34◇呑まれるは思考の波に、欠けるは至極当然の理に?
◇◆アリス視点◆◇
魔銅関係のいざこざが一段落した帰り道。
何かがおかしい。
何処かの歯車が致命的なまでに狂っている。
そんな悪寒が全身を駆け巡る。
今までもそういうことは偶にあり、そういう時は決まって私が何か大きな見過ごしをしている時だった。
だから私は非論理的でもその『直感』とも言える謎の悪寒を軽んじたりはしない。
……私は何を見過ごしているの?
セルグヌの遺言?
いやでも、あれは恐らく『魔銅はまだ終わってない』もしくは『魔銅はまだ封印し切れてない』みたいな内容だろう。
つまり、本体の様なものがあるということだ。
『本体』とは言っても自意識が有ったりする訳ではないだろうけど。
実際のところは『魔銅の塊』というのが適切なのだろう。
そしてそれはあの領地の魔銅の生産地、つまり鉱山にある…
という意味だと私は認識している。
ここに何か見落としがある?
落ち着いて考え直そう。セルグヌは何と言っていた?
正確に思い出そう。
やっぱり『魔銅は…まだ………』と言っていた。
なら間違いはない…いや、決めつけるのは早計。
私の推測が間違えている可能性もある。
もう一度考え直そう。
まず…セルグヌの満身創痍の状態、そしてあの意思の強さからあの状況でふざけたことを言うとは考えにくい。
私ならあの場で何を言う?
自分の命が長くないことを悟り、目の前には魔銅の呪いから解放してくれた人がいる。
…まず間違いなく魔銅関係だ。
そして『まだ』という言葉から入ったということは否定的な意味が込められている可能性が高い。
『まだ~~だけども、暫く経てば~~良くなる』
みたいなことを言いたかった可能性もあるけど、あの死にかけの状況で結論を先延ばしにして、前提条件から説明はしないだろう。
だからほぼ確定で『まだ~~は終わってない』みたいな私達に警鐘を鳴らすことを言っていた。
そして状況と状態、そして『魔銅』という言葉からほぼ確定で『まだ『魔銅関係の話題』は終わってない』という内容だろう。
そして魔銅の中心、魔銅の根源の様に思われたセルグヌを倒して油断しているであろう私達に話すことと言えば一つ。
『魔銅はまだ本体が残っている』
細かい表現や文体は異なるだろうけど内容としてはこれで正解な筈。
…そうすると私は間違えていないことになる。
なら何を私は間違えている…?
横で歩いている何処か変なハナを見ながら私は考える。
…何処か、変なハナを?
もしかして、そんな思いから私は記憶を辿る。
『何時から』『何で』『どんな風』におかしい?
まずは『何時から』。
でもそれは簡単だ。
明らかにセルグヌの遺言を聞き終わり、死亡が確認した時からだ。
あの時のハナはどこにも目の焦点が合っていなかった。
目も虚ろで、足も震えていた。
そして時々何処か遠くを見ている様で…
そんな異常な状態が続くこと30分。
ハッと目が覚めたかの様に反応し、何かを考え始めた。
余りの気迫に…いや、余りの感情に私は話しかけられなかった。
あの時のハナには負のオーラ、とも言うべき不吉な物が纏わり付いていた。
それはハナが使う呪域の様に可視の物ではないけれど、確かにそこにあると実感出来る程濃いものだった。
その性かセルグヌの遺体を回収しに来た騎士達もハナと一定の距離を取っていた。
それから5分程経った時、ハナは突然、死者を悼む言葉を唱え始めた。
その行動自体はこの世界でも珍しいものではない。
その文言は多少珍しいかもしれないけど…それ以上に珍しい…いや、おかしい点があった。
それはその言葉に気持ちが全くと言って良いほど込もっていなかった、ということ。
言葉とは裏腹に侮辱しているとさえ感じる言の葉だった。
今まで見てきたハナの性格から、そういうの軽視するとは思えない。
そうなると考えられる可能性は2つ。
一つは、異世界ならではの風習が原因で、私が侮辱だと感じるだけでハナからしたら真面目に悼んでいる…という可能性。
