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不完全な私達  作者: 紅井さかな
10/20

5,虚像

閲覧ありがとうございます。

まだまだ至らない点があるかと思いますが楽しんでいただけますと幸いです。



「だから僕は全然凄くなんかないんだよ。ミーアキャットくんにアドバイスなんかできるような人間じゃない。田中さんと樋口さんが居なかったら弱くて卑屈だった」




楓の過去の話を聞いた。私は楓に何と言葉をかけてあげたらよいのかわからなかった。やっぱり私は無力だ。私が思っていたよりもずっとずっと深い闇の中に楓は居たんだ。


「……そんなことないよ。ちょっと待ってて」


暗い顔をしている楓を見るのは嫌だった。


「冷たっ」


私は近くの自販機でミルクティーを買ってきて楓の頬にあてた。

「わー!これ僕が好きなやつ。ありがとう!」

「楓は優しいよ。誰の事も傷つけてないじゃん。赤の他人だった私の事も助けてくれて、うまく言えないけど、私の中では楓は神様みたいなんだよ」

「……そんな褒めちぎったって何も出ないからね。でも、ひなたに話せて良かったな」

「え?初めて名前で呼んでくれたね」

「そうだった?」

「そうだよ!」

「ずっと名前で呼ぼうとはしてたよ。でもずっとミーアキャットくんだったからからなんかタイミング逃しちゃって」

 

そう言って楓は無邪気な子どものように笑っていた。


楓が私にしてくれたように私も寄り添えるようになりたかった。こんなことしか出来ない自分が何だか情けなかった。


楓を傷つけてしまいそうだから、それ以上過去の事は聞けなかったけれど、話してくれたことが嬉しかった。


楓は、杏が香織先生とそっくりだという事にとても驚いたという。さすが親子だ。そして楓はカラオケボックスで私と出会ったあの日、「昔の自分とひなたの姿が重なったから声を掛けた」と言っていた。



私は杏と楓の意外な繋がりも驚いたが、それよりも大島先生が楓の元担任だった事が衝撃的だった。大島先生は危ない人なのではないかと言う私の感が働く。私は梢と大島先生が接吻している所を見てしまっていたから、楓の話を聞いて、昔から大島先生が生徒と色恋沙汰を意図的に起こしていたのではないかと考えた。楓は優しいから「大島先生は具合が悪くて倒れたと言っていた」けど、わざと楓を陥れたのではないのだろうか。でも何のために?楓は学級委員もして真面目に頑張っていたようだったし。それとも普通に楓が好きなタイプだったから近づいた?考えれば考える程分からない。


頭の中が上手く整理できず、パンクしそうだ。ただ、大島先生には何かあるという疑いが深まるばかりだった。もしかして画鋲事件の犯人も大島先生だったりするのだろうか?動機は大島先生と梢の秘密を見てしまった私が邪魔だったとか……?

解決まで導くことは出来なかった。





それから一週間ほど後の事である。ついに学校から自宅の両親に連絡が入ってしまった。学校を休み過ぎたせいで出席日数が足りないから進級出来なくなるという事だった。私は両親の前では学校に行っているように演じて来た。朝、制服を着て家を出て、夕方帰って来ては学校で「今日こんな事があったよ」と楽しげに話していた。両親はそれをすっかり信じていたのだ。実際は一か月程登校していない。


その日もいつも通り家を出て、楓の家に行き、夕方帰宅したのだった。

「ただいま」

「ひな!!」


母から頬をひっぱたかれた。何度叩かれても慣れないものだ。鈍い痛みが走る。

「ひな!何で学校行ってないの?!ママ悲しい!!」

「あの……」

「言い訳なんて聞きたくない。今日大島先生から連絡あってママ恥ずかしくて恥ずかしくてなんて答えたらいいのかわからなかった。しかも学校に行かなくなる前の日、お友達のお顔殴ったらしいじゃないの。どうして?ひなはそんな子じゃなかったでしょ?」


私の話を全く聞く気がない母に絶望した。やっぱりいい子じゃない私はいらない子なのか。私は無言で二階の自分の部屋に閉じこもった。

「パパが帰ってきたら、パパにも叱ってもらうからね!」

一階から母の叫ぶ声がする。私は怖くてたまらなかった。




私は両親に愛されてなどいない。




画鋲事件が起きる前、よく杏から「ひなたはいいよね。パパとママから大事にされてさ」と言われる事があった。でも両親は私の事は好きじゃない。自分たちのいう事を従順に聞く「人形」が好きなのだ。私は両親からの束縛にこんなに苦しんでいるのに、大事にされているように、恵まれているように他人に見られるのが辛かった。誰にも理解してもらえなかった。



