164◇『あなた』と『わたし』──聖女物語──
◇◆花奈視点◆◇
「だって、セリアは世界一優しいじゃん」
私にとっては至極当然の事実。
天地がひっくり返ろうと、私が消し炭になろうと変わらない不変の真理。
この瞬間に自転が逆回転になろうと、魔法が消滅しようと、この世界が幻影になったとしても、それだけは変わらない。
私にとってのセリアはそれだけ大切な存在。
アリスとは違う形で私に必須な人。
それを何というのかはわからない。名前がつけられない……つまり、定義できない。
人類は未知に、定義できないものに恐怖すると言われている。でも、定義できるものにも恐怖はあるように、定義できないものにも愛しいものは存在すると私は思う……いや、思うようになった。
それは紛れることなく、セリアのお陰でね。
本当に、セリアは私なんかには勿体ない人だよ。
そしてそれはセリアに限った話じゃない。アリスも、ラスティリアも、私なんかには勿体ない人。
それに、セリアが優しいとわかってるのは何も私だけじゃない。
「……私も、そう思う」
「セリアさんは優しいです!」
純真を、純粋を、無垢を、一人の人間に濃縮したような人。
それが私のセリアへの印象。
勝手なイメージだし、重いというのはわかってるけれども。勝手な期待なんえ無責任だけれども。
「私は……自信を持ってもいいのでしょうか」
明かされるセリアの悩み……それは重大なものであり、それを明かすことですら大きな苦悩があったのだろうけど……そんなの私にとってみたら──
「何を当たり前のことを」
──そんな言葉で片付けられる。
「むしろ、セリアはもっと人間味を出したほうがいいと思う」
他人のために常に奔走し、自分を顧みずに行動する。
それがどれだけ大変で負担をかけることかは少し、ほんの少しだけ私にもわかること。
だから、私は後一歩を。
踏み外すための小さな勇気の灯火を照らそう。
「セリアも、女の子なんだからさ?我が儘の一つや二つくらい嗜みの範疇だよ」
私という悪魔からの提案。
でも私は別に私やアリス、ラスティリアみたいになってほしい、と言ってるわけじゃない。
ただ、セリアに『自分』を主張してほしい、と思ってるだけ。
その結果、今と変わらないならそれは凄いことだし、もし変わったとしても、今までの行動がなくなるわけじゃない。
積み上げた善行は信頼の礎にはなれど、その人格を否定し、壊すものにはならない。
「そう言われましても、急には変われませんよ」
まあ、そうよね。
だから私としてはこれが何かのきっかけになってくれれば───
「だから、一つだけワガママを言ってもいいですか?」
「いい、けど」
思わず口が詰まってしまう。
そんな無理して変わらなくてもいいのよ?
もちろん今まで溜めてた不満があるなら思う存分吐き出してもらっていいけど。
あ、でも私の精神にダイレクトダメージがくるのは控えめにしてほしいかな。
「ハナさん────」
今から私に対して何か『おねだり』をするセリアの口調を震えていて、緊張しているのが暗い中でもはっきりとわかる。
「私を、ずっと側に置いてくれますか?」
……ふふっ。
そんなの決まってるじゃん。
なにを今更…………
「いや」
「え……」
「マスタァァァァッ!」
「ハナ……」
絶句し、この世の終わりみたいな表情をしているセリア。
この状況でも激昂しているとはっきりわかるラスティリア。
哀れみと憐れみを同時に濃縮還元した目を向けるアリス。
まあ確かに私が裏切ったんだからそうなるのもわかる。
「いやに決まってるよ」
私がそう言うと、セリアの目には水滴が──
バカバカバカ、おいおい私、頭大丈夫か?
…………なんてね。
ある程度は折り込み済だよ。流石に泣かれるとは思ってなかったけど。
「だってそんなのもう確定事項じゃん。我が儘の内に入らないよ。セリアが逃げても私が離さないからね?」
ある意味脅し文句ともとれる私の言葉を聞いたセリアの反応は……
「…………」
あっ、これダメだ。
思考停止してるやつだ。
暗くて顔は見えないけど、多分『ほあっ!?』みたいな感じで硬直してるんだろうね。
ついでに台詞を付けるなら『な、何を言ってるんですか!?』みたいな感じかな?
