32◇昇るは彼方の頂きに!駆けるは前人未到の天上に!
戦場から喧騒が消え、お互いの猛攻がぴたりと止む。
それはまるで音楽の休符の様に旋律を華麗に、そして整えるための一拍であり、相手から理性等当の昔に消え去っているだろうに、それでもなお、お互いに緊張が走っているとしか表現出来ない空気が生まれる。
1秒にも満たない、されど永遠に続くかの様に思われたその『休符』は二つの魔術によって崩され、
それと共にこの戦闘最後の駆け引きが行われる。
「『魔術-6-5-1』!」
「『限定空間制御』!!」
雷の槍が銅の体を貫かんと空気を裂き、突き進む。
相対する魔銅の化物は右手を振りかぶり、今もなお際限なく増え続けている触手の内13本を使い迎え撃つ。
電撃が触手に触れれば、それを伝い本体にまで損傷が届くと思っての魔術選択だろうけど、その目論見は未達成に終わる。
私はその様子を手に取る様に把握する。
では何故、アリスの目論見は達せられなかったのか。
それはその触手を切り離し、影響を触手内部に押し留めるという予想外の行動によるものである。
けれども逆に言えば。
態々『切り離す』なんて面倒かつダメージを受ける様な事をするということは、それ則ち『その電槍は効果がある』ということを意味する。
本体にはダメージが入らないものの、セルグヌの主な攻撃手段である触手の数を減らせるのは得以外の何物でもない。
そしてそれだけセルグヌの注意がアリスに向いているということは、だ。
私が接近するチャンスでもある!
勿論幾らアリスに掛かりっきりだとしても大損害を与えた私の接近にセルグヌが反応しないわけがなく、触手を大量に伸ばしてくる。
アリスの影響なのか、それとも増え続ける触手を自身でも制御出来ていないのか。
100本を超える触手の中で私に影響を及ぼしそうな軌道で飛んでくるのは僅か数本。
けれどもそれは時間が立てば相手側の慣れによって飛んでくる本数が増えるという意味でもある。
つまり、だ。
どちらにせよ短期決戦じゃなければ私達に勝機はない。
アリスには継続的にダメージを与える手段はあれど、それは必殺の一撃にはなり得ない。
だからといって時間をかけて戦ってると相手が触手制御に慣れて一網打尽。
私は後2、3分で『舞踏城』が消えてaglが元に戻る。
そうすれば認識できない速度になった触手に貫かれて一撃で死ねる。
よし、ここまでやってきたんだ!
意地でも近づいて神域を撃ち込んでやる!
右!左!
…絶妙な位置に触手が飛んでくる、だから。
体を捻りながらジャンプ!
私はまるで曲芸みたいな動きで触手の猛攻を避ける。
暫く前なら、aglが15000もなかったら。
こんな曲芸染みた動きは出来なかっだろう。
つまり、これが異世界転移による私の成長分!
そうして避け続け、そして気づかぬ内に本数の増えている触手が私を狙う。
そして───
────『親友』と視線が合う。
なるほど、今か。
その合図と同時に私はアリスと、それと私自身の技量を信じてセルグヌに近付く。
今までの様に触手を避け続けるが、
そうすると増えた分の触手への対処がどうしようもなくなる。
なら、私はその触手に貫かれて再び魔銅の病に罹患するのか。
それともhpを全損させ、命を散らすことを甘んじて受け入れるのか。
そんなわけないでしょ!
それにもし後者を選んだとしても『死帯享楽』が強制発動して、hpが回復する。
そして高濃度の魔銅に貫かれた人の末路は…最早話すまでもない。
だから私はそのどちらの選択肢も選ばない!
なら私が何か眼前の状況に対して出来るのか?
否、私は何も出来ない。
ならば頼る人は──────
「『魔術-6-5-1』『魔術-1-5-1』!」
雷の槍が私を貫こう右から飛んでくるとする触手をへし折り、続けて飛んでくる炎の槍が左から飛んでくる触手を焼き払う。
「アリス、ナイスアシスト!」
アリスのアシストのお陰でほんの僅かな余裕が出来る。
なら今が目標を達成するチャンス!
今回の目標、最後の私の攻撃をするためのゴール地点は一つ。
上に、上に。遥か上へ。
唯々上へと駆け昇るだけ。
そうすれば完遂出来る。
そのゴールまでに見えている障害をきちんと『限定空間制御』の効果で認識する。
右!右!
二連続で右に避ける。
『その』タイミングを、『その』チャンスを今か今かと待ち望む。
左!上!
上には上がれたものの、今じゃない。
今行ったら別の触手の軌道にぶつかる。
私は虎視眈々と『その』機会を待ち望む。
下!左!
─────今!!
上!!
まずは単純なジャンプで一段上へと昇る。
残念ながら私は空中を踏みしめて飛ぶ、みたいな技能も魔術も持ち合わせていない。
だから物理的な物質を持つものを土台とする。
つまり───
──刺さった触手を土台にもう一回上へ!
