142◇天堕の日常と常日の堕天
というわけで宿で部屋に関して一悶着なう。
もともと3人(私、アリス、セリア)の予定だったのに異物が入ってきたせいで予定が狂った。さすがに4人で1ベッドは狭い。
あ、そうだ。
「ラスティリア、帽子モードに…」
「嫌ですよ!もしそれで変形したらまたその鞄に突っ込まれるんじゃないですか!」
「ご明察」
「やっぱり!…私だってマスター達と寝たいですよ
!一人だけ寂しく鞄の中でガラクタと戯れる夜なんて断固拒否ですよ!」
どうしたモノか。
私としてはラスティリアは人間扱いしたいから正直バッグに押し込みたくはない。
だけど…ねぇ?…どう見てもベッド側の大きさが足りてない。
何しろ3人でも足りないぐらいの大きさだ。
4人なんて乗っかったら余裕で一人落ちる。
最初から2部屋に別れとけば…ああ、確かこの1部屋しか空いてなかったんだっけ。
どうしようか。
「それでどうするんですか?」
「ラスティリア、───帽」
「嫌ですよ!?」
「なら公平に決めるためにじゃんけんで決めましょう」
ここまではセリアの発案。
「勝った3人がベットで負けた人は床で…っていうのは流石に汚いんで、そこのソファーでいいんじゃないですか?」
そしてここまでがラスティリアの発案。
「…わかった」
「それなら公平ですね」
「じゃあ1分後に開始ですね」
「えっ?何で1分も時間が──」
「…【理断友専用技能】『簡易魔術創生』…『幸運強化』『激高幸来』『僥蛇倖光』『変則運命』」
「えっ」
「【救聖女】らしく祈ればlucが上がったりしないでしょうか……」
あっ、これ皆ガチでやる奴だ。何かlucの値を上げにいってる。
特殊職業の全力をたかがじゃんけんに注ぎこんでる。
圧倒的努力の方向音痴。努力の行き先が行方不明過ぎる。
そんなにソファーいやなの?割と柔らかそうだよ。
私は勿論…断固としてベットがいいけど。
…でも甘い、甘すぎるよ。チョコレートよりもずっと…あ、この世界チョコレートあるのかな?
じゃなくて…甘いよ、甘すぎるよ。
じゃんけんの必勝法は幸運に有らず!
じゃんけんの極意は…動体視力と反射神経にあり!
「『舞踏城』」
私はそう言ってから『純白の十字教会』を手から離す。
そうすると最大mpの1割を切れるので…
「太古より築き上げた物を見よ」
「あらゆる場所での発展を見よ」
「現代にも残る才能を見よ!」
「それら全ては『人類』の残してきた足跡であり…」
「現代に生きる私達が敬うべき物である!」
「原初の世界より眠りし未知よ…」
「過去の偉人により解明されし既知よ…」
「今を以て此処こそが知識の披露宴の舞台である!」
「無知蒙昧たる愚か者よ…」
「偉大なる歴史と無限の未知に溺れて沈め!」
「『叡知の図書─『愚者』─』」
からの…
「強き者には弱者への救済を」
「弱き者には強者への期待を」
「立場を変え、世界を交えどもそれは付き纏う」
「代償にと適応される罪を見よ!」
「『叡知の図書─『代償』─』」
これで私のaglは395×100×8=316000!
圧倒的なaglの前に敗北するといい!
「ま、マスター…達?それは…卑怯じゃ…」
「【理断友専用技能】『重複詠唱』…『幸運強化』『激高幸来』『僥蛇倖光』『変則運命』」
「…わかりました!どんな手を使ってでも勝ちに行けばいいんですね!後悔しないで下さいよ!」
そう宣言し───
「【対遡粒子予測機能付属電脳知能専用装備-視界反応機能超稼働】、【対遡粒子予測機能付属電脳知能-《三永》改良特注特殊型0番機専用装備-思考回路超稼働】【対遡粒子予測機能付属電脳知能専用装備-視界反応機能過剰稼働】、【対遡粒子予測機能付属電脳知能-《三永》改良特注特殊型0番機専用装備-思考回路過剰稼働】」
オタク特有みたいな早口で呪文を唱え始めるラスティリア。
さて、場が暖まって参りました!
それぞれが己のプライドとベットをかけてじゃんけんをする。
負けられない世紀の大決戦が、ここにある!
今、この瞬間、あれから1分が経過した!
「「「「じゃんけん…」」」」
「「「「ぽん!」」」」
結果は……
◇
どうやら2人と…1機はもう寝てしまったらしい。
機械が寝るっていうのはどういうことかはわからないけど。
私はソファーに転がる帽子型の何かを眺めながら考える。
私は本当に恵まれている。
異世界に来たっていうのにほぼ不自由ない生活をおくれてる。
私はそれがどれだけ恵まれているかを理解できないほど愚かじゃない。
この世界には孤児も沢山いるし餓死している人も沢山いる。税を納められなくて生活に苦しむ人もいれば、借金で貧困に喘ぐ商人もいる。
そんな中で私が貴族として、宮廷魔術師として、…そして何より人として安定した生活を送れているのは…
紛れもなくアリスやセリア達のお陰だ。
セリアがいなければ貴族と関わることも、そしてこの魔法世界に適応することも出来なかった。
アリスがいなければこの地位を、この自由を手にすることは叶わなかった。
もしそんな人達がいなかったら…もし私を助けてくれる人がいなかったら私はどうなっていただろう。
学校で平和に暮らしてた?
