1258◇パンデミック・コンテクスト
冗談ついでに私の選択権が剥奪されたところで、元の話題に戻って。
「それで、イメシオン公爵家は代々近親婚を繰り返してきた影響で、家系図が混沌としている……と?」
花奈にしてら珍しく察しが悪いとでも言いたげに、不思議そうな表情を浮かべてから。
アリスはベッドに腰かける。
「聞いたことあると思うけれど、その影響でイメシオン公爵家は突然死者数が多い。兄妹の死亡が多い、という話はそれに繋がってくる。だから、暗殺じゃない」
まあ、全てが全てそうだとは限らないけれど。
そんな補足をしながらも、アリスは真実を語っていく。
「だから、公爵はこれ以上血筋に拘るのは悪手だと考えていた。即ち、公爵家の血筋を一回断絶させる必要があると考えていた」
「一応確認なんだけれど、それはどの程度の人が知っている情報?」
「他の公爵家や一部の侯爵家──アイグリル侯爵や、サンエティ侯爵は、イメシオン公爵家の死亡率は暗殺によるものだけではない、と確信しているはず。その中でも、ササン公爵やアイグリル侯爵はもう少し詳しいところまで知っていると思うけれど」
何かを思い出し、整理するように左上を見て。
「ここまで知っているのは、きっと私と今は亡き公爵本人くらいなもの」
危な……いや、危ないって。
さも当然の前提知識みたいに出てきたものが、全くもって常識じゃなかった。
で、こういう時に次気にしなきゃいけないのは一人しかいなくて。
「ユスティはどこまで知ってるの?」
「きっと、知っていると思う。『都市伝説』事件すら知っていた姉が知らないわけがないから──」
私に少し気遣うような視線を向けてから、アリスは言う。
「姉視点では、イメシオン公爵はどうでもいい存在だったと思う」
あのユスティのことだから、こんな一大イベントに何もしないなら──どうでもいい存在枠だったんじゃないか、というのがアリスの推測。
「むしろ、一昨々日から突然増えた不正報告や内乱の芽、各貴族からの嘆願……そういった細々としたものは姉の仕業だと思うけれど」
だからこそ、とでも言いたげに。
「花奈の気分を害したいわけじゃないけれど。私の姉は、思ったよりも悪どい手法を用いる」
それは私も同じだから、とフォローになっているのかなっていない言葉を聞いて。
私としては、納得出来る部分と納得出来ていない部分があった。
まあ、ユスティが綺麗な方法以外も使うっていうのは理解出来る。
なにせアリス相手に『正攻法以外の使用禁止』で勝つのは、ほぼ無理難題みたいなものだから。
搦め手に反則スレスレのバグ技みたいなのを使うのは、理解出来る。
というか、あの“忘却零落”関連や迷宮関連はどちらかというと、そっち側だからね。
「まあいいや。これ以上は推測に推測を重ねることになるし。それで、それとスティヤニェトラーナと何の関連が?」
「イメシオン家──正式名称をイメシオン・ヴィズギュレジュス・トールデリス家。そう言えば、少しはわかる?」
引っかかるのは、ヴィズギュレジュスという部分。
それは紛れもなくスティヤニェトラーナが名乗っていたあのよくわからない長い名前の一部で。あの命名方式に従うなら、地域名の部分。
「なら、イメシオン家はヴィズギュレジュス出身なの?」
「かなり昔に別れているから。厳密に血筋を辿るなら、イメシオン家の方が分家に分類され──それで。理論的には、スティヤニェトラーナのほうが、本家寄りの血筋だということになる」
確か、記憶が確かならアイグリル侯爵がベフェトラミニエジェス──スティヤニェトラーナさんの詳細な出身地──は、ヴィズギュレジュス地域の中でも、中心地に近いって話はしていた気がする。
だから、本家に近いっていうのはそういうことなのかな?
