第1章4話 2つの指針
──ここで俺が言えるのは、物語の感想と『彼女』への愛情だけだろう。
もっと言えばこれはキャラクターの頑張りに対する承認的な愛情でも、キャラクターの栄光に対する崇拝的な愛情でも、キャラクターの性格や行動などから来る推しへの愛情でもない。
そこにあるのは『絶対的な敬愛』──否、そこにはまだ到達していないが、しかしあと少しでそうなり得るであろう一途な想い──すなわち『恋』だ。
もはやキャラクターをキャラクターと見ない感性…一人の人、一人の存在、一人の恋愛対象、唯一無二の『青い髪の美少女』に他ならない。
──さて気持ちが落ち着いてきたところで、物語の感想と『彼女』への愛情を言葉にしていくとしよう!
「まず最初に猫が可愛い…相変わらず可愛い。動きも声も可愛いのだから、そりゃ可愛いよなぁ」
この歳の男の子、いや男でもふもふやらぬいぐるみやら好きってのも奇異な目で見られそうなもんだが。
「ツンデレが見せるドヤ顔も素晴らしかったなぁ…。それに妹に劣るもその姉としての矜持はカッコいいとしか言いようがない」
赤い髪の女の子もキャラがすごい好きだなー。
そして、
「……あいつもただの命知らずかと思えば、しっかり命大事にしてやがるし、しかしそれでも命がけで誰かの為に逆転劇起こそうとするんだからよ」
やっぱり凡人なんかとうに超えてやがる。でも……
「それがこいつの──こいつだけの強さなんだろうな。」
実力は間違いなく異世界じゃ凡人か、少し上程度で魔法もほとんど使えねぇ。いつも状況は命張らなきゃなんねーレベルで絶対絶命──だがそれを誰かを守りたい一心で覆えしちまう……
一度はびびってたが、それでもそれよりはるかに怖い上空でやると決めて為す──まさに主人公だ。
そして──『彼女』は、自らをずっと神童だった姉の『劣化版』『代替品』として扱ってきた。あんなに頑張るのも、あんなに自分を卑下するのも、あんなに色々出来るのも、全て贖罪と姉の分まで行動しようという強くしかし脆い意志からだった。
俺はどうだろう? たしかに妹は今も健在だ。でも妹に、『スピカ』に、色々迷惑をかけてきたはずだ。
小さい頃は何でも悪い事は妹のせいにしていたし、すぐバレると分かっていた頃でさえそうしていた。それでも妹は受け入れて、結局妹に免じて俺は許された。
俺は俺だ、ここでは雑魚なだけ。別の場所でならきっと……そうやって生きてきた。『劣化版』でも『代替品』でもない。──それはいい。でも、贖罪なんてしたか? 妹の為に何かをしたか?──いや、してない。
「魅力的なキャラクターが本当にたくさん出てくるな……この作品はよぉー」
みんな何かしらの闇を抱えてる。受け入れるべきものかはさておき……それでも受け入れて、必死に努力して必死にもがいて必死に生きてる──
「結局、激強ピエロが来てなきゃあいつもまた死んでただろうし……何度命張るんだか──」
何度思い返しても、やっぱとっくに化けもんだぜこいつは──やる事為す事、全部命がけで全部規格外だ。『カッコいい馬鹿じゃねーか』……
「笑いながら未来の話を──か。そういやアニメ見て笑う事はあっても、未来の話……現実の話で笑いながら話すなんて事、ずっと前からなかったな……」
でも、この作品と向き合っていくうち──色々変われそうな気がするんだ。
一つは『彼女』の笑顔を見たから。
もう一つは、
「お前に出会ったからだよ──『ナツ○・○○ル』」
それから少し間を置いて、
「そして『彼女』は一番されて嬉しかった事が苦しい時に手を握ってくれた事とは──ずいぶん可愛らしいというか、無垢だよなぁ」
掟優先派と違って、親や出会ってきた奴等が温かかったからかねぇ……心は決して恐ろしい鬼なんかじゃない。
落ち着いてて大人っぽくて……って最初は思ってたけど……ほんとは熱くて、子どもっぽくて、すげー優しくて、努力家で、純粋に誰かを愛せる子──
そう考えると、あいつを殺した時とか角出てる時とかのあの怖い顔だって、大切な人を愛して止まないからこその──不器用で、がむしゃらで、直向きに頑張る姿だったんだろうな……
「すごく弱くて、寄りかかってしまって、嬉し泣きが鬼可愛くて、尊くて……前向きに動き出したその姿に俺は惚れちまったよ──」
そしてそれをここまで形にさせたお前もまた……
「十分すぎるくらいに見惚れたぜ──」
俺が目指すべき者は『ナツ○・○○ル』だ!!!
俺が愛すべき者は『青い髪の美少女』だ!!!
俺は史上最高のアニメに──いや、史上最高の作品に出会っちまったよ………
この作品は俺を変えてくれる…!