そもそもセリアがいなければ学校に行けてなかった。
じゃあ王都で立派に冒険者してた?
それもギルマスがいなければ私は何も出来ずに死んでいた。
なら王都で一般民衆として過ごしてた?
レントル商会の人がいなければ私は王都にすら入れてない。
私が完全に独りで成し遂げたこと。
それは精々最初のゴブリンから逃げられた。
それくらいだ。
下手したらそれすらもあの自称神がいなければ何も出来ずに殺されていたかもしれない。
私が異世界に来てから完全に独力でやったことはあるんだろうか。
今日は『皆で盛り上がる』1日だった。
ラスティリアがいて、セリアがいて、アリスがいる。
4人でわいわいがやがやと1日中騒いでた。
ここに来るまでの道中でも下らない煽り合いをしたり不毛なやり取りを沢山した。
勇者に会った時も勇者相手に4人で大見得を張って煽った。
この宿に来てからもベットかソファーかを決めるじゃんけんで、そう。たかがじゃんけんであそこまで盛り上がれた。
アリスとセリアが特殊職業をフル活用して、私は思いっきり技能を使って。
ラスティリアは長ったらしい専用技を使って。
たかが1じゃんけんにあそこまで無駄に全力を注げる。
そんな関係性は私にとって初めて。
…
…
…
ファンタジー系統の本とか小説において日常シーンが描写されることは稀だ。
偶にあったりはするけどそれはあくまでメインシーンの間の場繋ぎ的な意味合いが強い。
それは劇で盛り上がるクライマックスへと、盛り上がるターニングポイントへと繋ぐための糊の様に。
だから『それから何日後…』っていう表現もよく見る。
登場人物達はその『何日間』も普通に生活している。普通に物事を考えている。
その『数日間』に一見どうでもいいように思える些細な出来事しかなかったのかもしれない。
でもそれは確かに彼彼女等にとっては紛れもなく『数日間』だ。
まあ小説…物語だからそんな細かい所まで描写してたらキリがないし読者もつまらないだろうけどね。
延々と雑談が、変わらない様子が何回も何回も繰り返される物語。
それは確かに誰の目にも止まらないのかもしれない。
それは誰の感心も惹かない物かもしれない。
でもこれは、この世界は劇でも小説でもない。
だからありふれた日常も、平凡な日々も絶対に必要なもの。
そんな些細な出来事が積み重なって、降り積もって…信頼は、関係性は創られていく。
日常を積み重ねて関係性を構築する。
関係性があるからこそ非日常が映える。
日常と非日常、それはどちらもあって初めて『人生』という物語が完成され製本されるのだろう。
その物語は誰にも見向きもされないかもしれない。
でもその人自身にとっては何よりも大事な物となり…『記憶』や『経験』となってその人自身を作り変え、成長させていく。
そして成長し、又新しく続刊を出す。
それを繰り返し…続刊を繰り返し…それが絶版になれば。そしてその本の切れ端すら日の目を浴びなくなったならば。
その時がその人の『物語』の終わりなんだろう。
だから、人は他人から忘れられた時に本当の死を迎える…なんて言われる。
話が大分逸れたけど…要は、だ。
私は日常を、そして友達や『親友』を大事に生きていこう。
今日の出来事を通じて私はそう思った。
ってだけ。
これは小説にも台本にも載らない私の小さな小さな独白…なんてね?
それじゃあ今日もお疲れ様でした。
………お休みなさい、私の日常。
◇◆
天堕の少女。
それは何を意味するのだろうか。
科学文明の発展の境地に開発され全てが終わった後に稼働する。そんな少女のことだろうか。
それとも…
王族という至上の環境に恵まれながらも双子の優秀さが仇となり評判が地に落ちた少女のことだろうか。
それとも…
貴族令嬢という将来の安寧が約束された地位に就きながらも未知に憧れ、未知に邁進する少女のことだろうか。
それとも…
天才、優秀、完璧。それら全ての褒め言葉を全て司りながらも一人のありふれた異世界人に想いを伝えた少女のことだろうか。
それとも…
夢の世界にいながらも現実に想いを馳せる少女のことだろうか。
天が何か、堕ちる先は何か。
それらは明記しないが…
一つだけ、一つだけ付け加えるとするならば。
………夢と現実、それは表裏一体である。
それは大いなる世界を解き明かす鍵の欠片である。
英雄は盟友を得る。
世界は広がり断片を掴む。
試練を乗り越え、過去と決別す。
◆◇




