猫ちゃんです
「おい、ミルダークが見えてきたぞ」
シオンの前方を歩いていたペーターが言った。先日、干し肉サンドでシオンの胃袋をゲットしたペーターはシオンに随行を許可されていた。二人はあの後街道を王都へ向けて南下し、三日目にミルダークへ到着した。
「お前のストーン・シェルは安全でいいんだけど、地面に横になると寝心地が悪いんだよな。久しぶりにふかふかのベッドでねれそうだ」
シオンの方を向いて言うと、
「ふん、じゃあもう入れてやらない。ペーターはこれからは外で寝てよね」
ふてくされて言い返した。
ペーターがシオンの機嫌を取りながら、二人はミルダークの門をくぐった。
町の中心部へと向かう道を歩いていると、路地から
ミャーミャー
と鳴き声が聞こえた。
それを耳にしたシオンは、
「ネコさんだ!」
と叫び、ペーターをおいて路地へと入っていった。路地は狭く薄暗かったが、太陽はまだ高く、日の光がすこし差し込んでいた。シオンが進んでいくと、木の箱の後ろに何か動く物があった。シオンは腰をかがめ、両手を差し出し、
「ほーら、ネコちゃん、怖くないよー」
と言いながら近づいて行った。木の箱のそばまで来ると猫の姿が確認できた。小さな子猫で白地に灰色のトラ柄であった。痩せこけてひどく怯えており、シオンを見ると身を丸ませてプルプル震えた。
「ネコちゃん、おいで」
手を伸ばせば子猫に触れる所でシオンは止まった。子猫は相変わらず怯えており、シオンの方へと来る様子はなかった。
「そうだ、いいものあげる」
そう言うと、バッグの中を漁り、干し肉を取り出した。
「おなかすいたでしょ。ほら、これを召し上がれ」
子猫に差し出した。子猫は怖がりながらも干し肉に近づき、一度シオンの方を向くと干し肉を食べ始めた。干し肉を食いちぎっては飲み込んで、食いちぎっては飲み込んでを繰り返し、シオンが出したものを全部食べてしまった。すると子猫はシオンの指を舐め、手のひらに乗った。
「おなか空いていたのね、可哀そうに。一緒においで、もっと食べさせてあげるから」
そう言うと、子猫をローブの胸元から中に入れた。
「おい、何してるんだよ」
シオンが付いて来ていないのに気付いたペーターが引き返して、路地の奥にいるシオンに話しかけた。
「ううん、何でもないよ」
そう言うと、シオンは路地から出た。
しばらく歩いて、買い物をしつつ一軒の宿屋の前に着いた。
「さっき聞いた情報だと、ここの宿が安くて飯もうまいらしいぜ」
ペーターは得意げに言い、中へ入っていった。宿屋は綺麗とは言い難かったが清潔であり、主人も物腰柔らかく、雰囲気は良かった。二人は親戚の家へ行く兄弟ということにして二階にある一部屋へと通された。部屋へ入り、荷物を置くとシオンは胸元から子猫を出してあげた。
「なんだ、その子猫は」
ペーターは驚いたが、
「さっき拾ったの」
シオンはさらっと答えた。バッグの中から道すがら買ったミルクを出すと、それをお皿にあけ、
「ほら、子猫ちゃん、これをお飲み」
と言った。子猫はお皿のミルクを一生懸命舐め始めた。
「拾ったって、いつ拾ったんだよ。あ、さっき路地裏でだろ。まったくしょうがないな」
ペーターも子猫に近づいた。二人で子猫がミルクを舐めるのを見ていると、
「そうだ、名前を付けなくちゃ」
シオンが突然言った。
「なにがいいかな、ミケ、タマ、うぅん違うな。トラ柄の子猫だからコトラ。コトラにしよう」
子猫の名前はコトラに決まった。
コトラがミルクを全て飲み干そうとしていた時、窓の外から話し声が聞こえた。
「おい、見つかったか、白い子猫」
「いいや、こっちにはいなかった。見つけられないと俺たちヤバイぜ」
男二人組が向いあって話していた。
「よし、今度はこっちに行こう」
二人組は去っていった。
「おいおい、白い子猫って、この猫じゃないのかよ。誰かに探されているぞ」
窓の外を見ていたペーターはシオンの方を振り向て言った。シオンは子猫を眺めていたが、ペーターの視線に気づくと、
「コトラは私のだもん」
そういって膨れっ面をした。