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悪役令嬢生成マニュアル

作者: 一般兵A

誤字報告してくださった方、誠にありがとうございます。

 あら、皆さま初めまして。私、此度からグロリアナ男爵家の令嬢と相成りました、エリザベートと申します。ええ、元はただのしがない街娘、いやそれ以下の汚らわしい商売女でございます。



 母も私も生まれたときから娼館暮らし、当然このような貴族社会と関わることもない生涯と考えておりました。しかし運命とは数奇なもの、母が病で世を去り、これから先をどう生きるか思惑していた私の元に男爵家からの使いが訪れたのです。曰く、私は現当主が若気の至りで母との間に拵えてしまったいわば私生児であるとのこと。懺悔の念に駆られたのか彼、すなわち父上は私を新たに男爵家の令嬢に迎え入れたい、と言うのです。



 なんら断る理由があるのでしょうか。私は即答でこの申し出を受け入れ、そして今に至るのです。



 客商売をしていただけあり最低限の社交術やマナーの技能などはスラスラ覚えることができ、傍から見れば一般的な令嬢とは変わらない程にはなりました。そして16の年を迎え、私も晴れて貴族学園への入学を果たすこととなったのです。



 さぁ、ここからが私の下克上のはじまりですわ!



 「あなたは強かな子なのだから、こんな掃き溜めではなくもっと上を目指し成り上がりなさい。」



 母の今わの際の言葉を胸に、私は新たな生活の一歩を踏み出したのです。




――――――




 私の狙う大出世、それは同学年に在籍していられる王太子、フィリップ殿下との玉の輿をおいて他にありません。次代の王妃の座に収まってこそ私の目的は成し遂げられるのです。



 その為に必須なのは主に二点。一つ目は殿下に気に入っていただくこと、二つ目は彼の婚約者たるスコッツ侯爵家の令嬢、メアリー様を蹴落とすことです。第一の課題は幸いにも私自身のかつての職業を活かせば何とでもなるようであり、持ち前の社交性と唯一褒められてきた容貌を用い殿下との距離を縮めることには成功しました。さて、ここで問題となるのがメアリー様の存在です。そもそも男爵家令嬢たる私が強大な権力を持つ侯爵家をどうこうできるはずもなく、本来であれば私など瞬く間に後ろ盾ごと消し飛ばされるのが世の常です。



 ではどうするのか、私は殿下とメアリー様の不仲の噂を利用することとしました。悪逆非道かつ傲岸不遜、断罪されるに相応しい悪役令嬢へと彼女を仕立て上げるのです。




―――――




 殿下は元よりメアリー様との政略結婚にはご不満だったようで、ほとんどの時間を私と過ごすようになりました。生徒会長の仕事は良いのか、と問えばこれまで面倒ごとは全て婚約者に押し付けてきたとのこと。



 ふと気になり生徒会室に踏み込めば、そこには案の定書類の山を黙々とさばくメアリー様が一人。相手に遠慮して自分の意思も言えないだなんて、ああ、なんて哀れで情けないのでしょう。ですがそれはそれで好都合です。作業の手伝いを行う旨を伝え、彼女が断る間も与えず私は強引に書類の一部を奪い取りました。



 ざまぁみなさい。一人で全ての作業を終えて殿下からお褒めいただこうとでも考えていたのでしょうが、そう簡単に手柄はとらせません。彼女には他人の手を煩わせたという醜態が、私には殿下に自主的に貢献したという忠義が残るのです。殿下からの好感度を集めるためにも、今後またお困りのことがあればまた自分を頼るようにと釘を刺せばなぜか満面の笑みで



 「ぜひ、宜しくお願いします。」



 と返されてしまいました。




 「誰にも助けを頼めず難儀しているところでした。お手伝いいただき誠にありがとうございます。」



 だなんて、私の真意にも気付かず呑気なものですこと。




――――――




 もちろん、彼女の心をへし折ることも忘れませんわ。念入りに、念入りに。徹底的にその自尊心をぶち壊して格の違いを見せつけてやるのです。




 あれは周辺諸国の有力者を招いた晩餐会でのことでした。通常では婚約者をエスコートして入場するのが当たり前なところ、殿下はその相手に私を選んでくださったのです。



 彼女からすれば屈辱この上ないものだったでしょうね。なにせ各国の来賓の眼前で堂々と捨てられたも同然だったのですから。孤独に入場するその姿のなんともまぁ、惨めで滑稽だったこと。



