833◇『ヘヴンノウズ・ライトロード』
「さ、それじゃあ──」
「流石に行かないよ?太陽」
なあなあで丸め込まれて、そのまま太陽に連れてかれそうになる人生……何?
いや本当に何だよ。全人類イカロス翼化とか普通に地獄でしょ。
「えー……じゃあどうしよっか」
よしどっか行こう!の唯一の案が『太陽』ってマジで言ってる?
限界出不精人類でももうちょっとまともな選択肢あるって。
そんなことを言い合いながら、郊外の風を浴びる。
心地好い風の気まぐれにそって、ゆっくりと歩いていく。
「そういえばハナって……」
からからと続く雑談。とりとめのない内容に深い意味合いの一切ない世間話。
貴重で、けれどありふれた交友関係。
温かく包まれている平和な関係。
勿論言うまでもなく好きだけれど。
ぐるぐると渦巻く思考がそれを妨害する。
例えば。
ラスティリアという古代文明の遺産について。
ラスティは私の相棒でもあるけれど、その実太古の人々の願いが──強すぎる想いが混じりあって今も生きている存在。
そんな人が、私なんかの相棒で収まってていいのか、とか。
ラスティが良いって言ってるならいいのかもしれないけれど……それでも、気になってしまう。
例えば。
セリア・ティーミールという【究聖女】。
私に憧れてくれていて、親友でもいてくれる大切な人。
私は本当に憧れてくれるに相応しい存在なのか、とか。
セリアには『そういう話じゃないです!』って一喝されそうだけどね。
例えば。というより、一番は。
アリスというトラウィス王国第二王女について。
全人類から天才の認定を受け、あのイシュタムからも危険視されるほどの存在。
シルクエスさんの時のやりとりとかから考えれば、何か隠していると思ってしまうのが自然。
本当に、アリスは私の恋人で──伴侶でありたいのか。
好きな人同士っていうのは、自分の全てを知って欲しくなるものじゃないのか。
そんな諸々がぐるぐると渦巻いて、平和を平和のままに享受出来ない。
「今、悩んでるよね。ぜんっぜん隠せてないけれど、大丈夫そう?」
だから、疑問があれば何の遠慮もなしに聞いてくれる存在というのは有難く感じられる。
アリス達だと逆に気を遣って、とか考えてから、とか色々な都合で訊いてくれないことも多いからね。
じゃあ自分から相談しろよ、とか言われるけれど……それはそれ。
「んー、微妙かなぁ」
「多分力になれると思うから、吐き出してみちゃえば?それもイヤなら模擬戦でもいいけれど」
後者は良くない。ただでさえさっきまでシルクエスさんとかいう化け物と戦ってたんだから、戦闘続きなんてやめて欲しい。割と本気で。
「さっきの話とちょっと繋がるんだけどね?アリスが何考えてるのか、わからなくなっちゃって」
アリスが私を引っ張ってくれているのはわかる。愛してくれてるのも充分わかる。
でも、それは本当に私が欲しいタイプの愛情なのか、ってところ。
ひとくくりに“愛情”って表現しても、色々あるわけだ。
恋人になりたい!みたいなもの以外にも親愛、友愛、家族愛なんて色々あるわけで……
「……惚気話されてる?」
客観的に見たら一切否定は出来ないかもしれない。
「私的には真剣なんだけど……そう見えるよね、うん。わかるー」
まいっか、とりあえずは置いておこう。
そんな風な切り替えを努力方針として定めながら、気分転換がてら──ノアの直感を信じて質問してみる。
「じゃあ、ノア視点で私ってどう見える?」
「うーんとね……」
ちょっと待っててね、と言ってからあれこれと思案する様子を見せるノア。
あれ?アリスの時よりよっぽど時間かかってるんじゃないか?
