7,蜉蝣
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至らない点があるかと思いますが楽しんでいただけますと幸いです。
「ひなた!!」
遠くから私を呼ぶ声がする。聴きなれた優しい声。楓……?でもそんなはずはない。楓がこんな所に居るはずがない。私がそう願っているから声が聞こえただけ。きっと幻聴なの。いつだってそうだった。私はいつも一人。私は人形。
「ちょっとどいて!」
沢山の野次馬をかき分けて誰かがこちらに来るようだ。
「ひなた!!大丈夫か!?」
それは楓だった。幻聴じゃなかった。この高校の制服を着た楓が息を切らしてそこに立っている。
「やめろ!」
そして思い切り消火器を吹きかけて来た。景色が白く染まっていく。その光景が私にはスローモーションのように見えて、すべてが白く消されていくようで何だか美しかった。
「きゃー」
「何なのこれ」
杏や桃、他の生徒たちの悲鳴が聞こえてくる。そして私の上に馬乗りになっている大河も咳き込んでいる。
「いってー」
目の前が白くて良く見えないが、大河が私の上から転んで居なくなっているようだ。
いまだ。逃げなくちゃ。
「ひなた!」
私は楓に手首をつかまれ、白い煙の中を走った。皆がどんな表情だとか、人に迷惑をかけてしまったとかもう、そんな事を考えている余裕はなかった。後ろを振り返る事はなかった。
外は何事もなかったかのようにいつもと変わらない風が吹いていた。校門まで来ると田中さんが運転する車が停まっていた。中には樋口さんもいて車に乗り込むと上着を掛けてくれた。皆心配してくれていたようだった。とても嬉しかった。
校舎の方からは騒ぎ声が聞こえてくる。その声が私を追いかけてくるようで、鼓動が治まらなかった。私は耳をふさいだ。呼吸が荒くなる。
「ひなた。大丈夫か?いや、大丈夫な訳ないよね。すぐ助けてやれなくてごめんね。怖かったよね」
そして私を優しく抱きしめてくれた。
「助けてくれてありがとう……ありがとう。死ぬかと思った」
気づくと私は声を上げて泣いていた。怖かったのと、助けてもらって嬉しかったのと、楓に抱きしめられて安心したのといろんな感情が混ざって心がぐちゃぐちゃだった。子どものようにわんわん泣いていた。落ち着くまでしばらく時間がかかった。
楓の家に着いた。楓がミルクティーを作ってくれた。水面に映る自分の顔は眉間にしわが寄っていて、とても疲れていた。ミルクティーをそっと一口飲むと、柔らかい甘さが広がった。張りつめていた気持ちが溶けていくようだ。
田中さんと樋口さんもすごく心配してくれていたが「きっと二人で話したい事もあるだろうから。隣の部屋にいるから、何かあったらすぐに来るからね」と言ってくれた。嬉しいはずなのにやはり、優しさが心にしみて痛かった。どうして私に優しくしてくれるのだろう。私なんて人形である事しか価値がないのに。そう。人形である事しか価値がなかった。人形ではいられなくなった私には何の価値もない。素直に好意を受け止められない。そんな自分もまた、嫌いだった。
楓が優しく話しかけて来る。
「落ち着いた?……もしかして家で何かあった?」
「学校から連絡が来て父と母に学校に行ってないのがバレたの。そこまでは想定内だとしても携帯と財布も取られて連絡できなかった。ごめんね。私の話は両親に聞いてもらえなかった。学校に行くって流れになるまで、怒鳴られて、責められて、叩かれて、怖かった」
「そうだったのか。御両親にバレた時の対策とか、僕もそこまで気が回らなかった。僕がこっちの世界にひなたを引き入れたのに無責任でごめん」
楓はやはり優しかった。「人形」じゃなくて「私」を見てくれる。話を聞いてくれる。怒鳴らないでいてくれる。責めないでいてくれる。とても話しやすかった。
「楓は何も悪くないよ。私が自分で選んでここに居るんだから。……私ちゃんと人間だったの。人形じゃなかった」
私は楓に伝えた。楓だから伝えられた。
「私、もう作り笑いなんて出来ない。何でもいいよって言えない。人形じゃない私なんて誰も好きになってくれないってわかってる。人形じゃないならいらないって思われるの知ってる。でも、もう苦しい。もう前みたいに出来ない。どうしたらいいのかわからない」
何の価値もなくなった私はこれからどうやって生きていけばいいの?
「僕が見て来たひなたは最初から人間だったよ。……そのままでいいんだよ。そうやって思えるようになったなら、自分を大切にして、自分の気持ちを優先していいんだよ。人形はもう灰になって消えた。今からひなたは新しいひなたで自分の事もちゃんと大切に出来る人間になるんだ。自分の事も大切に出来てこそ、他人からも大切にしてもらえるし、自分も他人を大切に出来る。自分だけが犠牲にならなくていいんだよ。もう苦しまないで」
自分を大切にするって何?何の意味があるの?
「もしそれでひなたから離れていく人が居たら、淋しいかもしれないけどその人はひなたを好きではなかったのかもしれない。でもひなたをちゃんと好きになってくれる人はいるから。絶対いるから。少なくとも僕はひなたが好きだから」
本当に?私は人の好意も素直に受け止められない程ひねくれてるのに?
「でも、学校は?両親は?また私怒鳴られるの。そもそも話自体聞いてもらえない。今日の事だって帰ったら、また怒られる」
「大丈夫。一緒に一つ一つ解決していこう。今日の事も大丈夫だよ。一人じゃないよ。」
そう言う楓の言葉に私は安心して気づくと眠りに落ちていた。
夢を見た。私は暗い海の中を泳いでいる。また上へ泳いでいるつもりが下へ下へと泳いでいる。そこへいつもの不気味な魚が現れた。
「ニンギョウ。お前はこのまま沈んでいくんだ」
「私はもう人形じゃない。ここから出たい」
「お前には無理だ」
「無理でも変わりたい」
「黙れ。お前なんかタベテやる」
魚が襲い掛かってきた。私はまた、方向が分からない中で必死に泳いで逃げようとする。すると遠くの方に明かりが見えた気がした。そこへ向かって泳ぐ。苦しくて苦しくて意識がなくなりそうだった。ふと後ろを振り返ると怖い魚は居なくなっていた。そして私は明るい場所にたどり着いた。水面が太陽の光でキラキラと輝いている。色とりどりの可愛らしい魚たちが楽しげに泳いでいる。……私はこんな海が好きだった。
私はハッと目を覚ました。泣いていた。
頬を流れる涙が温かかった。
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