35◇崩れるは正気の英雄に、架けるは表裏一体の橋に…
長目です。
ハナの『英雄とは何か』という言葉にどう返せば穏便に、そして元のハナに戻せるのだろうか。
ハナの言う『英雄』。ここではどういう意味?
一騎当千、凡夫不当、常勝無敗、そんな言葉が当てはまる完璧な人のこと?
それとも色を好み、優れた武勇を誇る。
そんな英雄のこと?
その英雄がセルグヌの事を指してるなら、高潔で領民のことを思い、平民だろうと気軽に接してくれる…そんな人?
選択肢は無限にあるけど、私には直感的にこれだろう、というものがある。
「英雄……私が嫌いな人」
それは同族嫌悪かもしれない。
それは醜い嫉妬なのかもしれない。
私は『国の賢者』としてこんなにも期待を背負わされているんだ。
英雄は、英雄なんて職業はまともな人にはやってられない筈。
そんな愚痴はさておき。
私は英雄が嫌いだけれども。
私は英雄と呼ばれる人を信頼したくはないけれど。
それでも私は英雄に憧れる。
物語上でしか存在し得ない─────
でもそれをハナに言ったら悪い方向に転がる。
だから本心を隠して『説得』する。
ハナは私の発言を聞いて酷く驚き、そして狂った様に笑みを浮かべる。
その様子を見て私は決意を固める。
──空で煌々と輝いていた太陽も傾き、徐々に夜に近付くこの時間。
昼でもなく、夜でもない。
この時間こそがセルグヌ関係の出来事の追加幕にふさわしい。
序章でも、最終幕でもない。
誰にも知られない…いや、私しか知り得ない追加幕の時間だ。
お題は単純明快。
『ハナを元に戻す』
敗北条件も単純。
『これが平常化する』
さて、達成目標も決まったところで始めよう。
何故、私が【大賢者】の職を明かさずに『国の賢者』の地位を欲しいがままにしているのか。
ここで言われる『賢者』は魔術に秀でた者ではなく…
「ハナ、死んで忘れられることが怖いの?」
──論理構築の、原因推測の、未来予測の天才という意味だ。
私にとって戦闘や軍事指揮は本職じゃない。
私の本職…得意分野は情報操作と交渉、そして予測の3つ。
その他の戦闘とかは所詮その3つの組み合わせで対応しているに過ぎない。
私は初手から核心に触れる言葉を言い放つ。
それは敢えて無責任に、敢えて何もわかっていないかの様に。
そうすればハナの反応は決まっている。
『「何をわかったつもりになってるの!?」』
ほらね。
そもそも落ち着いて考えればすぐに判る話だ。
あの負のオーラの出自はどう見ても恐怖だ。
それならその『恐怖』がどこから出てきたものなのか、なんて知っている。
自分自身が忘れられることによる恐怖なんてありふれた悩み、私が知らないとでも?
私自身は体感したことはなくても用例として、知識として知っている。
確かに人が一人死ぬだけでその悩みに当たる人は極少数だ。
それはある程度頭が回る人じゃないとそんなことを考えつかないから。
…話がずれた、元に戻そう。
「私にはその悩みは共感出来ない」
二手目。
ハナの返答を誘導し、論理を舞台から引き摺り落として、その代わりに感情を持ち上げる。
『「アリスは第二王女様だもんね。わかるわけない」』
ここまでは予測通り。
私はいつも通りの論理構築をし、いつもの様に終わらせる用意をする。
これで元のハナに戻る。
なのに、心の中で何処か『つまらない』と考えている自分がいる。
対等だと思えたのに、それでもやっぱり…
私は三手目を言うタイミングを合わせながらそんなことを考える。
「でも────」
それに被さる様にしてハナが話す。
「私は忘れられたくない。私は誰かに覚えていて貰いたい。私はそのために凡庸であることを許容しない」
…そう、これだ。
やっぱり私の予測を良い意味で覆してくれるのはハナしかいない。
三手目は堂々の不発。
ここからの予測は無駄に終わる可能性が高い。
攻守交代の時間。
ハナの話に合わせて反撃を撃ち込む戦法に切り替える。
「だから私はアリスの親友になる」
それは数日前に私が言った親友とは似て非なるもの。
絶対に忘れられまいと友の形を悪用して縛り付ける…その方法自体は嫌いじゃない。
『縛り付け』を『親しさ』に言い換えて悪いイメージを潰す。
悪い意味での親友の体言だ。
少し前までの私ならそれでも良かったかもしれない。
でも普段のハナを知り、普段のハナを識る私にとっては物足りない。
狂気に堕ちた人というのは総じて読みやすく、つまらない。
正気のまま狂気に踏み込んだ人、強烈なまでの正気を保つ人こそが読みずらく、そして面白い人。
