アントニー
「・・・こ、ここは?」
宿屋のベッドの上でシオンは目を開けた。
「よっこいしょ、痛っ」
体を起こそうとしたら左肩に激痛が走った。
「まだ無理をするなよ。肩に大けがしているんだからさ」
ペーターは桶に入った水で冷やしたタオルをしぼりながら言った。
「お前のトカゲが後を追って飛び出したから、それを追っていったら橋の上で肩から血を流して倒れているんだもん、びっくりしたよ。なんとか俺とトカゲでここまで運んだけど、大変だったよ」
シオンは左肩に右手を伸ばした。指先が触れると激痛が走り、顔をゆがめた。傍らにいたコトラが心配そうにシオンの顔を覗き込んだ。
王国最北端の村。はるか北西にはまだ山頂に雪が残っている山脈が見える。その村のはずれに一軒の小屋があった。
「ご無沙汰しております、ジャック殿」
騎士風の男が頭を下げた。男は白銀のライトプレートメイルを身に着けており、傍らには王国の紋章の入った剣と盾が立てかけてあった。
「アントニー、何をかしこまっているんじゃ。お前さんとわしは親友じゃないか」
向かいに座ったジャックは言った。二人はテーブルに向かい合わせに座っていた。ジャックとアントニーは12年前、王国を襲った魔王と戦った仲間であった。戦いの後、ジャックは隠居をし、アントニーは国王に使え騎士団長となった。
「いえいえ、あなた様は王国を救った英雄。わたくしは王国に使える騎士でございますゆえ、失礼を働いてはなりませぬ」
アントニーは慇懃に答えた。
「まあ、お前がそう言うんじゃ仕方ないの。それで、今日はこんな田舎へ何の用で来たんじゃ」
ジャックはアントニーに尋ねた。
「はい。まだ公にはしておりませんが、魔王グリッドルフの封印の宝玉が盗まれました」
「なんじゃと!宝玉がか!あれは厳重に守られているはずじゃないか」
「ジャック殿の魔物よけの結界は万全に機能しておりました。しかし何者かが侵入して持ち去ったのです。警護にあたっていた私の配下も数人殺されました。おそらく忍び込んだのは人間で間違いありません。それもただの盗賊ではなく、王国の中でも腕の立つ騎士を何人も倒すほどの腕前。かなりの手練れだと思われます」
「それは困ったことになったの。封印はすぐには解けないとしても、常に魔力を注いでいなくてはいずれ破れてしまう。そうなる前に何とかして取り戻さねばなるまい。封印が解けてしまっては、今の儂ではどうにもできんぞ」
「我々も総力を挙げて探しておりますが、一向に手がかりが見つかりません。万が一にそなえて王国の戦力を集めている最中です。ぜひジャック様にも王城へいらしていただきたいのです」
「そうか、儂で良ければ行ってもいいが、マリアには声をかけておるのか」
「はい、マリア様にも別のものが向かっております」
「そうか、支度が出来次第向かうとしよう。王に会うのもひさしぶりじゃな。もう一人有能な魔導士がおるんじゃが、・・・、いや、いい。彼女を危険な目にあわせるわけにはいかん」
そう言うと二人の間に沈黙が流れた。
町はいつもの賑わいを見せていた。通りは人通りが多く、店では活気の付いた声が飛び交っていた。ペーターはシオンを宿屋に残して、買い出しに来ていた。とある店で買い物をしているときに、町の人の会話を耳にした。
「おい、今日の朝、橋で何か乱闘があったそうだぞ」
「見るからに怪しい連中がうろついているのと関係あるのか」
ペーターは買い物を済ませて宿屋に戻った。
「おい、シオン、怪しい奴らがうろついているらしいが、お前を探しているんじゃないか」
シオンはベッドに横になったままペーターの方を向くと、
「どうかな。私かな、それともコトラかな、どっちだろう」
と言い、ゆっくりと起き上った。ベッドの上のコトラは安心した様子で丸くうずくまっていた。左肩の傷を治そうと傷口に右手を添えて、「痛いの治って」と唱えるが、痛みのため魔法は発動しなかった。
床にはエレメンタルワールドに戻れず、疲労したさんちゃんが伸びていた。