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不完全な私達  作者: 紅井さかな
6/20

3,共犯者

閲覧ありがとうございます。


至らない点がまだまだあると思いますが引き続きお楽しみいただけますと幸いです。



「大丈夫ですか?また泣いてる。話し聞くよ?」



 そう言って彼は私に手を差し伸べて来た。ナンパなのか?いや、こんな私が誰かに求められる訳がない。そうだ。きっとただの怖い人。速く逃げたい。

「大丈夫です」

 私は彼の手を取らずに、重たい身体をゆっくりと起こす。

「では」

 軽く一礼してその場を立ち去ろうとした。ズキっ。足が痛む。

「やっぱり大丈夫じゃないよね?近くにカフェがあるからそこで手当してもらおう。ほら!」

彼はまた手を差し伸べて来た。断る元気もなくなっていた。辛さと自分の弱さからなのか彼の手を取ってしまった。「でも本当は優しい人なのかも」と、少しの期待を持っていた。


「もうすぐだから、頑張ってね。歩かせちゃってごめんね」

 彼は優しく微笑んでいた。その表情は偽りのないまっすぐな笑顔に見えて、私の作り物の笑顔とは全然違った。少しだけ心が温かくなる気がした。


カフェに着いて、店員さんに手当してもらった。その間もずっと彼は見守ってくれて、店員さんもすごく親切にしてくれた。嬉しいはずなのに、その優しさが苦しかった。「何で私みたいな奴にこんなにしてくれるんだろう」という疑問が湧いてきて苦しかった。迷惑をかけてしまった事に罪悪感があった。


「せっかくだし何か飲まない?僕奢るよ」

「いろいろとありがとうございます。助けていただいたので私が払います」

「いいって。僕が無理に誘ったんだし」


 店の中は、私達の他にサラリーマンに見える男性と、話し込んでいる二人の主婦がいた。そんなに混んでいる訳でもなく、とても穏やかな空気が流れていた。どこかで聞いたことがあるような、おしゃれなクラシックが流れている。私は落ち着かず、ソワソワしていた。


 彼は茶髪の明るい髪で背が高く、世間的にモテそうな印象だ。彼はミルクティーを飲んでいた。マグカップを大事に抱え飲んでいる姿は何だかトイプードルのようだ。ミルクティーが彼だけの為に存在するかのように彼の雰囲気にすごく似合っていた。その点私はブラックコーヒー。私の今の心の中みたいに真っ黒だ。可愛げのかけらもない。でもコーヒーは好きだし、奢ってもらうのに高いもの頼むのも悪いしね。選択肢をもらえるだけ人形にはありがたい。


「ショパンのノクターンだね」

 音楽に詳しい人なのか、私の思ってることが顔に出ていたのか、彼はそう教えてくれた。

「え?そうなんですね。あの…何で声掛けてくれたんですか?」

「普通に泣いてる子ほっとけないなって思ったのと、君なんかミーアキャットみたいで気になっちゃってさ」

「…悪口ですか?」

「違うよ。可愛いって意味」

「そうですか」

 私、今ちゃんと笑えてるかな?変な人だけど凄く親切にしてもらったし、この人を不快にさせてはいけない。いつもの笑顔出来てるかな?


「で、ミーアキャットくんは何で泣いてたの?話したくなかったら話さなくてもいいんだけど…」

 彼は落ち着いた優しい声で聞いてくる。

「ミーアキャットくんって何ですか?私これでも女なんですよ」

「くんの方がしっくり来るかなって。特に意味はないよ。最初からちゃんと女の子だと思ってるし」

「そうですか」

 不快にさせたくないと思っているのに、こんな風に誰かと普通の会話をするのが久しぶり過ぎてうまく話せない。何だかぶっきらぼうになってしまう。私、絶対に感じ悪い。

「その方がいいよ」

 また私の感情を読み取ったかのように彼は話しかけて来た。

「ミーアキャットくん、さっき無理に笑おうとしてたでしょ。辛いときは無理に笑わなくていいんだよ」

「え?でも失礼じゃないですか…?」

 そう言いながら私はすでに泣いていて、涙を抑えきれなかった。他人にこんな事を言われたのは初めてだった。本当はずっと我慢していた。昨日の出来事と、親切にしてもらえた怖さと、そう思ってしまう自分が嫌で感情に押しつぶされそうだった。人前でこんなに泣いているのも幼少期以来で、恥ずかしくて彼の目を見れなかった。


