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どこにもなかった風景、経験しなかった思い出

軌道エレベータに乗る

作者: あめのにわ

奇妙な光景だった。

細くて黒い線のようなものが、接地面から青空に向かって垂直に延びていた。

単層ナノカーボンのファイバーペーパー、エレベータの軌条レールである。


よく見ると細い帯のようだが、奇妙な感じを受ける。

全く光を反射しないのだ。

それに、周囲にかなりの強風が吹いているにもかかわらず、黒い帯は一寸とも動かない。

まるで垂直の黒い線が風景を分割しているかのようだ。


思わずぼくは黒い帯に触れて、質感を確かめてみたくなった。

しかしそれはできなかった。

近くにあるように見えて、実際には十数メートル離れているのだ。

全く動かず光も反射しないので、見ているこちらの距離感覚までおかしくなってしまう。


周囲は岩場だった。

黒い帯を取り巻くように鉄柵が張られ、中にターミナル施設がある。施設に入るためには、右手にある検問所を通過しなければならない。


黒い線の根元には、鈍い銀色のエレベータポッドが鎮座していた。

ポッドのアームは、ファイバーペーパーを抱き込むように捉えている。


「あれに乗ってもらうのだ」


クラーク博士はそう言って、僕の肩を軽く叩いた。

僕は武者震いした。いよいよ、だ。


夕暮れになった。出発時刻である。

僕がポッドに乗り込むと、ハッチは外から閉じられ、ロックされた。

がくん、とひと揺れしてモーターが回転しはじめ、軽く上向きの加速がかかる。


軌道エレベータはまだ試作品である。ポッドはファイバーペーパーのラインに一点で連結され、はるかかなた、静止衛星軌道上のステーションまで上昇してゆくのだった。


だんだん上昇してゆく。

ポッドは気密されているが、二重の耐圧ガラスを通して外を見ることができた。

眼下には暗い海が広がっており、その直下には孤島の地面があった。

島はほとんどが荒れた岩場で、わずかばかりの灌木が処々に生いしげっているだけで、その中にターミナルの施設が見える。

それもどんどん遠ざかり、小さくなっていった。


雲を抜けると、まだ陽が照っている。

雲海の中を上昇してゆく。

気流のせいか、ポッドが揺れた。


ふと、高所恐怖で、いたたまれない気分になる。

しかしポッドの内部は安全なはずである。

初めての有人運行であるが、これまでに何度も無人ダミーを使ってテストが行われているのだ。


気温がどんどん低下してゆく。サーモスタットが作動し、暖房が動き始めた。

温かい空気が循環してゆくとともに、気分は少し落ち着いた。


ステーションまで、地上からおよそ三万六千キロ。

軌道エレベータの離陸時の初速は時速三十キロほどであったが、高度が上昇して気圧が低下するとともに加速してゆく。

最終的には時速五千キロに達することになっていた。


ファイバーペーパーは真上の闇に続いている。

空気が薄くなったため、瞬かない星々が鮮烈に輝いている。地上で見るよりもはるかに数が多い。


宇宙ステーションはまだ見えない。


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