二段目の空を駆け昇る。
でもまだ足りない。
まだ高度が不足している。
それにセルグヌまでの距離がある。
私は滑空できる魔術なんて持ち合わせてない、だから。
もう一回!
空に向かって伸びきった触手を土台に更に天上へ!
これで高度、そして距離の二つの条件が揃う。
現実時間で10分、体感時間1時間の長く短い戦闘の最終幕だ!
遥か上空からの急襲。
セルグヌが反応出来なければ幸いだけど、私はこの魔銅をそこまで甘く見積もっていない。
そしてその予想は的中し、セルグヌは急遽こっちに向かって全触手を向けてくる。
それは死ぬ間際の、命の危機に瀕したが故の馬鹿力か。
今までは制御仕切れていなかった累計200本を超える触手、全てがこちらに向かってくる。
──でも、遅い。
その触手は金属故に方向転換が出来ない。
つまり、私に照準を定めるには『一回引っ込めて』『方向を転換し』『私に向けて発射』の3ステップを要する。
幾ら触手のスピードが速いとはいえ、その3ステップには僅かな時間を要する。
そして今はその僅かな時間があればいい。
その僅かな時間があれば貴方は私の即死圏内へと入ることになる。
勿論全ての触手がこちらに向かない訳ではない。
元々こっちに向けていた触手が他の触手が飛んでくるまでの時間稼ぎだと言わんばかりに私の行く手を遮る。
なので私はその触手群を避け─────
「『魔術-5-5-1』!『魔術-4-5-3』!『魔術-5-5-1』!」
───ない。
避けられないが…示し合わせた通りに、横から氷の槍が飛んできて触手の軌道を曲げる。
────私と貴方の距離は後7m。
蠢く銅の触手が生命の危機に反応して、土壇場で新たな動きを見せる。
今まで直線的だった動きが突然、うねり、廻り始める。
元来直線的だったものを曲線へと変える方法。
それは魔銅の触手から新たな触手を生やす。
その単純作業の繰り返しによって直線を曲線へと昇華させていた。
「なっ…!それは───」
───反則でしょ。
悪態を付く余裕がない位に忙しいほど、空中での姿勢制御を要求され、突然の事態に焦燥が頭を支配する。
──落ち着け。落ち着こう。落ち着いて。
別に私の攻撃が通用しなくなったわけじゃない。
今も昔も変わらず、神域を当てれば一発でノックアウトだ。
単純にそこに至るまでの難易度が上がっただけ。
変に悩む必要はない。避けられないものを無理して避ける必要もない。
だって私には心強い味方が、絶対無敵の『親友』がいる。
───ねぇ、そうでしょ?アリス。
その問いかけと同時に私に向かって3本の曲線触手が飛んでくる。
一本は何処からともなく現れた風の刃で切り落とし、一本は誰かの魔術によって凍り付かせられ速度を落とす。
そして最後の一本は私が体の向きを変えることで避ける!
─────私とセルグヌの距離は残り5m。
神域の効果範囲には入るが、今使う余裕が無い上に使った所で確殺出来る保証がどこにもない。
そして一度『致命傷』を負わせれば吹き荒れるのは暴風ならぬ暴触手。
そんな致死と即死を組み合わせた様な地獄絵図を自ら作りに行く趣味はないので敢えて『温存』という手札を切る。
5本の触手が私を貫かんと、いや。
私を吹き飛ばそうとしてくる。
今の触手群は別に私を一撃で殺そうとはしていない。
私を吹き飛ばして、この王手にリーチが架かった状況を壊したいのだろう。
確かにそれは有効な手立てだし、私だけじゃあ5本なんて多さに対応出来ない。
だけれどもアリスは対応できる。
全てを凍てつかせる氷の槍が銅の勢いを削ぎ落とし、灼熱を纏う炎の槍が銅の触手を溶かし落とす。
石の槍と銅の槍はお互いがお互いを相殺し…電撃の槍は銅の槍を焼き切る。
残った一本を避け、それを足場に下方向へ加速する。
──────私とセルグヌの距離は残り4m
時間に直せば一秒以下。コンマ1秒の世界でのミクロな戦いを繰り広げる。
そんなことを考えた次の瞬間には、既に二つ回避不能の軌道で触手が最後の足掻きとばかりに飛んでくる。
それも横からの石の槍と氷の槍で起動が捻じ曲がる。
2つの触手を避けきり、私とセルグヌを阻むものはなくなった。
「これで最後!」
──────私とセルグヌとの距離が3mを切る。
「神域『科学支配世界』!!」
私が地面に着地し、相対相手が地面に沈む。
最期の足掻きとも言いたげに銅の槍を一本だけ延ばし──
拳一つの差で届かずにその場で力尽き、崩れ落ちる。
───タイマーストップ。
記録は28分と49秒。
評価は文句なしのSSだ。