この作品は俺にとって、
「俺の未来の姿を映す『至極のバイブル』だ!!!」
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区切りのいいところまで見終えたので、いつものコンビニまで繰り出し、チャーハンと焼きそばを買い「区切りもいいし、心機一転異世界にでも召喚されねーかなー」とか考えつつ、帰路に着く。
「あーー腹減った〜」
さすがにあの状態で1時間、興奮感動冷めあらずで感想や考察を一人自分の家で口にしてさらに30分。お腹が限界だぜー。
「まあ、そんなわけで炭水化物祭りだしー。早く帰ろっと…」
と、何も考えず空を見上げた時だった。
満天の空、そこには雲一つなく、ゆうに百を超えるであろう……一つ一つ数えてはいられない数の光、輝き。その極彩色の星々は──まるで虹のように様々に強く、勇ましく、気高く輝きを放っていた。
「おいおい、嘘だろ……? こんなに星って綺麗だったっけ…? そもそも星ってこんなに多いのか…?」
あまりの衝撃と驚きに、空腹の事すら忘れて立ち尽くし、星々を見入るカケル。
──それからあっという間に数分が過ぎ、
「……しまった! 腹が!」
ようやく空腹である事を思い出し──否、「ぐぅ〜〜」という野太く大きな腹の鳴き声によって現実に引き戻されたからである。
「ありがとよ星さん。──今日は本当にいい日だぜ」
『ナツメ・カケル』と『ナツ○・○○ル』の比較、『ナツメ・カケル』と『ナツメ・スピカ』の比較、記憶の回想、心の暴走、絶望、高揚、安堵、己を見つめ直してから見上げる悠久の空と無数の星々──
今日……彼の中では様々な葛藤が生まれ、繋がり、砕け、そして新たな道筋を紡いだ。
俺はここから変わる。これから始めるんだ──
『ゼロから』………いや、『マイナスから』だな、俺の場合は…!
「……」
「……とりあえず、まずは腹ごしらえだな」
などと色々な事を考えながら、マンションの自分の部屋の前まで来たカケル。
ドアノブに手を回しドアの開け、
「あっ、鍵開けてなかったわ」
が、しかし、先ほどの動作でドアは開いていた──
「えっ?」
「ん?」
「えぇっ??」
俺、もしかして閉め忘れたか?……いや、そんなはずはない。いつも鍵閉めた後、ガチャガチャもするし、今日もそれはしっかりしたはずだ。
これはもしかすると、もしかするんじゃないか?
さすがに実行中には出くわした事のない敵……『空き巣』あるいは………『強盗』!!?
頼むから『強盗』でない事だけは願いたい…! 最悪、見つかったからには命取ってから逃げるわ、とかいう野蛮で狂気な選択肢を選ぶ奴だけはいないでくれ…! 頼む…!
そう強く念じながら、閉まって音を立てないように抑えていたドアをゆっくり…ゆっくり…ゆーーっくりととても慎重に開けて中に入る。
中に入ると、小さめのスニーカーがあった。
これは……女性か? あるいは、小柄な男性か?
綺麗に揃えられてる事を考えると、もしかして知り合い───いや、彼女いない歴=年齢の俺に当然合鍵を持つ彼女はいないし、さっきまでの俺は根暗で仲の良い友達もいない。
──なんか言ってて悲しくなってきたが……とにかく、俺以外にこの部屋の鍵を持つ人間はいない。開けられるとしたら大家さんだが、うちの厳しい大家さんが鍵を貸すとも思えないし、無断で自分が入るとも思えない。
とりあえず、開けた時と同じように音を立てないようにゆっくりとドアを閉める。
カチャッ
さすがに無音は無理だったが、幸い中に聞こえるほどの音ではない。
さて、邪が出るか、鬼が出るか……「どうせ出るなら『青い髪の美少女』だといいなぁ」とか思いながら、類に漏れずゆっくり…ゆっくりとドアを開けるが、
シーーーン
無音だ。勘付かれたか!?
しかし突然、
ガサガサガサガサ
「!!????」
あまりの驚きに声が漏れそうになるも……何とか堪えた…! しかし心臓は外に音が漏れてるんじゃないかと思うほどにバックバクである。
やばい、どうしよう……ちびる。ちびるってー!!
ガクガクと足を震わせながらも、
あそこは寝室兼、物置部屋だ。たしかに盗む物を探すならリビングより断然あっちだ。つまりあんなに物音を立ててるなら、煽ってるわけでもない限り、まだ気付かれてはいないという事──
状況を分析し、足の震えが緩んでいく。
やれやれ、頭だって並以下だってのに……どういうわけだか今は冷静に分析できる。こんなヤバそうな状況だからなのか、はたまたこれもあの作品のおかげか…?
──まあどちらにせよ、このまま放っておくわけにはいかねぇ。
あいつだってわりとヘタレだったが、何度も死んで……それでも頑張って運命を捻じ曲げやがった。
こんなところでびびってちゃあ、異世界なんて到底無理だ! それに寝室にはアニメの、『バイブル』の続きがある。──しかも借り物だ。
借り物は大事! 借り物は大切!
……よし、開けるぞ。
と手をドアノブにかけた瞬間、
ガチャッ
ヤバい!! 隠れなきゃ!!
──いや、もう遅い。無理だ。死んだわごめん……こんなお兄ちゃんでごめんな…! 何も返せなくてごめんよ。今まであr……
「あれ? お兄ちゃん?」
──はっ????