ。いつかはカロリーナ先生の良き後輩になれるよう頑張りたいと思ってます」
「ってことは、ラフェル君はザントバンクの教員になりたいって事なのかい?」
僕は思わず訊く、ラフェルは微笑むとこういったのだ。
「いえいえ、女学校が希望ですね。うら若き乙女達に囲まれてキャッキャウフフしながら教員として奉職したいと思ってます」
どこの学校にも剣闘術会はあるので教士資格を取れば今の僕のような教員生活を送れるかもしれない。しかし女学校希望というのは何か別の理由でもあるのだろうか?
「私だって妹が一杯欲しいですからね」
───動機が不純だった。それより前回のルーチェとの「姉妹ごっこ」が気に入ったのかと思うと心が痛い。
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