死に暦(三十と一夜の短篇第60回)
昔は田植えの暦、連歌師の暦、と暦ひとつとってもいろいろございました。今のように十把一絡げにカレンダーでまとめられるまで、日本にはその職能ごとに暦があり、人はそれぞれの異なる時間のなかを生きていたのでございます。神輿職人は神事の暦をもとに仕事をしましたし、不義理をしてしまったもののための暦もございました。暦売りはいろいろございまして、盆栽暦、潮暦、扇子箱買いの暦と振売渡世があったものでございます。苦学生がアルバイトにすることもあれば、いまにも桜を咲かせてまわりそうな垂れ首水干を召した翁が売っていることもありました。
そうした暦売りのなかでも名人と言われたのが、雀丸でした。ありとあらゆる暦の祭日を全て暗記していたので、稗田阿礼を見るようでした。たとえばお百姓さんがやってきたら、のぉぉぉじいのぉぉよみぃぃぃ、と通る声を伸ばしたものでございます。いまのは農事の暦という意味です。わたくしのような半端ものが言ったのでは分からなかったでしょうが、雀丸がその声で通せば、一里先からでもはっきりなんと言っているのか分かるのが不思議でした。それに雀丸は暦のことをヨミと呼んでいました。暦は過ぎる時のあらわれでヨミはヨミでも、黄泉の国が近づいてくるという雀丸一代の生命観を持っていました。今の方は死についてこのように考える方はいらっしゃらないのではないでしょうか? 死について考えると早まって死んでしまう人が多いとききますからねえ。しかし、昔、雀丸のような名人がどんな生業にも存在していたころは人は死と向き合う術を心得ていたものでございます。やはり、歌舞音曲から大実業まで大成した方は死と向き合い、すくいとれるくらいまで近づいたことのある人が多いのです。先ほど人はそれぞれの生業ごとに暦があり、違った時間が流れ、そのなかを生きていると申しましたが、それはトドのつまり、生死の見方もそれぞれ変わってくるというものでございます。
昔の人はよく死にました。特に赤子がよく死んだのです。だから、六か月を過ぎれば、ひとまず安心と親は胸をなでおろしたものでした。死に暦というものがありました。紙に残っていませんでしたし、わたしのようなものが知ることのできない暦でしたが、雀丸はすっかり覚えていたようです。死に暦にはいつ誰が死ぬかが書かれてあったということでしたから、雀丸もこればっかりは覚えるべきではなかったなと困っておりました。人は狙って覚えることはできますが、狙って忘れることができません。忘れよう忘れようと思えば思うほど忘れられなくなるのは浮世の皮肉でございます。逆にさして忘れようとも思わず、覚えようとも思わずにいれば、いつの間にか忘れ去られるものですが、まさに暦がそれにあたります。もうそれを覚えているものもわずかですし、ああした名人たちの見事な声も知るものは限られてまいりました。寂しいことです。
死に暦はよくできた時計のようなもので、暦をヨミと読む雀丸でも人のさだめの儚さを思わずにはいられなかったようです。しかし、自分がいつ死ぬか分かったところで人間にできるのはそれまでに好物の饅頭をたらふく食ってやるくらいでしょう。
しかし、雀丸が恋に落ちたら大変でした。ある華族の令嬢なのですが、雀丸は年甲斐もなく一目惚れしてしまったようでした。雀丸はその見栄えは、まあ、ちょっと悪い、いや、だいぶ悪い。額が突き出て、低く潰れた鼻から離れた左右に魚みたいな目がついていて、顎は舌が引っ込んでいて、薄い色の唇がいつも開きっぱなしの口に沿って伸びていました。なんでも子どものころ木から落ちて背中を打ったということでひどい猫背ででした。叶わぬ恋に悩まされた雀丸は純朴そのものでお屋敷の西洋柵のあいだから、こっそり深窓の令嬢を見ていたのです。あのとき、雀丸は四十まで一年の齢でしたが、令嬢のほうは十七を過ぎたかどうか。
ある日のこと、わたしども暦売りが茶店に集まって、わいわい団子を食らっていると、雀丸がやってきました。その顔色が土気色なのを見て、これはただ事ではないと思いましたが、突然、雀丸は好物の饅頭を店にあるだけ用意させて、ばくばく食べ始めたのです。その鬼気迫る食いっぷりにわたしどもはあっけに取られていたいましたが、驚くのはこれから、すべての饅頭を食べ終わると雀丸はうなって、そのまま毛氈を敷いた露台から転がり落ちて息を引き取ってしまったのです。饅頭の食い過ぎか、喉に詰まらせたかと思っていました。変死事件ということで監察院から大学病院にまわされて雀丸の司法解剖をやったのですが、死んだ原因は分からずじまいでした。ただ、確かなのは饅頭のせいで死んだわけではないということです。心臓が止まった。ただ、それだけのことなのでした。
雀丸が黄泉の国へと旅立ってしまうと、わたしどもは稀代の名人の死を悲しみました。ですが、それ以上に謎めいた最後のときのほうが気になってしまいます。しばらくすると、その謎も解けました。あの雀丸が片思いをこじらせた令嬢がやはり同じように立派な家柄の令息と結婚するという話をきいたのですが、令嬢は一時期病に倒れ、命も危なかったのだそうです。それが突然快癒に向かい、九死に一生を得たということでしたが、それで謎が解けました。雀丸は自身の長い寿命を令嬢の短い寿命と取り換えて、死に暦を読み上げたのです。そんなことができるのかどうか、死に暦を知るものが誰もいないので知りようがありません。
自ら死ぬ役を買って出た雀丸は死ぬまでに大好きだった饅頭をたらふく食おうとしました。ですが、死について常に考えた雀丸にしてはその向き合いかたが大食いでは雑過ぎると思います。おそらく、この世の食いおさめ以上に自棄食いであったのでしょう。婚約者の姿を見たのではないでしょうか? 名人と呼ばれた雀丸も死んでしまうと、暦を売る商いそのものが死んでしまったようです。旧暦すら口ずさむことのできないものが増え、どの家の柱にも日めくりカレンダーがかかるようになると、暦売りもいよいよ廃業となりました。若い人たちはいまはカレンダーだ西洋の暦だと声高々に言いますが、そのくせ春の七草も暗唱できないというのだから、あのカレンダーというのは人をダメにしますな。