「ひなた」

「え?」

「名前、ひなた…」

「お、おう。僕は楓。よろしく」

 楓はハンカチを貸してくれた。怖い人ではなさそうだとやっと思えた。

私の事を何も知らない彼だからこそ、心を開ける気がした。人形と言うレッテル抜きで私だけを見てくれている気がした。まだ信用は出来ないけれど。私はあふれる涙をこらえながら、ゆっくりと口を開く。

「私、学校へ行けないの」

 怖かった。人に気持ちを話すのは、悩みを話すのは初めてだったから。

「そうなんだ!僕と一緒だね!何も気にする事はないよ!」

 楓の意外な反応に驚きを隠せない。全然そんな風には見えない。

「え?そうなの?でも私学校ではすごく暗くて、今日イメチェンしたからこんなのだけど、同級生とも全然うまくいってなかった」

「辛いよね。学校という箱に閉じ込められる意味が分かんないよね」

 楓も学校で何かあったのか。今の彼からは全く想像が出来なかった。気になる事が沢山あった。

「楓くんは今どうしてるの?私家にも居場所がない。両親ともうまくいってなくて…」

「僕はいろいろあって退学して、高卒資格を通信制でとった。僕も家に居たくなくてさ、働きながらだったよ」

「楓くんって何歳?どうやって仕事したの?保護者の同意とかいらなかったの?」

 聞きたい事がありすぎて、質問が止まらなくなってしまう。


「うーんと、一つずつ答えたいが、手っ取り早い解決方法を提案しよう。教えて欲しい?」

 彼の瞳が何だかキラキラしている。夢をみつけた子どものように。


「教えて欲しいです」

「よし。僕の所でバイトしない?」

「え?」

「僕、曲を作って動画投稿をする仕事をしてるんだ。事務所兼家って感じの所に住んでるんだけど。編集のちょっとしたお手伝いとか家事代行とか。どうかな?」

「すごい!けど、いきなり家!?」

「変な意味じゃないよ。他にも一緒に仕事している仲間はいるし、無理にとは言わないけど。人手が足りなくてさ。賄はただだよ」

「そんな!食べ物で釣ろうとしてる?」

「食べ物好きでしょ。僕は好きだけど。もしも困ってるなら力になれるかなって。僕も学校に行けなくなった時、こうやって今の会社の人に助けてもらったんだ」

「私の事変な人だなとか、怪しいなって思わないの?」

「僕の方が変だし、怪しいよ。こうやってミーアキャットくんと話してみて、全然嫌な感じしないし、むしろ話しやすいよ」

 本当にこの人を信じて大丈夫だろうか?事件に巻き込まれたりしない?でも行く場もないし…恩返しはしたいけど。

「無理強いはしないよ。嫌だったらすぐにやめてもらって構わないし。お給料は日払いにするし。悪い話ではないと思うんだけどな。あと僕、個人的にミーアキャットくんともっと話してみたい」


 嫌ならすぐやめていいって言ってた…少しだけ…信じてもいい?


「…じゃあ」

「じゃあ?」

「とりあえず一日だけでも大丈夫?」

「本当に!?すごく助かるよ!嬉しいな!」


 何で私なのか。疑問は沢山あったけれど私自身も楓という人物にすごく興味が湧いていた。急展開すぎてびっくりする。でも不思議とさっきまでの漠然とした不安は薄れていた。ほんの少しだけれど希望の光が見えた気がしたんだ。


家に帰れば両親が居て、きっとこの髪の事をしつこく聞かれて、楽しい学校生活を送っているかのように、笑顔で話をする。また私は、息を吐くように嘘をつく。でも明日からは、いつもと違う新しい日常が始まる。不安はあったけれど、楓には悪いけれど、共犯者が出来たようで嬉しかった。そして何より、楓のキラキラした瞳が、夢を見つけた子どものような表情が、焼き付いて離れなかった。



「ミーアキャットくん!明日の九時にこのカフェに集合で良い?」




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