第1話『Girl Meets Boy』
仕事から帰ると暮らしていた村が滅んでいた――
この絶対的レベル至上主義の世界では、力のないものは強い者に逆らえない。そんな常識は8歳の子どもだって知っている。
この世界のレベル上限は"13"。あたしは年相応のレベル2。
ここのクソ主は一般的な冒険者であるレベル5であるものの、家柄か少し裕福な暮らしをしていた。あたしは両親の顔を知らない。物心ついたときから、このいけ好かない家の奴隷だった。
生まれたときからの奴隷だったとしても、その家の子どもとの扱いの差くらいは分かるから、自分の立場は正確に認識しているつもりだ。
『あたしをゴミみたいに扱ってくるこいつらから、いつか解放されたい。』と願っていても、具体的に計画を立てたり何か行動を起こしたりする気にはならなかった。
自分にはそんな力がないことは分かっている。
たとえ同じ毎日の繰り返しだったとしても、死んでしまうよりも「生きていれば、いつか」という何の根拠もない希望を持って過ごしていた方がいいと思っていた。
ここは"愛"の国『ユディト』のとある村。優しくて温かい感じの名前をしているけど、肝心の「愛」は「自国民だけを愛す」という意味だから、どうやらあたしの故郷はこの国・この村ではないらしいことも知っていた。
あたしの仕事は、雑用全般。家の掃除や洗濯など、まぁ、とにかくめんどくさいことは全部あたしの仕事だ。中でも一番めんどうなのは、村の外まで行って薪とか木の実とか、使えそうな素材を取ってくること。
今日も今日とて少し危険な村の外に出て、夕暮れまでには帰らないといけない。
はぁ、だるいだるい。
――ひと仕事終えて村の入口まで来ると、ほとんどの家が燃えているのが分かった。
大変な事態にも関わらず、人が見当たらなかったことが不自然だったのを覚えている。
このときのことは混乱していてよく覚えていないのだけど、とにかく自分が暮らしていた家まで走ったことは覚えている。
自分の家は「どう考えても、もう無理だろ」ってくらい、めちゃくちゃ燃えていた。それはもう清々しいくらいに。
普通、自分の家が取り返しのつかない事態になっていれば、相応に悲しむものだと思う。でも、これはあたしの家じゃないし。
願わくばクソ主どもよ、どうか死んでいてくれ。
「ドゴォォーンッ!!!!」
少しウキウキしていると、村の中央にある広場の方から轟音が聞こえてきた。もしかしたら、村をこんな状態にした元凶、もとい"恩人"がいるかもしれない。
自分も殺されるかもしれないという恐怖はあるものの、どのような相手なのかかなり興味があった。
広場に着くと1人の少年と大人が3人くらいいた。大人の内の1人はこの村で一番強い冒険者で、確かレベル8のクラスは"エキスパート"。
少年の方は自分よりも少しだけ年上……
10歳くらいで、凛々しい顔立ちにふてぶてしい表情。そして、そこらへんに落ちているような木の棒を持っている。
一番強い冒険者は少年に向けて強力な炎の魔法を放った。小さな家くらいの大きさの炎の玉で、あんなの食らったらひとたまりもない。
少年は木の棒を両手で持って構えると、タイミングを合わせて大きく振った。木の棒なんて一瞬で燃え朽ちるのに……
「カキーンっ!」
次の瞬間、炎の玉は勢いを増して冒険者たちの方へ返っていった。あれ?炎が大きくなっている気がする。それにスピードも。
「すごい……」
あんなに小さい体なのに、まるでボール遊びをするように魔法を打ち返した。炎の玉の魔法でさえ、なかなか見ることはできない強力なものだけれども、その魔法をいとも簡単に跳ね返した。冒険者たちは炎にやられて消滅した。あっけない。
レベル8の冒険者が一撃でやられるなんて……
なんて強さなんだろう。
その時、少年がこちらの気づいた。まぁ、物陰に隠れるでもなく、道の真ん中で観戦していたのだから無理もない。
「なんだガキィ。お前も死ぬかぁ?」彼はどうやら不良少年らしい。
「こここここここ、この村をこんなにしたのは、あああああ、あなたですか?」と恐る恐る聞いてみる。
「だったら何だぁ?何か文句があるのかぁ?」そして、かなり機嫌が悪いのかもしれない。
「あの、その……ありがとうございますっ!!このどうしようもない村を壊してくれて!」
これは紛れもなく本音だった。今までにない解放感。呪いのような家を失くしてくれた恩人なので。
「村をめちゃくちゃにしたヤツに感謝するなんて、お前大分狂ってんなぁ!」
少年はケタケタ笑っている。
「それで?他にも何かあるんだろぉ?」この少年はかなり鋭いようだ。
「……大変恐縮なのですが、あたしを弟子にしていただけませんでしょうか?」
あたしは、ひざまずいて額を低く地面にすりつけながらお願いした。この世界では強い人に弟子入りすることはかなり一般的なことだ。
「弟子ぃ?はっはははは!この俺に弟子ぃ?はっはははは!」一瞬、キョトンとした顔になった少年は、どうやらツボに入ったようで笑いが止まらない。
「長く生きているけど、そんなこというヤツは初めてだなぁ!」笑いをこらえながら、そんなことをこぼした。
ん?長く生きている?どこからどう見ても10歳くらいだけど?