だから私が救い上げて元の道に戻してあげる。
「私とハナはもう親友。案ずることはない」
意図的に誤解したままで放置する。
これで方向性は絞られた。
…それにしてもこれだけ『おかしくなっている』状況なのに私が読みきれない。
それはハナの持つ潜在能力がおかしいのか、それとも異世界転移という異常要素が仕立て上げているのか。
私が言葉を交わせば交わす程、ハナを元に戻す気力が湧いてくる。
「親友なら私を想ってくれるよね?」
親友…親しい友が。いや、親しくなかろうと友達の事を忘れる理由があるのだろうか。
普通に考えて忘れる理由はない。
だから私はその言葉に対して首の動きも交えて大袈裟に答える。
「そんなわけない」
私は首を振りながら強めに答える。
「どんなに仲良くても、どんなに親しくても、忘れる時は忘れる」
十年前に会ったきりの友達の一挙手一投足、五年前に会ったきりの親友との雑談内容。
私は知らないけれど、普通はそんなもの一々覚えている人はいないだろう。
だからいずれ帰るハナはいつか私に忘れられる。
五十年なんて経とうものなら『ハナという人がいた』という記憶以外なくなっている可能性もある。
だから永遠に、なんて約束は不可能に近い。
「なら…なら、私はッ!万人の英雄に……なっても、意味は…ない?」
私が言うまでもなくハナは自己解決している。
万人の英雄になったってその後に残るのは『立派な英雄像』だけだ。
本性も、考え方も、生活面も、人間味も、それら何もかもが残らない。
後世に残るのは『英雄の側面』だけ。
…それは世の中を見てれば嫌でもわかること。
歴史に残る有名人も生活があった。感情があった。
でも伝記では、歴史書ではそんなものなかった。
それらを私が言うまでもなくハナは気付いている。
だから自己解決出来たのだ。
なら私が出来ることは後押しだけ。
「そう、万人の英雄なんて意味がない。けれども個人にとっての親友は永遠じゃない」
私はそこで一区切りし、ハナの弱味につけこむ。
申し訳ないとは思うけれど、それがハナのためになると思うから。
それに何よりも私がそうしたいから。
「でもそれは相手が普通だった場合。私は一度聞いたことは、そして一度見たことは絶対に忘れない」
半分は嘘で半分は本当のこと。
私は何も人生全てを覚えているわけじゃない。
そんなのは脳の要領の無駄な上、何よりも肝心な時に使えなくなる。
私が覚えているのは興味関心がある人や物に関してだけ。
だけれどハナが異世界転移者であり、そして私の親友である限り興味が尽きることはない。
それにこんな面白いことを忘れる筈がない。
「だからこうしよう。私はハナが花奈である限り、ハナの事を忘れるつもりは毛頭ない。だからハナはありのままでいればいい」
今のハナにとっては当に甘い蜜だろう。
だからこそ、断れない。
「だからこれからも私の親友のままで良いんだよ?」
「ほん、当…に?忘れ─」
敢えてハナが話す前に被せて言う。
ハナに主導権は渡さない、ハナに考える時間を与えない。
ハナは頭が回るから時間をあげれば違和感に気付く。
どうせいなくなるこの世界に覚えている人がいても意味がないことを。
そして私が死んだ後にどうするのかを。
「私はハナのことを忘れない」
大袈裟な表現で裏に隠された欺瞞を隠されたままにする。
一切相手に情報を悟らせない。
発想が常識外のハナでも気付けない様に何重にも過剰包装をして真実の蜜を垂らす。
「魔術が世界から消えようとも、科学が世界に普及しようとも、悠久不変の氷河が溶け落ちようとも、灼熱の火山が凍てつこうとも私は記憶し続ける」
「アリス…」
「誰もが知らぬ前人未到の天上も、ハナが抱く尋常一様の願望も、私が考える至極当然の理も、全ては表裏一体の橋に過ぎないの」
「だから私はその橋を繋げる」
「ね?だから私と親友でいれば全て解決でしょ?」
考察のしがいがあるようで全くない言葉の羅列。
論理的思考を、観察的考察を得意とするハナには致命的に効く行動だ。
ハナみたいなタイプは相手の言ったことを理解しきってそれを覆す形で文句を言うのを常套手段とする。
だからそれを逆手にとる。
意味深とも捉えられる、されど私が込めた意味は何もない言葉。
後は私がなにもしなくても解決に進む。
それにハナなら色々考えてる内にある程度戻るでしょ。
…私への信頼を利用するみたいで心苦しいけど許してほしい。
そこで初めて自分の感情に気付く。
心苦しい…?
今までも散々人の信頼や恋心を交渉で利用していたのに?
