兎さんです
街を出たシオンは街道を南へと進んだ。
緩やかな丘陵地帯で一面小麦畑であった。そこを過ぎると右手に森が見えて来た。
陽気に鼻歌を歌いながら、足取り軽く歩いていると、一匹の野ウサギが飛び出して来た。
「あ、ウサギさんだ!」
シオンは大きな声を出し、ウサギを追いかけ始めた。
「待て、待て」
街道からはずれ、ウサギは森の中へと逃げ込んだ。シオンはわき目も触れず、ウサギの後を追い森の中へと入っていった。ウサギはピョンピョンと跳ねながら奥へ奥へと進んでいった。シオンも見失うまいと無我夢中に追いかけたが、やがて見失ってしまった。
「あれ、ここどこだろう。薄暗くて怖いな」
周囲は木々が生い茂り、頭上のわずかな隙間から日が差し込んでいるだけであった。
ガサゴソ
後ろで低木が音を立てるとシオンは飛び上がって怖がった。
「ヒャっ、おばけ?」
シオンはおばけが大の苦手であった。そのためその場で腰を抜かしてしまい、しばらく動けなくなった。
「うぅ、どうしよう。怖いよう。誰か助けてぇ」
弱音を言いながら、何とか起き上がると、四つ這いになりながら恐る恐る前へと進んだ。しばらく進むと、前方から人の声が聞こえてきた。
「やった、誰かいる」
喜ぶと同時に元気が出たのか、四つ這いの速度が上がった。
徐々に人声に近づいていき、ようやく会話の内容がわかる位置までやってきた。
「お前たちにはもう要はないんだよ」
するどい女性の声が聞こえた。
「そ、そんな、シレーヌ様。我々はあなた様のおっしゃる通りに行動いたしました。それなのになぜこんなことをなさるのですか」
声を震わせた男性の声がした。
「お前らごときとの約束をわが主が真剣に交わしたとでも思っておるのか。利用したにすぎないのだ。まだ分からないのか。さっさと死ね」
恐怖に怯えている男に向かって女性は右腕を上げた。
「地獄の業火の守り主、アレゴルよ力を貸したまえ、我が名はシレーヌ」
すると女の右手からファイヤーボールが飛び出し、男に命中すると全身火だるまになり、絶命した。
「ひぇっ」
シオンは驚き、思わず声を出した。
シレーヌと呼ばれた女は声の方を振り向いた。
「そこ、だれかいるのか」
再び右手を差し出し、呪文を唱えた。
先ほどのファイヤーボールが飛んでくると思ったシオンはとっさに両手を前に出すと、
「守って!」
と叫んだ。
するとシオンの両手の前に直径30センチメートル程の光の壁が出来た。その一瞬後、シレーヌからファイヤーボールが飛んできた。
ファイヤーボールはマジックバリアに当たると、轟音と共に弾け散った。
「ぬっ、私のファイヤーボールが弾けただと」
シレーヌはシオンがいると思われる方向に体の向きを変えると、再び右手を差し出しファイヤーボールを詠唱した。
二発目のファイヤーボールもシオンはマジックバリアで防ぐとシレーヌは厳しい表情をした。
「何者か知らぬが、私の魔法をこうも弾いてくれるとはただものではないな」
シレーヌは今度は左手を掲げ、指輪をはめた人差し指をシオンのいる方向に向けた。
「これならどうだ。地獄の業火の守り主、アレゴルよ力を貸したまえ、我が名はシレーヌ」
左人差し指にはめた指輪が光り、そこから3つのファイヤーボールが一斉にシオンのいる方へと飛んで行った。3つのファイヤーボールは3方向からシオンに襲い掛かった。それに対してシオンは、
「やだっ!、いやっ!、来ないで!」
反射的に叫んだ。するとシオンの周りに色の違う光の壁が3つ出現し、3つの光の壁はそれぞれファイヤーボールを跳ね返し、消失し、軌道を変えた。その有様をみて
「むっ、一人ではないのか」
三様の防御をされたシレーヌは相手が複数いるものと考えた。
「ならばまとめて倒すのみ!」
そう言うと、今度は両手を上にあげ詠唱した。
「我が親愛なる炎の騎士、エルフェンドールよ。その大いなる剣であわれな子羊を薙ぎ払いたまえ。我が名は・・・」
シレーヌの詠唱の最中、彼女の頭上には巨大な炎の剣が出現し、しだいに具現化していた。それをみたシオンは、
「もう、やめてっ!」
そう叫び、両手を前に出した。
すると風の渦、トルネードがシオンからシレーヌに向かって噴き出した。その勢いは凄まじく、シレーヌは一瞬で10メートルも吹き飛ばされてしまった。背中を強く打ち付けたシレーヌはしばらく呼吸が出来なかった。
「く、くそ。な、何だってんだ」
息もつっかえながら言うと、今度は懐から短い杖を取り出した。それを右手に持ち、ふら付きながらも前に差し出すと呼吸が整うのを待った。
およそ30秒後、大きく息を吸うと、
「もう手加減はおしまいだよ。ドラゴンブレスで吹き飛ばしてやるっ!」
狂気じみた笑みを浮かべたシレーヌは杖を上下左右に振り、宙に紋章を描いた。
するとその時、
ブォォォーーーーン
紋章が完成する直前、森の奥から角笛の音がした。
「こっちだ、こっちだっ!」
同じ方角から声がした。木々をかき分ける音や、何かを打ち鳴らす音も聞こえた。
「ええい、仲間が来たか。姿を見られては困る。今日は一旦引くか」
シレーヌは声とは反対方向の闇へと消えていった。
「こっちだ、こっちだ」
声はだんだんシオンに近づいてきた。
シオンは恐怖で腰を抜かしており、動くことが出来なかった。
「どうしよう、見つかっちゃう。あれ?私、悪いことしたっけ?」
パニックになりながら、あたふたしていると、木陰から男の影が踊り出た。
「まったく、何やってるんだ」
あたりは暗く男の顔は見えなかったが、声には聞き覚えがあった。
「後をつけてみれば、のこのこ森の奥へ行くし、なんかとんでもない魔法使いと戦っているし、見てらんないよ」
声の主はペーターであった。
ペーターはシオンの傍らまで行くと、腰をかがめシオンを背負った。
「ほら、こんなところ、さっさと退散しちまおうぜ」
ふら付きながらも二人は森を出た。