第1章2話 レビューと葛藤
「さぁて、見るとするかー」
陽の光が眩しく暖かい休日の昼下がり、大量のDVDを横に重ねて彼はそう言った。
──あの会話の後、俺はそれなりの悪戦苦闘をしてから仕事を終えて帰路につき、歩きながらスマホをいじり(良い子は真似しちゃダメだぞ! お兄さんとの約束だ!)例のアニメについてまとめサイトで軽くあらすじを読んでいた。
とりあえず仕様理解のために1章のみ確認した。それ以上はネタバレを多分に含むと思ったから──否、1章の時点で十分ネタバレを含んでいて、少しやってしまった感はあった。なぜならば、主人公の『死』という明確で重要な要素を頭に、脳内にインプットしてしまったのだから。
今言えるのは「二度とまとめサイトは見ない! アニメを視聴する時間がなくて先が気になっても絶対に見ない! 神に誓って見ない!」という事。──しかし、神に誓うと急に胡散臭くて信頼性にかける発言だな、と感じるのは俺だけか…?
ともあれ後日、DVDを借りて──あ、何でも最近「新編集版」が地上波で放送されていたらしく「そっちの方が内容多くていいっすけど、まだDVD化されてないんで〜」と自ら録画していたものをわざわざDVDに焼いてくれた。
2クールある「通常版」を見ていながら「新編集版」も見る。──しかもリアルタイムでの視聴と録画をどちらも行い、録画したやつはCMカットしてありHDD内とDVDの両方に保存していると言っていた。間違いなく『本物』である。もちろん『本物』という発言に馬鹿にする意図は無く、むしろ尊敬にすら値するレベルだ。とはいえこうやって弁解すると、これまた急に胡散臭くて信頼性にかける発言だな、と感じるのは俺だけか…?
いつもなら間違いなくまだ寝てる──いや、寝てなかったとしても間違いなくリビングまでは来なかっただろうな。大抵起きてもだらだらとスマホをいじって「何か食べよう」と思うのがおやつの時間なんてのは日常茶飯事だ。
だがしかし、今日は一日でこれを見終えると決めたんだ。平日時間がないのもそうだが、次週に持ち越しなんてしたら絶対まとめサイトやネタバレを見てしまう……正直この作品、ネタバレ見ちゃいけない章ってある気がするんだわ。──1章みたいに。
何より、明日は引きこもりたい。引きこもって次の日が仕事という現実から逃避したい。まだ「明日休み!」という気持ちの今日なら大丈ぶっ……いや、言えば言うほど逃避したくなるからやめよう──
「さぁて、見るとするかー」
さっきと全く同じ台詞だが、面持ちが違う。さっきは心の声で喋りすぎたな、と。
DVDを挿入し準備しながら、
「もうすぐ13時か…2話で一つと言ってたから、仮に一つ50分だとすると50×13で……650分! だいたい11時間ってところか」
正直長い。かなり長い──のだが、
「まあメシの時間含めても、深夜の内には十分終わるし、いっか〜」
これが『明日休み』という安心感に心が広くなった男の生き様である。
十分見終われる事は分かったし、
「それじゃ、行きますかー!!」
そう高らかに宣言し、タイトルを選択する──
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──第1話視聴後
「いやはや、この前の妄想でジャージ姿で外に出てる時に転移してたから、ついつい思い出してびびっちまったわー。ジャージ姿で外出るのやめようかな…」
と、ジャージ姿で視聴していたカケルは身震いしながら言う。
「いつ転移しても良いように食料は多めに買っておくかー」
なぜか転移する事の前提の──厨二病発言。
「しっかし俺だったらあんな裏路地…路地裏? どっちだっけか?──をまあ通りはしねーし、もうちょい上手くできそうなもんだけどな。──いや、でもそうなると可愛いちびっ子にも美少女にも出会えないかー。難しいな」
うーん、と少し考えた後、
「正直何回も死ぬのなんざ勘弁だが、まあ2周目なら美少女が来るまで待ってから裏行くのもありだな。そうだこれだな!」
そう、納得し、
「──にしても、助けてくれた美少女の為とはいえめっちゃ行動的だよなー。暗闇で殺されたりとか名前呼んだだけで悪者扱いされたりとか…ヤバい女に切られたり『モブ』みたいなチンピラに刺されたり……身の毛のよだつような思いしてんのに。──俺だったら間違いなく持ち物売って豪遊するぜ」
自分だったら──を考えて、実に現実的な答えに至るがしかし、
「………そうだ。それしかできねーよな。俺なんだからよ」
何かを思い出したかのように暗い顔をする。
「──いや、ダメだダメだ。こんな思いする為に見てるわけじゃねぇんだ。次見よ、次っ!」
そう言って、次のタイトルを選択する。
暗い顔は変わらないまま──
──第2話、第3話視聴後
「………騎士様、チート」
彼には珍しく──いや、極めて珍しく一人の男を『様』付けで呼ぶ事態が起こった。
「色々思った事はあったけど、ほとんど吹き飛んじまったわ」
「最初の登場の時でも、こいつヤバいレベルの強キャラじゃね? とは思ってたが、まさかここまでとは……」
圧倒的実力で死亡フラグそのものみたいな難敵ぶっ飛ばすとか、そらチートでしかねぇ……
「まあ、あんだけやっても死なねぇあの女も化け物だけどなー。あいつ見てっと○ガ○ンに出てくる色欲をちょっと思い出すなぁ──」
「おそらく時間戻ったから会った事すらないのに、名前呼ばれて攻撃防ぐってあの猫もすげーよな……強キャラ序盤から多いなぁ」
そんな話をしていて、ようやく熱が冷めてきたのか──今回も『彼』の話をする時には、表情に陰りが生まれる。
「──いつもあいつは、なんであんなに行動的なんだ? なんであんなに無茶ができる? 訳分かんねーよ……どいつこいつも強ぇ世の中、なんであんなに美少女の為に頑張れる!?」
行動原理が理解出来ない。そんなのはアニメを見ていたら、いくらでも出てくるよくある事だった。──しかし今回は少し違う。
弱い自分……弱いという現実から目を背けたくて、異世界での生活を妄想する自分。そしてそこで『特殊能力』を手に入れて、みんなに褒め称えられる自分。そんな姿を想像し妄想し『自分はすごいんだ』と自己肯定感を満たして、現実をなんとか生きていた姿──その盲信を砕かれたのだ。
「たしかに俺はこいつみたいに武道も志してないし、握力もさほどない。正直運動神経は並以下だし、この並ってのも言うほどきっと並ではないだろうし、あいつみたいに機転も効かねぇ。交渉事なんて持っての他だ」
次々に惨めを晒し、己を罵倒して蔑む。
「そう考えたら、こいつはまだまだ実力に恵まれてたのかもしんねーな。俺じゃあ……まず、出来ねぇ」
「だからこそ──そうだ。まだ、俺の、妄想は壊れちゃいねぇ……」
まだ俺には異世界転移した時の『特殊能力』がある。
そうだ、俺にはこの世界で使えるすごい力がないだけ──異世界に行けばきっと……きっと……
そう震える心を締め付け抑えながら、心の中で同じ言葉を何度も何度も何度も何度も繰り返す………やがて、落ち着きを取り戻し、
「ふぅ………どんだけ心揺さぶられようが全部見終わるまで酷評はしねぇ…!!」
決意を新たに、次のタイトルを選択する。
真っ直ぐと、怯えを隠すように真っ直ぐと、画面を見る──