…まあいいや。
◇◆ハナ視点◆◇
アリスから謎の言葉を言われた。
あのアリスのことだ。何かしら隠された意味がある筈。
前半部分…『魔術が世界から消えようとも、科学が世界に普及しようとも、悠久不変の氷河が溶け落ちようとも、灼熱の火山が凍てつこうとも私は記憶し続ける』…この部分は私を覚えていてくれる期間をなるべく長く表現してくれようとしたのだろう。
問題は後半。複雑だから一個一個ばらして考えていこう。
まずは『誰もが知らぬ前人未到の天上』。
…何から考えればいいんだろう。
天の上?
疑問に思って私は空を見上げる。
するとそこにあるのは何の変哲もないいつも通りの空だ。
天の上にあるのは宇宙に決まっている。
でも『宇宙』というものをアリスが知っているのか。
ブラックホールがあって、巨大恒星があって、銀河があって…そんなことを知っているか?
科学文明の発達度合いから考えてあり得ない。
ならここで言われる『天』は何かの比喩?
天…天気、天才、天下、天空、天の川、天の神…神?
違う。それだと『上』の意味がわからなくなる。
じゃあ『天上』が神か。
なら『誰もが知らぬ』は、人類程度では見切れないという意味?
繋げて『人間なんかじゃ判り得ない神』とかかな?
次、『ハナが抱く尋常一様の願望』。
でもこれは簡単。今の私の願望は大きく別けて二つ。
『元の世界に帰りたい』と『忘れられたくない』。
尋常一様の…って所は気になるけど先に進もう。
いや、アリスのことだ。ここにも含意があるかもしれない。
尋常一様…ありふれた、とか普通の、みたいな意味の四字熟語。
ならアリスにとって私のその二つの悩みは『普通』のもの?
でも異世界転移した人なんて見たことないだろうし…ああ、私の悩みを普通だ、当たり前だ、と思ってくれるくらいにはアリスは私を理解してくれていたのか。
はい次、『私が考える至極当然の理』。
アリスは何を考えていた?アリスは何て言ってた?
全くわからない…でもアリスが意味不明はことを言うとは考えにくい。
なら何かしらヒントがある筈……
ああ。そこで前半の言葉群か。
本来は態々あそこまで強調する必要はなかった。
なら何かしらの関連があると思った方がいい。
というかそれそのままでは?
つまりここで言いたいのは『アリスが私のことを忘れないのは至極当然』ってこと?
…やっぱり『親友』といえばアリスだなぁ。
さて、最後…『全ては表裏一体の橋に過ぎない』。
表裏一体は辞書的な意味でしょ?
裏と表が紙一重…みたいな意味。
ならやっぱり問題は『橋』。
どう考えても物理的な『橋』じゃなくて何かの比喩になってる。
なら本来の橋の役割から推測できないかな?
橋とは…と言われると哲学っぽくて難しく聞こえるけど、まあ『何かと何かをつなぐ』物だろう。
ここで重要になるのは『何』と『何』を繋げるのか。
今回の場合『橋』自体が比喩だから繋げる物も概念的なものだろう。
…前の3つが関係しているのでは?
表裏一体…なんだから『表』と『裏』を見極めなきゃ。
最初は『人間なんかじゃ判り得ない神』…の裏?
もしこの『裏』が数学的…というより論理記号の裏、つまり『p→qの裏はpの否定→qの否定』という奴だと…
『人間でも判る神じゃない生命体』?
神じゃない生命体…っていうのは流石に違和感があるから…天上…あっ。
『人間でも判る下等生物』ってところ?
文体を整えて『人間でも原理が判る下等生物』…みたいな感じか。
…いや待って。違う!
この国で一番流行ってる『全神教』では神も生命体。
だから『神(生命体も含意)』の否定は『下等無生物』とも言うべきもの、つまり原理とか法則?
なら『人間でも判る原理』でいいのかな?
なら次は『元の世界に帰りたい』『忘れられたくない』…だと裏が取れないから『私が抱く普通の願い』の裏を考えよう。
『私が抱かない普通じゃない願い』…みたいな?
もうちょっと具体的にして、と。
『私が抱かない忘れられたいという願い』?
文脈というか場面というか…まあそれ的に『元の世界に帰りたい』よりは『忘れられたくない』が正しそうだし合ってるよね?
後は色々整えて…
『私が抱かない忘却願望』的な?
ほい、じゃあ最後。3つ目ともなれば慣れてきたからパパッとやろう。
『アリスが私のことを忘れないのは至極当然』の裏だから…少し数学の命題らしくして『アリスと私の関係が続くなら、いつもアリスは私のことを忘れない』の裏か。
なら、『アリスと私の関係が終わる物ならば、任意の時点でアリスは私のことを忘れる』か。
で、それら表裏を繋ぐ『橋』をアリスが繋げるって言ってた。
『人間なんかじゃ判り得ない神』と『人間でも判る原理』を。
『私が抱く普通の願い』と『私が抱かない忘却願望』を。
『アリスが私のことを忘れないのは至極当然』と『アリスと私の関係が終わる物ならば、任意の時点でアリスは私のことを忘れる』を。
それらの相反する二つを繋げる…
相反するって聞くと繋げられない感じがするけど、そもそも橋は対岸同士を繋ぐものだから何の問題もない。
それで…アリスはこれらを通じて何が言いたいの?