 あら、あそこにいらっしゃるのは隣国の王太子様ではないですか。なんでも国内の不作で財政は悪化、おまけに臣下の諸侯とも折り合いが悪いとのこと。丁度いいですわ。互いに崖っぷちに立たされた者同士、傷を舐め合っているのがお似合いですこと。



 戸惑うお二人を無理矢理引き合わせ、ダンスの場へ向かわせました。

   


 「美しく、とても聡明なご令嬢だ。彼女のような人材こそが我が国には必要なのだが…。」



 「とても誠実で、お優しい方でした。たった一夜の間でしたが、貴方の紹介のおかげで大変素晴らしい時を過ごせましたこと、感謝します。」



 二人そろって頭の中がお花畑なのでしょうか?私の策略に気付かないのか、それとも歯牙にもかけないとでも言うのか、全くもって不愉快です。なぜ彼女たちは手放しに私ごときに感謝の言葉を述べてくださるのでしょうか。今まで貴族からは罵倒だけを言われてきた身としては、いささかむず痒い気持ちになってしまいます。




―――――




 どんな場面であろうと好機を見極め、自らの利益に変える。それが相手を悪役令嬢に飾り立てるコツです。



 丁度その日は殿下とメアリー様のご喧嘩に居合わせたのです。内容を意訳するなら貧乏貴族出身の生徒の学費援助を廃止しようとする殿下を彼女がいさめようとなさっていた訳なのですが、どうやらその姿が彼の逆鱗に触れてしまったようなのです。



 瞬間、頬をぶたれ倒れこむメアリー様。突然の出来事にその場の一同全員が凍り付きました。


 扉の開け放たれる音に再び動きを取り戻す周囲をよそに、私は逃げるように部屋を飛び出した彼女の後を追いかけます。放っておけ、そんな言葉が聞こえたような気がしましたが今はそれどころではありません。彼女の心を追い詰める千載一遇のチャンスなのですから。



 いくつもの廊下を抜けた先、学園の校舎裏には一人うずくまる彼女の姿がありました。



 「…なぜ、殿下に私の声は届かないのでしょうか。ええ、分かっていますとも。彼の私への愛情がとっくに尽きていることも、もはや憎き怨敵でしかないということも。…でも、それでも私は成し遂げたい!彼とこの国をより良く治めると、そう誓ったのだから。なのに、なぜ、なぜ殿下は私を振り向いてくれないのでしょう?その事実が、変えようもない現実が胸に刺さるのです!彼からの愛を一身に受ける貴方を羨んでしまうのです!…だからこそ私は許せない、そんな浅ましい感情を抱く私自身が許せないのです…。」



 そうおっしゃる彼女の顔はぐしょぐしょに泣きはらしていました。常に冷静にご自分を律していらっしゃるあのメアリー様がですよ?これ程の好機、逃すはずがありません。



 私はそっと彼女を抱き寄せてつぶやきました。



 ご自身をあまり責めないでください。あなたはこれまでずっと頑張ってきたのですから。



と、一言聞かせてやったのです。




 これがまぁ、本当に効果覿面でしてね。心の枷でも壊れたかのごとく泣き崩れる姿、普段の彼女からはとても想像出来ないものでしたよ。幼少期から次代の王妃に相応しい振る舞いを強要され、それが当たり前とされてきた彼女からすれば努力を誉める言葉ほど得難いものはないんでしょう。だから私はその弱みに付け込みました。憎いと公言した相手に慰められるなんて、これ以上ない屈辱ですからね。あまつさえそんな相手に無様に嗚咽を漏らす様を見られるなんて常人なら耐えられるものではありませんから。



