第5話『最短で最大の成果を手に入れる超効率修行術』
料理人"シブタニ"は頭を抱えていた――。
「ワイルドベアが6頭いる。解体して欲しい。なるべく早くな。」
魔王さまからのお達しだった。断るわけにもいかない。いや、断れるわけがない。
この熊、一応レア食材ではあるものの、図体がデカいから処理するのが面倒なんだよな……
6頭だと1週間くらいかかるぞ……
大きさからするとレベル7くらいか……
というか一度に6頭も仕留めるって、どんなクエストだよ?俺でも苦労すっぞ……
「魔王さま、お言葉ですがちょっと量が多いかと……このままだと腐ってしまいます。」
「そうか……別に解体はお前がやらなくてもいいぞ。他のヤツに任せて。解体よりも料理の方を頑張って欲しい。まぁ6頭はさすがに多いから3頭は好きにしていいぞ。手間賃代わりだ。」
「本当ですかっ!?ありがとうございますっ!」
まじか……
ワイルドベアなんてレア食材、クセはあるものの肉汁溢れて頬が落ちるほど美味い肉、1頭から採れる量が多い丈夫で暖かい毛皮、滋養強壮の効果がある内臓と血液……
大きいから1頭100万ゴールドくらいはするぞ……
魔王さま、まじ神さま……
「あぁ、それな。一応、弟子が初めて仕留めた獲物だからな。大切に扱ってくれよ。とびっきり美味しい料理を期待している。」
さすが魔王さまの弟子、スケールが違うな。どんなお方なのだろう?
ワイルドベアを6頭も一度に仕留めるんだから、俺と同じくらいの強さか……
一度、挨拶をしなきゃな。会うのが楽しみだ。
魔族と間違えられるほどの強面なシブタニは、ニヤニヤしながら黙々と大きな熊を解体していた。
◇
ここは魔王城。
人間界から最も離れた魔界の"黒(夜)の国"『ニュクス』。"戦の国"と"知識の国"の奥の奥にある、闇夜が支配する国のさらに奥に魔王城はある。
魔王城と言っても、魔王『アルカナ』が住んでいるだけの場所で大きな城が建っているわけではない。魔王は巨大なダークドラゴンなのだが、中は人間が暮らすのに適した作りになっているそうだ。
魔界は2つあるが、『ニュクス』に暮らしている獣や魔物のレベルは非常に高く、レベル10以上のモンスターが多い。そのため、人類が足を踏み入れたエリアは全体の1%にはるか及ばない。『行ったら帰って来れない場所』として、人間界では子どものときから厳しく言い聞かせられている。
そんな魔界の秘境である魔王城。そのさらに奥。魔王の寝室。
そこにはまるで姉妹のように寄り添い、幸せそうな顔で寝ている少女が2人いた。屋根付きの大きなベッドにフカフカの布団。温かく少女たちをくるむ柔らかい毛布。すぐに止められて沈黙する目覚まし時計……
あまりにも気持ち良さそうで、しばらく起きそうにない――。
◇
「ねぇ。ねぇってば!おい!いつまで寝てんのさ!」
「んぁ……」
昨日言っていた通り、魔王さまのベッドで寝ていた。温かくて寝心地が良く、薄暗さもあっていつまでも寝ていられる。お師匠の声でようやく目が覚めた。ベッドの中は何かやたら暖かくて気を抜いたら1日を布団で過ごしてしまいそうだ。
あぁ、魔王さまと抱き合って寝ていたのか。何となく心が安らいでいるのは、守られている気がするからかな。
「お前、弟子入りして2日連続で寝坊だぞ。」
「っっっっしまった!!!すみませんっ!!!」
……やってしまった。いや、たぶんあの布団が悪いんじゃないかな。永遠の眠りにつく魔力が込められているとか?
「いや、あんたも起きろよっ!」とお師匠は魔王さまの頭をど突く。
「痛って……え、今何時?」
「12時。もうお昼だけど。今日からアルちゃんが修行担当でしょ!?」
「はっ!……ごめん!ユニ!……なぁユニ?昨日頑張ったんだから、今日はお休みしたっていいんだぞ?」これは魔王さまによる悪魔の囁きってやつ?
「甘いっ!甘すぎるっ!のんびりやるのは別に悪いことじゃないけどさぁ。こいつは普通の人間なんだぜ?ちゃんと考えてあげろよな。」
「わかってるよー!」
"普通の人間"って言葉が、何か、凄く胸に残った。
「じゃあユニ。準備しようかー。」と魔王さまと一緒に遅めの朝食を取り、修行の準備をした。
◇
「いいかユニ。最初に言っておくが、簡単に強くなる方法なんて……ない!」バンッ!