最終的に『アリスと親友でいれば全て解決する』という文脈に繋がるから…そこから逆算すればいいか。
何か反則臭いけど…まあアリスも許してくれるでしょう。
さっきまでと同様に一つ一つ要素を分解していこう。
太古から面倒な話は分解して考えるのが常套手段だからね。
人類の叡知、積み重ねの力を見よ!…なんてね?
まずは『人間なんかじゃ判り得ない神』と『人間でも判る原理』の最後との関係。
神やら原理やらがどうなったら『親友』に繋がるのか…と。
まず神と原理の根本的な違いは生物か無生物という点。
そして基本的に無生物は神に使われるもの。
でも逆に神に使われることによって無生物は創り出される。
つまり、この二つの間にはある意味での封建制度が成立してる。
その二つを繋ぐ…封建制度、もとい神と無生物の関係は強制的なものだ。
神も無生物がなければ存在出来ないし無生物も神が存在しなければ存在できない。
だからこの封建制度は繋ぐものではなく、繋がれたもの。
一見同じに見えるけど、受動と能動には大きな隔たりがある。
つまりそれを『繋ぐ』って言ってるんだから…
使い使われの関係を能動で起こす…あっ!
お互いがお互いを信用し、助け合う…『親友』のこと?
つまり最初は『親友』の関係性の暗示だった?
なら次だ。
『私が抱く普通の願い』と『私が抱かない忘却願望』。
普通の逆は異常、これは誰でも知ってること。
態々アリスが『尋常一様』なんて言ってるということは裏の意味には『異常』が含意されている筈。
つまるところ忘却願望は異常…ということ?
それとも、だ。
私が忘却願望を抱かないことが異常なのか。
人間には(私を含め)基本全員に黒歴史なるものがあるわけで…私の場合はこれから量産されそうだけど。
まあそれはそれとして、黒歴史なんて言ってるんだから忘れて欲しい訳だ。
でも私の忘られたくない、というのには黒歴史も含まれてる訳で…それを異常だと言っている?
なら、これの意味は…アリスのさりげない『その異常性に気付いてるよ』アピール?
それと今までの文脈とアリスの性格を鑑みると…
異常性は気付いてるけど、その上で『親友』になってくれる…ということ?
アリス…いい人。
はい最後。
『アリスが私のことを忘れないのは至極当然』と『アリスと私の関係が終わる物ならば、任意の時点でアリスは私のことを忘れる』。
でもここまでの推測を交えればこれはもう簡単。
まず最後に言ったんだから『親友』うんたらかんたらに一番近い内容になってる筈。
そしてこれの一番のポイントは裏も表も意味がほぼ変わらないこと。
当に表裏一体。
ということは同じ話を復唱してるから強調の意味合いになっている。
あれだね、大事な話は最後に、そして何度も繰り返し言おうね。そうしたら聞き手の印象に残るし覚えやすいよ…ってこと。
つまりこれはそのままの意味。
『私とアリスの縁が途切れることはない』
そんな単純なことを意味している。
長い長い推察を経て全てを繋げると…
『誰もが知らぬ前人未到の天上も、ハナが抱く尋常一様の願望も、私が考える至極当然の理も、全ては表裏一体の橋に過ぎないの』
ということ。
……私は何を心配してたんだろうね。
◇◆アリス視点◆◇
「そう、だね…アリスの言う通りだった。何でこんなことで悩んでたんだろう…ごめんね、心配かけて」
──追加幕、閉幕。
魔銅劇場第一部『セルグヌの思惑』
これにて完全に閉幕。
またの御来場をお待ちしています……なんてね?
意味がないとは言ったもののあの言葉には私の深層心理が反映されてる可能性は否めない。
流石に全部は伝わらないとは思うけど…それでも本音を言ったことに恥ずかしさを覚える。
私の深層心理?
それは────────────。
長く、そして巧妙に隠したからその本音は伝わってないと思いたい。
一見関係ない話を紛れさせ、一般的な話に裾野を広げ、主観を交え、裏を読ませる。
これでもかと言うほどに婉曲表現と比喩が混ぜ込まれた本音を暴かれることはない…筈。
そう思いながら元に戻ったハナを見る。
「どうしたの?」
私は誤魔化す様に空を見上げながら答える。
────ううん、何でもない。
見上げた空は、そう言った私の顔の様に赤く染まっていた。