 ありがとう、ありがとう、と消え入りそうな声で言葉を紡ぐメアリー様の背をさすりながら、私は己の勝利の快感に浸っていました。決してかわいそうとか、そんな甘っちょろい同情ではありませんよ。これはあくまで彼女を悪役令嬢に仕立て上げる道筋に過ぎないのですから。




―――――




 さぁ、長いようで短い学園生活も終わり、私たちは遂に最後の大舞台、卒業パーティーを迎えることとなりました。私の手練手管でフィリップ殿下はすっかり魅了され、もはや恋人であることは公然の事実となっていました。生徒や来賓の方々が一堂に会する場にて殿下はメアリー様との婚約破棄、そして私との新たな婚約を宣言なさったのです。



 本当に長い道のりでしたこと。でもその分達成感も桁違いでしたのよ。かつて娼婦の子と蔑まれ、疎まれた私が遂に未来の王妃にまで上り詰めたのですから。私に婚約者を奪われたにもかかわらず、メアリー様が笑顔で拍手を送ってくださったのが少しばかりの不満ですが。



 ちなみにメアリー様にはその後、政略結婚の駒として以前晩餐会を共にした件の王太子様の元に嫁いでもらうこととしました。敗れ去った悪役令嬢の末期は断罪、からの追放がお約束ですからね。相思相愛なのだから恋愛結婚のはず?何を言っているのやら、私がそんなお優しい取り計らいをするはずがないでしょう。



 しかし、やるべきこととしてはこの先からが本番です。かねてからの計画に則り、まずは暗君たる殿下の権力を弱めましょう。そうすれば貧民街のインフラ整備、平民層への支援、総身分共通の平等な登用試験の実施など、私の大願も実現に漕ぎ着けれますから。



 なぜこんなことを望むのかって?決まっているじゃないですか、私を、母を穢れた出自と侮辱した方々への復讐に他ならないですよ。ええ、当然貴族の方々は慌てふためくでしょうね。なにせこれからは完全なる実力主義。平民も、貴族も、もちろん我々のような誰からも疎まれるような身分の者ですら努力次第で国家の中枢に至れる時代が訪れるのですから。己の階級にあぐらをかき、下々を見下していた連中の無様な転落、これ程の見物はないでしょう?



 事実、娼婦として暮らしてきたからこそ多くの人に触れる機会があり、その中には確かな素養を持ち、しかして身分の壁故に物事を成し遂げられない人々をよく見てきました。彼らならきっと出来ます。貴族優位の社会すら打ち壊す、大逆転劇を成せると、そう信じているのです。



 そういえば先日この国より旅立ったメアリー様のお見送りをしました。ええ、当然、彼女の惨めな門出を見物するためです。決して、決して最後の別れに感傷的になっていたとかそういうものではないですよ。だというのに彼女ときたら、まるでいつか母が言っていたように


 「貴方は強かな方です。どうか我が祖国をよろしくお願いします。」



 だなんておっしゃるんですもの。最後までおめでたい方ですこと。全てお見通しであるからこその余裕なのか、それとも、私の下劣な正体にも気付かない本当にお人好しな方だったのでしょうか…。



 泣いているのかって?いいえ違いますよ。これはその…汗です。多分。彼女と私はいわば互いの足を引っ張り合った敵同士、そこになんの感慨もありません。別に寂しいとか、そんなこと考えもしてませんからね。



 ええ、当然言われなくても分かっています。いつかあの方が再びこの国に足を踏み入れた際、侮られるようでは恰好など付きません。決して失望はさせませんから。彼女に託されたこの国家、必ず私が理想郷に変えて見せますよ。誰であろうと輝ける機会がある時代、それを私は見たいのです。



 今、私は大きな改革の一歩を踏み出したのです。

ここまで読んでくださったこと、誠に感謝します。


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― 新着の感想 ―
[一言] 素直じゃないなあ。 でも、そんな彼女をわかっている悪役令嬢がいるから、頑張れるのかな。
[一言] 後の史書にはこう綴られる・・・・・。 「王太后エリザベートは生来の苦労人にて」
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