そんな疑問が、疑念から確信に変わってから更に数秒余り。
言葉で表すなら“熟考”がかなりの精度でぴったりとフィットするような時間を挟んでから、口を開く。
「ハナは……わからない、かな」
「わからない」
ノアの言葉を復唱、そして反芻する。
熟考した結果、わからないと言いきられる私を分析する。
「うん、酷い言い方になっちゃうかもしれないけれど、すごくバラバラなの」
バラバラ──乱雑である、まとまりがない、エントロピーが高い。
脳内で様々な言い換え表現を検索し、意味を類推していく。というか主語が足りてない。もしくは形容詞あたりが。
「んー……『楽しんでなくて、でも世界は好きな元師匠』みたいな?」
わ、わからない……!
少なくとも人を形容するのにイシュタムを引き合いに出すのがそこそこ以上の悪口になるってことしかわからない。
「多分だけれど、ハナが元師匠の真似をしようとしたら出来るけれど……元師匠はハナの真似は出来ない。そんな感じかな?」
余計自分のことがわからなくなってきたな……
自分自身のことを自分以上にわかっているアリスは怪しいし、リルトンは隙あらば誘導しようとしてくる。
セリアは“物語フィルター”みたいなのがかかっているから、100%真に受けると現実に押し潰される。
ならラスティは?って言うと、裁定部分は『観測』と似ているから私と同じ結論になってしまう。多分ね。
「例えばさ。ハナは『ノアって名前どう思う?』って訊かれたらどうする?」
ふむ、と思考を回し始める。
天世において、ノアといえばかなり有名な名前のひとつ。人類の祖先でもあり、方舟で様々な種族を救った神話時代の偉人の一人。
そんなことをふまえると、結果論的にノアという名前がノアに付けられたのは──まさに運命的である、としか言えない。
件の大洪水でノアという人物は、様々な種族を方舟に乗せることで救った。
しかしそれは同時に、その何倍もの生命を救えなかったことの裏返しでもある。
奇しくも『空域歪極』の事件で両親と数多の領民をなくし、兄を始めとした少数だけ救えたというのは、その再現になっているように感じられる。
ついでに、自在な空間転移能力というのがある種方舟チックになっているということをふまえると……
「うん、ノアの人生にこれ以上なくあっている名前だと思うな」
そんな解答が出力される。
じゃあイシュタムの存在はどこに当てはまるんだよ、と言われたら沈黙を強行するしかなくなるんだけど。
旧約聖書には、“神と共に歩み、その時代で最も正しいノア”を騙す人なんて載ってなかったわけで。
「例えばそういうところだよ!今だったら軽くて重い。当然だけれど、それは当然じゃない──出てくる結果は普通と同じなのに、前提に変なものが含まれている感じ」
「それこそ、私でさえ辿り着けない遠くの世界が前提にある感じ」
ノアには『異世界転移』した……天世出身だってことは話してるはず。
だからここでの“遠くの世界が前提にある”っていうのは、天世由来の知識だとか教養みたいな話ではない。
「異世界?」
「うーんとね。わたしの直感だから上手く言葉に出来ないんだけれど……宇宙がひとりの人間の世界!って感じかな」
宇宙がひとりの人間の世界。
またまた言葉を反芻する羽目になる。ノアの直感、侮れないどころかバリバリに確信をストレートで穿ってくるからね。
さておき、宇宙がひとりの人間である世界か。
なんていうか……規模感が馬鹿みたいに壮大だよね。
「とにかくドーンッ!フワッ、カチッ!って感じ!」
何も伝わらなさが単調増加していく。
いや本当に。擬音語って話者と聴手の認識している言語がほぼほぼ一致してないとただの文字羅列にしかならないんだって。
「衝突、浮遊、固定って感じ?」
「ううん、失敗!分析、再構築!って感じ」
だから何も変わってないんだって。気持ち理解しやすいように真心あたりが込められてたのはわかるけど、どっちみち擬音だけしか届いてないんだって。
「わ、わからない……」
「し、師匠が日本語を完全には教えてくれなかったせいだから……!あと数年習ってたら多分上手く行ってたから!」