「だから、後継者にって?」
「貴族院にはそのような理屈で説明する予定だった。全部が終わる前に、本人が死んだから色々と複雑になったけれど」
はぁ、面倒な仕事が残ってしまった。
そんな草臥れたサラリーマンみたいな表情を浮かべながらも、真実はそうじゃないんだろうと推測させる視線が私に刺さる。
「あ、もしかしてアイグリル侯爵がヴィズギュレジュスについてなんか詳しかったのって──」
「多分、それはただの教養。特別調べたということではないと思う」
「はい」
はい……
教養がない異世界人で申し訳ありません。ついこの間まで三國大戦すら知らない無知蒙昧愚鈍ヒューマンでした。
よろしくお願いします。
「でも、イメシオン公爵もヴィズギュレジュス地方と王国の交流が再開したから、スティヤニェトラーナを誘致したのは事実」
「簡単にまとめるなら、『家系の存続の為に、歴史的に本家寄りの血筋を持つスティヤニェトラーナを王都に持ってきた』っていうところ?」
こくり、とアリスは頷く。
なるほどね。ちょっと理解した。全然解決していないけれど、なんか状況が超絶複雑で混沌としているっていうことは、何となく。
「でも、それだけだと完全には繋がらないよね?例えば、イメシオン公爵本人は何処までわかっていたのか、とか」
「スティヤニェトラーナについては急いで進めようとしていたから、恐らく本人はもうすぐだとわかっていたのだと思う。そして実際、心臓発作で亡くなっているから」
あながちその予測は間違っていなかった、と。
近い親族の子供を回収しても、この近親婚が繰り返されてきた血筋を断てないんだから、遠方のスティヤニェトラーナを持ってくるのは理解出来る。
まあ、それが『スティヤニェトラーナ』でいいのかはさておき。法律的にも、実務的にも、社会的にも。
「スティヤニェトラーナのことは、他の貴族達は認められるの?突然、遥か遠方から親族が湧いてきて公爵家になります、なんて」
まさしくその質問がクリティカルだった、とでも言いたげに。
アリスは息を吐く。
「本来なら、イメシオン公爵がスティヤニェトラーナの結婚相手を選定するところまでする予定だった。目星としては公爵家や侯爵家の何処かしら。そうすれば、『公爵家の継承者の父親』を輩出するために、それぞれの家が争うようになるから」
だから、だと通じないんだよね。
生憎私はそういうのに詳しくないから。
「だから、社会的や実務的の問題がなくなる。それを問題に上げないほうが、利益が多くなるから」
なるほどね、その利益がイメシオン公爵家の継承者──スティヤニェトラーナの子供の父親という枠組みに、自分の家系の人を送り込める、という意味になると。
つまるところ、新手の摂関政治みたいなものだ、と。
「多分、イメシオン公爵はそこまで調整する予定だった。対外的利益と、今後の王国発展もある程度見越した上での、スティヤニェトラーナの夫を見つけるところまで」
「で、実際はそこまでは行かなかった」
故に、スティヤニェトラーナの夫が誰になる問題がそのまま空中でふわふわしてしまった、と。
「イメシオンが亡くなる可能性を考えていなかったわけじゃないけれど。正直、次に亡くなるのはアイグリルだと思っていたから、後処理が大変で──」
「え、あの人って死ぬの?」
「年齢を考えて欲しい。むしろ、現役なのがおかしいくらいだから」
まあそうだけどね。
平均健康寿命がそこまで長くない王国において、七十七歳なんて年でありながら、あそこまでの弁舌を振り回しているほうがおかしいというか。
背筋も真っ直ぐだし、高身長だし、あんまり死にそうなイメージがないんだよね。
「王国の問題は、次世代。その話は前したと思うけれど」
そうだね。当時は『本当なのかな』と思っていた部分がないわけじゃないけれど。
シルクエスさんの実力を見たら、そりゃあ最上位戦力は後継者不足すぎると理解出来る。
で、こういうのもアレだけれど、シルクエスさんに限れば私がいるから、あんまり問題にならない。
それに、大隊長達はアイグリル侯爵みたいなレベルの年齢層じゃないからね。どちらかというと、我々の親世代くらいのイメージ。
だから後継者問題って言っても、結構長期的な問題だと思ったんだけど……
「そっか。アイグリル侯爵やイメシオン公爵の後継者問題、か……」
がっつり政治方面は、ちょっと何とかしにくいかなぁ。