すると少年は、
「嫌だよ。めんどくせぇ。」
今度は一変して、冷たい表情でそう言い放った。
一気に絶望的な気分になった。「強い人に弟子入りしたい」というのは紛れもない本音だ。
ただ、解放的な気分と同時に、とんでもない不安も感じていた。「これから、どうやって生活していけばいいのか?」と。
一瞬、時間が止まった気がした。再び時間が動き出したとき、猛烈な恐怖と焦りが襲いかかる。
「おねがいじばずぅぅぅ!でじにじでぐだざぁぁ!!!」
このままでは結局死んでしまうと思って、それはもう必死にお願いした。
「うえっ。気持ち悪っ。じゃあお前?対価として俺に何を差し出せる?」
「何でもじまず!何でもじますがらぁ!!」
もうこの際、どんなに汚く惨めになっても良かった。
「俺、何でもするってやつ嫌いなんだけど。そーいうヤツって結局何もしないし。」その言葉を聞いて、どうしようもなく悲しくなり、さらに大泣きしてしまった。
「うるさい!うるさい!お前は弟子入りして何がしたい?何のために弟子入りする?」
「……強くなりたいんです!もうこんな理不尽な目に遭わないように!あと、生活できる場所が必要なんです!」と伝えると、
「正直なヤツだなお前……」と呆れた表情で少年は言った。
「俺も誰でも弟子にするわけではないからな。まずは名前とレベルと使える魔法を言ってみな。」少年は気持ち悪い懇願に折れたらしく、弟子入りできるかどうかを決めるための面接みたいなものが始まった。
「名前は"ユニ"。レベルは"2"で、使える魔法は"回復"と……もう1つは言えません……」
「おいおいおい。お前やる気あんのか?レベル2なんだから、使える魔法の種類は2つあるはずだろ?」
この世界では、レベルの数字と使える魔法の種類の数が一致している。レベル2であれば使える魔法は2種類、上限のレベル13であれば13種類の魔法が使えるのだ。
さらにレベルが高くなるごとに、魔法も高度になって強くなる。
「もう1つは……どうせ使えないですし。気持ち悪いですし……」
実際に、2つめの魔法は使ったことがない。使い方が分からないからだ。
「やたらと勿体ぶるな。気になるじゃねぇか?じゃあ、2つめの魔法を教えてくれたら、弟子入りを前向きに検討しよう。」
"検討するだけ"ってオチは、まさかないですよね?
「2つめの魔法は……"呪い"です。」
その時、少年はさっきとは違う笑みを浮かべた。
「"呪い"?"呪い"だと⁉本当だな⁉嘘だったら、まじでぶっ殺だかんな⁉」
少年は急にテンションが上がり、新しいおもちゃを与えられたようにはしゃいだ。
「こんな偶然あんのかよ!俺は"引き"が強いなぁ!」
今度は高らかに笑い始めた。感情の起伏激しい人だ。ちょっと怖い。いや、普通に怖い。
「いやぁ?一応確認しなきゃな?こんなレアなヤツ。まぁいいや。
一応この"大魔王"の弟子にしてやるよ。」
おっと、また気になるワードが出てきたぞ?
「あの……あなたは……その"大魔王"ってなんですか?」
さすがに確認せずにはいられない事案だ。
「おいおい。俺のことはちゃんと"師匠"って呼べよな。弟子なんだから」
「では、"お師匠"。大魔王って……」
「それは後で説明してやる。ちょうど、行く場所ができたらからね。」
後なんかい!お師匠はどこか楽しそうだ。
「最後に、一応聞いておくけど。本当に俺でいいのかぁ?俺、見た目は子どもなんだけど。」
お師匠は何かニヤニヤと企んでいる顔をしてらっしゃる。悩んでいると気が変わるかもしれないと思ったから、首を高速で縦に振った。
「OK。じゃ、契約成立だな。今からお前は俺の弟子。
俺の名前は"マルコ"。レベル2。年齢は1,464歳。
これからお前はレベル13を目指して、王の首を獲ってもらう。
革命だ。奴隷から一気に下剋上を起こすぞ。」
は?今この人、何て言った?