でもこの可能性は低いと私は思っている。
なんでかと言われれば幾ら異世界とはいえ、他文化から見て侮辱に見える行動で死者を悼むか、という疑問と『悼む』という一動作に『言葉と裏腹の心情を込めて何事もなかったかのように言う』という面倒で複雑な手段を取るか、という話だ。
そして何よりも、それを言い放つ直前までのハナの感情との格差だ。
それまでは濃密な負のオーラを撒き散らしていたのにその哀悼の言葉を言っている間だけ0になっていた。
そしてその後、私が語意について聞いている間も0のままだった。
そして私が黙って数秒後、再び負のオーラを纏っていた。
私との会話でも0になっている以上『哀悼の言葉』が負のオーラを抑制したわけじゃないのだろう。
そういう理由で私は異世界ならではの風習は原因ではないと考える。
なら残るのは2つ目。
言葉や行動自体には意味がなく、ハナの方に問題があった可能性。
つまり言葉や行動を盾に何かから逃げていた、ということ。
他にも色々なパターンがあるけれど、大元として考えられるのはこの二択。
長くなったけれど『何時から』はこれで解決。
なら次は『何で』おかしくなったのか。
それはおかしくなった時がヒントになる。
セルグヌの遺言を聞いてからあんな状態になったのだから、確定でセルグヌが原因。
そしてまた、2つ可能性がある。
一つ目は『セルグヌの遺言内容』によるもの。
これは全力を尽くしてセルグヌを倒して、魔銅関係が終わったと思ったのに遺言で終わってないことを示唆されて…というパターン。
でもそれは有り得る?
確かに今回の戦いはかなり苦戦したし危ない部分もあった。
でも『終わったと思ったものが終わっていなかった』というだけで、おかしくなるもの?
そもそもハナくらい頭が回るならその程度は容易に予測できる筈。
なら違う、か。
二つ目は『セルグヌの死亡』によるもの。
セルグヌが死んだことによって、おかしくなった…ということだけど、これは一つ目よりも可能性が低いと思っている。
別に人の死なんて珍しいものでもない上に、一々そんなこと気にしていたら面倒。
親しい人だったり、親族だったりしたらまた話は別だけど…
異世界から転移してきたハナがセルグヌと親しくなる方法も、そんな可能性もない。
なら有り得るのは…ああ、初陣だから、とか?
初めて自分の意思で人を殺したから病む、というのは良くある話。
幾ら大義名分があっても、建前を用意しても、同族である人間を殺すというのは大きな関門らしい。
だからハナも同じ様に…でもハナは既にユールを殺している。
だから一回目は経験している。
なら何でだ?
ハナの普通とは違うところ、と言えば『異世界転移』という経験に話は絞られる。
なら異世界転移が関わっている?
ハナのいた世界とここでは文明も文化も違うだろうから何処かの価値観が全く違うというのも全然有り得る話。
もしその価値観の差異が原因なら…その差異を見つけないと何れ大きな問題になる。
ハナは異世界に執着していて帰りたがっているから、完璧にこっちの価値観に染まるのも問題ではあるけれど、せめて理解位はしてもらわないとこの先で問題になる。
ならその価値観の差異を知らないと話にならない。
でも今のハナの様子を見れば判る通りそれについて聞くことが地雷になっている可能性もある。
そういえば地雷という言葉は天整統の……
本題からずれるから辞めよう。
それで差異だけど……
そこまで考えた所で不乱な目をしたハナが話しかけてくる。
…やっぱりおかしい。
私はこんなハナ嫌。
「アリスは『英雄』についてどう思う?」
初めての感情と共に私はハナの言葉を聞く。
英雄…私とは関係ないけれども、私と近い存在。
どこまでも万人の理想を体言し続けて自由がない、そんな民衆の英雄。
そういう人、という感覚はある。
でもハナの求める答えはそういうものじゃないのだろう。
私は何て答えたらハナを元に戻せる?