魔王さまは、黒板に『近道なんてない!』と書き、ドヤ顔で黒板を叩いて、こう続けた。
「『魔法レベル』という概念がある通り、魔法は使用回数によって強化されていく。だから、魔法を使わずに強くなるってことはない。できるだけ使った方がいい。
でも、少しでも成長を早めたいなら、魔法を"理解すること"と"技術を磨くこと"の意識が大事なんだ。
魔法にレベルは関係ないというわけではないけど、ほら、マルコの存在がそれを物語っているだろ?あいつは自分の魔法を最大限極めている。何回も試行錯誤したいわば研究者だ。
『最短で最大の成果を手に入れる超効率修行術』というものがあるとするならば、
それは、あたしとマルコの弟子になるということだ。良かったな。
とりあえず、自分の修行に集中して毎日限界まで頑張ればOK。
ただ…肉体に関してはアイテムと魔法によって、短期間で強化することができる。確か、ユニは回復持ちだったよな?だったら肉体の強化は魔法を強化するよりも楽かもしれないな。
強くなるときは、魔法だけじゃなくて肉体を強化することも大切だ。魔法を極めた者にとって無視できないのが"魔法を使えなくする魔法・アイテム"の存在。
あたしやマルコには無意味だけど、今後、ユニは対策をする必要がある。フィジカル面が強化されれば、魔力がなくなってもある程度戦えるし、魔力を節約した戦い方もできる……
例えば、魔力のもとになる"体力"は訓練で大幅に増やせるし、体術を身に付ければ戦闘の幅は広がる。あと、体術と魔法を組み合わせれば強力な"技"になる。
数倍の威力を倍増させる反射を拳に付与して、パンチしたり木の棒を振ったりするだけで、かなり危険な技になるだろ?
同じように魔法を使いこなすことで、いくらでも応用が利くんだ。」
なるほど…
確かにお師匠は、魔法だけじゃなくて体のキレというか……動きに無駄がなくて戦い方が上手いというのは、今のあたしでも分かる。
「魔王さまは、魔力がなくなったときはどうするんですか?」
「基本的には、体内にある体力を魔力に変換するよな?体力から変換できる魔力には限界があるから、魔力の使いすぎで動けなくなることはない。体の防御反応でな。
つまり、体力が増えれば使える魔力も多くなるんだが……
あたしやマルコはな、その根本の仕組みが違うんだ。ちょっと試しに……」
ボゥっ!
魔王さまは小さい炎の玉を作って、空中に浮かべた。
「ユニ、この炎の玉。ずっとこの場に存在する……存在できると思うか?」
「うーん……やがて消えちゃう……?」
「そう。だんだんと小さくなって、そのうち消えちゃう。じゃ、消えた炎の玉はどこに行くと思う?」
?……ん???……ん???
……どういうこと?
「実はな、炎の玉の魔力はどんどん放出されていって、散らばっていくんだ。近寄ると熱を感じるだろ?これは炎の玉の魔力がどんどん逃げていってるからなんだ。
で、逃げていった魔力は凄い小さくなって空中を漂っている。もともと魔力は目に見えないから感じるしかないけどな。パワースポットみたいなところは、何かの影響で永続的に漂っている魔力が多いところのことな。
で、あたしたちは、この魔力も使うことができるんだ。」魔王さまはかなり分かりやすく説明した。でも、わからない。
「えっ?……つまり、魔力はなくならないってこと……ですか?」
「場所によるけど……そうだな。魔力切れにはならないし、体力も温存できるんだ。」
「えーー!?ずるいっ!!じゃ、魔力がなくても魔法を使えるんですか?」
「そこまでになるのは大変だけど、それに近いことはできるな。自分の魔力とその場に存在する魔力を合わせて使う。そうすれば、自分の魔力を節約できたり、大きな魔法を使ったりできるでしょ?
ちなみにな、あたしは宇宙からも魔力を取れるんだ。その魔力を使えば体力も自動で回復する。だから、魔力は尽きない。」
「え?ってことは無限に近い魔力を……?」魔王さまは「そう」と頷きながら説明を続ける。
「前に言ったことがある"星魔法"は、お空にある星で魔法陣を作ってそこから魔力をもらうんだよ。今ある魔法をめちゃくちゃ強化できるんだ。
獣や魔物って満月になると強くなるだろ?あれはお月さまから力をもらっているんだ。じゃ、お月さまよりも魔力がある星々から力をもらえば?
魔法陣作るのに時間はかかるけど、その戦闘中に完成すれば魔力はつきない。
これがあたしが、"夜の王"であり、世界最強である…世界最強だった理由だ。」
魔王さまの説明を聞いて深く納得した。全部を理解したわけではないけど、何か凄いことを聞いてしまった。
「マルコはな、そんな魔力とかお構いなしに跳ね返してくるから。勝てないんだ。どうやっても。で、向こうの反射でこっちはダメージを負う。もうね。心折れちゃった……」ははは、と言っているが笑えていない。
「で、重要なことはな。これをマルコもできるってことなんだ。つまりレベルは関係ない。魔法・魔力を極めた"技術"なんだ。ただこの技術の習得は難しくて、めちゃくちゃ時間がかかるんだが……」
「どうしたんですか?」
「いや、この技術は一部の魔族は自然にできるんだ。あたしは習得した方で、人間ではマルコしか使えないはず……
何が言いたいかというと、"誰かに教えてもらえば"習得の時間を短縮できるのではないか?ってことだ。まぁ、ユニはまだ未熟だから、そのうち試してみようか。」
相変わらず、自分がどのようになるのか、強くなるのか全くイメージできない……
とまぁ、こんな感じで魔王式修行初日は、座学だけで終わった。