「……こっ、こちらこそっ、末長く宜しくお願い、します」
天国から柑橘類を絞り出したみたいな声でセリアは言う。
そして私は愚考した。
───それ、結婚とかの時の台詞じゃない?
多分ここで口が華麗なターンを決めるとセリアが再度、応答停止状態になるから喉元まで出かかったその言葉を胃液に溶かしこむようにして飲み込む。
「それ、結婚するときとかの時の台詞じゃない?」
くそう、胃液に不溶性だったか。
これなら永久封印の札を張って脳の最深部に放置しておけばよかった。
「ハナ、さん……」
そしてセリアは予想通り思考停止状態に陥った。
やすらかな死に顔だせ……嘘みたいだろ?(見えてない)
流石に一気に色々言い過ぎた……反省。
「ハナの女たらし」
「身に覚えのない罵倒が私を襲う」
はぁ……みたいな溜め息を二人から吐かれる……ってラスティリアも?
「何で驚いてるんですか……」
そんな変な事言ったかなぁ?
なんて鈍感系主人公にはなりたくないので……え?主人公じゃない?
……うるさいなぁ。
ともかく、鈍感系登場人物にはなりたくないので、今後セリアに接する時は親密度を体感5割増で接しよう。
私は、強く、決心した!
「絶対的外れなこと考えてる顔ですよこれ」
「え?何か言った?」
「絶対的外れなこと考えてる顔ですよこれ」
そういうのは普通『何でもない』って誤魔化すところじゃないの?
「言うほど的外れ?」
「んー、私もよくはわからないんですけど……」
ちらっと、セリアの方を向いたラスティリアは安心したように言う。
「ちょっとアリスさん耳塞いで貰っていいですか?」
「……なるほど、わかった」
そういうと素直にアリスは両手で耳を押さえて丸まる……え、なにそれ反則レベルにかわいいんですけど。
「ご協力ありがとうございますね」
聞こえてないだろうアリスにお礼を言ってから私に視線を向ける。
「多分ですけど……セリアさん──」
ごくり、と息を飲むような幻聴が聞こえる。
「───ハナさんに堕ちてますよ」
堕ちてるってなによ、堕ちてるって。
せめてもうちょっと直接的に言おうよ。
堕ちてるだけだと私がなんかやらかしたみたいになるじゃん。
「だってこのセリアさん、女の顔してますもん」
おーけーおーけー、いくらラスティリアでもそこを自重する程度の良識はあったか。
「で、そんなことある?」
実際そう。
セリアだよ?あのセリアよ?
そのセリアがよりにもよって……ねぇ。
ちょっと想像してみよう。
─────────
セリアに似合う静かな夜。
月が穏やかに照らすそんな王城の一角。
ここは四季の花が咲き乱れる、そんな庭園である。
「こんな夜遅くにどうしたの?」
つまり、状況を軽く整理するなら私はセリアに呼ばれた、ということだ。
とくに切迫した用事はなかったし、それにしてもセリアから呼び出すなんて何かあったのかな?
それか私に愛想を尽くして出ていく……とか。
そんな想像をしながら軽く体を震わせる。
「私こそこんな夜遅くに呼び出してしまってすみません」
そう言いながらもセリアはずっと私に背を向けたままだ。
綺麗な金髪が風でたなびき、幻想的な光景を作り出す。
「どうしても伝えたいことがありまして」
そう言いながら、セリアは私のほうへと向き変える。
その端正な顔は緊張で少し歪んでいて、その瞳からは動揺が見てとれる。
「大丈夫?体調悪いなら医務室に連れてこっか?」
そう言いながらも私はそんなわけない、とわかっていた。
そもそもセリアは【救聖女】だし、立派な人だから自身の体調異常は自分で気づいているだろう。
なら、何か違う精神的理由。
「問題ないです……本当に緊張しますね」
そう言いながら、深呼吸をして呼吸を整えるセリア。
「…………ハナ、さん」
そうセリアが言った瞬間、私は心臓が跳ねるような錯覚を覚える。
「私、セリア=ティーミールは───」
─────────
「ハナさん、大丈夫ですか?」
そこまで考えた段階で私は現実のセリアに揺らされる。
ここまでの妄想が妄想なので、ふいにドキッとしてしまったけど何とか立て直した。
……あれぇ?(予定外の動き)(堕ちてるって何?)(どうしてこうなった)(タグ付けといてよかった)(未だに理解できてない)