父が帰って来る音がした。私は何を言われるのだろう。話も聞いてもらえなくて一方的な説教を受けて、私はどうしたらいいのだろう。

ドンドンッ。私の部屋のドアを叩く音がする。

「おい!ひなた。話はママから聞いた。出てきなさい」

「……」

「おい!返事くらいしろ!」

「……」



ドアの前でヒソヒソト父と母が話している。

「ねえ、ひなちゃん。ママとパパ怒らないから出てきて」

「……話聞いてくれるの……?」

「当り前じゃない」


私はほんの少しだけ期待をもってドアを開けた。

ガチャ。

「……ひなちゃん」


母は泣きそうな顔をしていた。

その時何かの衝撃で視界が揺らいで、私は部屋の前で倒れた。父にひっぱたかれたのだ。すごく痛い。


「誰のおかげでここまで成長できたと思っているんだ。勝手な事しやがって。誰の金だと思っているんだ。俺が毎日、汗水流して頑張って働いてきたんだぞ。なのに恥かかせやがって。お前の性格が悪いから学校でうまくやれてないんだろう?!」


「……そんなにお金が大事なら子どもなんか作らなきゃ良かったじゃん」



私の気持ちなんか両親にはきっと一ミリも関係ない。届かない。ドラマで見るようなあたたかい家庭を私は一生手に入れる事は出来ない。あたたかい両親に愛されることは一生ない。私は手に入れられない。



「ママはいつもひなの味方だったし、嫌なら学校行くのやめたらって何回も言ったよ。でもひながやめなかったんじゃない。嘘ついて勝手なことして」


何を言っているんだろう。母はいつも世間体を気にしている。そんな話さえしたことはなかったのに。一度も言ったことなかったのに。私はずっと母の前でも父の前でも明るくて学校生活を楽しんでいる私を演じて来たのだから。

やっぱり自分が悪者になるのが嫌なのか。都合悪い事は忘れてしまうのか。記憶を書き換えてしまうのか、私には理解できなかった。


母が、そう思って私に接して来たと言うのなら、わたしは今まで何で苦しんで来たのだろう。誰にも助けを求められなくて、一生懸命笑顔で自分を取り繕って、人形を演じて、私は何をしていたのだろう。やっぱり私が悪いの?いじめられるのは私が悪いから。ママは助けようとしたのに私が振り払った。そう言いたいの?



「……ごめんなさい……私が悪いから、全部私が悪いから。もう叩かないで…」


私は気づくと泣いていた。父は無表情でリビングに戻っていった。母は私を抱きしめた。


「良かった。ひなちゃん。ママと一緒に頑張って学校いこうね」

「……」



私は何も答えなかった。気持悪かった。何をどう頑張るのだろう。私には意見を言う資格もあたえてもらえないのに。「両親の目の前で死んでやろうか」そんな事を考えていた。そしたら「人形」じゃなくて「私」を見てくれるだろうか。もう自分の気持ちを伝える気力もない。



私にはやっぱり自由はない。私は人形だ。




家族と居て、孤独を感じるのなら一人の方がマシだった。物理的に一人の方が「一人なのだから孤独なのはしょうがない」と自分を納得させられるから。


私がもう勝手な事をしないようにと携帯も財布も母に、取り上げられてしまった。楓に連絡できなくなってしまった。学校に行ってない間、何をしていたのか聞かれることはなかった。話そうとしても聞いてもらえなかった。「私」には興味がないのだろう。




翌日。私は学校に行くことになってしまった。母が車で校門まで送ってくれた。私は腹痛と吐き気が止まらなかったが、母はおかまいなしだった。「人形」が学校に行ってくれればそれで安心なのだろう。「教室までついて行く」という母に一人で行くと伝えた。私が逃げないように先生達に連絡を入れていたようだった。


楓は今頃何をしているのかな。結局携帯は母が持ったままだから連絡できなかった。バイトを無断で休んだから、怒っているかな。もう仲間に入れてくれないかな。私の事、嫌いになったかな。

ネガティブな思考が止まらなかった。学校を目の前にして不安で、怖くて、動悸が止まらなかった。



学校が怖かった。生徒達の話声が怖かった。先生の目が怖かった。下足箱が怖かった。廊下が怖かった。トイレが怖かった。教室に入るのが何よりも怖かった。

具合の悪さは頂点に達していた。



教室にちゃんとまだ私の席はあるようだった。皆驚いた顔で一斉にこちらを見ている。私は必死で人形の、いつもの笑顔を作る。




「おはよう」




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